2
学年一の秀才と、やんちゃな問題児。
クラスが同じだという以外に何の接点もなさそうな星住と俺は、何故か仲がよくていつもつるんでいた。
もっとも、今考えると、星住に関する俺の思い出はあまりイイとは言えないものばかりだから、本当に仲がよかったのかどうかは少し疑問だけど。
あの頃、俺がイイなと思う女の子はことごとく星住に喰われてしまうという悲しい偶然が続いていた。
その頃から俺は、男として星住に完全に負けていたのだ。
修学旅行のときだって。
風呂に入る前に、脱衣所で並んだ俺の股間に視線を走らせた星住が浮かべた笑みを忘れることはできない。
悔しくて、お返しにと星住の股間を覗いてやった俺の目に飛び込んできたのは『黒い巨塔』としか言いようのない超立派なオベリスク…。
何をやっても星住には適わないと思っていたけど、あそこまでの敗北感にヤラれたのは、あれが最初で最後の事だったかもしれない。
更に言えば、俺のファーストキスの相手は星住だ。
よく分からないうちに、無理矢理奪われてしまった。
当時まだ童貞で彼女もいなかった俺は、女と付き合ったら具体的にどんな事をするのか興味津々で、何かの流れでそれを星住に訊いてみたところ、突然唇を塞がれたのだ。
しかも、舌まで入れた、超濃厚なキスで。
『もっと先も試すか?』と言って笑ったあの星住の不敵な顔。
今思い出しても腹が立つ。
さすがに俺も怒って、しばらく口をきかない状態が続いた後、結局、テストで赤点続きだった俺が進級のかかった追試前に勉強を教えてくれと星住に泣きついて和解。
キスについてそれ以降触れられることはなかった。
――こうしてちょっと思い出してみただけでも、本当にロクな記憶がない。
要するに、星住にとってあの頃の俺は、からかいがいのあるペットかオモチャのような存在だったのだろう。
それでも俺は、自分よりずっと大人びてカッコイイ星住に憧れていたし、その面倒見の良さに甘えていた。だからこそ何の共通点もない二人の仲が続いていたのかもしれない。
卒業後は連絡を取り合う事もなく、親の後を継いで医者になったんだろうなとは思っていたけど、まさかこんな形で再会してしまうとは。
「後で主治医の金村先生から今後の説明があると思うから」
ぼんやり思い出に浸っていた俺の耳に、星住の低めの声が入ってきて、ハッと我に返った。
「えっ、主治医ってお前じゃないのかよ」
「まさか。俺はまだ駆け出しの新米だぞ」
「じゃあ、何でココに…」
「救急外来の患者のリストにお前の名前があったから、見舞いに来ただけだ」
見舞い……のつもりだったのか。
そのワリに、恥ずかしい負傷の理由を冷笑されただけで、優しい言葉の一つもかけてもらった覚えはないような。
「っていうか、さっきから書いてたソレは何だよ。診察に必要な聞き取りとかじゃなかったのか」
「ああ、コレは、あんまりに間抜けな理由が面白かったから後で看護師連中にも聞かせようと思って」
「やめろよ!」
俺を病院中の笑いものにする気か。
相変わらず意地の悪い笑みを浮かべて、星住が立ち上がる。
「じゃあ、俺は午後の診察があるから」
安静にしてろよ、と言って去り際に軽く頭を撫でていく白衣の男は、もうすっかり医者の顔になっていて。
不覚にも俺は、その姿に見とれてしまったのだった。
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