episode2
転校してから五日が経った。
特別教室の場所も大体覚えたし、少しずつだけど友達も増えた。特にカナちゃんとは移動教室や昼食をよく一緒にするくらいには仲良くなっていた。
つい先日知ったのだけど、カナちゃんは人当たりはいいものの特別仲のいい友達というのはいないそうだ。
だから、『逢須さんって向井さんと仲いいね』とクラスメイトに言われたときは、誇らしい気分になる。なんだか私が特別のようで。
今日は約束の日曜日、私はとあるパン屋へ向かっていた。と言っても、店自体に用事は無い。
交差点の角に建っているそのパン屋は、いつもカナちゃんと下校する時に別れる場所だった。
入り口にパンダの置物もあって分かりやすく、そこで待ち合わせをしているのだ。
私が到着した時、既にカナちゃんは待っていた。
「ごめん、待った?」
「私もさっき着いたところ。愛依、時間ぴったりね」
嗚呼、今日も笑顔が眩しい。
それに、付き合い始めのカップルの会話みたいで照れてしまう。相手は同性なのに。
カナちゃんの私服は、チュニックと七分丈のレギンスにパンプス。アクセサリーとか一切無い、極めてシンプルな格好だった。
私もパンプスを履いてきている。ミュールとどっちにしようか迷ったけど、たくさん歩くだろうから出来るだけ足が疲れない方を選んだ。
カナちゃんに指さされてパン屋の時計を見ると、約束していた10時の2分前だった。
初めて一緒に出掛けるのに、ギリギリだなんて不甲斐ない。遅れなくて良かった。
「どんな所に行けばいいかしら?」
どちらからともなく歩き出し、カナちゃんが尋ねてくる。
「うーん……買い物出来るとこがいいな。食品とか洋服とか、雑貨とか。あと安くて美味しいお店とか」
「私もこっちに来て一月くらいだからそんなに知らないけど、美味しいイタリアンの店があって、学生は安くしてくれるってクラスの子が言ってたわね」
「本当?じゃあ、お昼そこで食べようよ」
「カードはある?」
「うん、お財布の中」
バッグの中から財布を取り出し、更にその中から学生カードを取り出す。
ICカードが内蔵された学生の証。発行されたばかりで、裏も表もピカピカだった。
学食で食券を買う時、校内の自販機を使う時、朝教室の専用の機械に読み込ませて出欠を取る時等々……毎日使用するので学生には欠かせない代物。
あまり表の写真がいい写りじゃないことが悔やまれる。
再発行にはお金も掛かるし、無くさないようにカードをまた財布の中に戻した。
お昼が楽しみだ。
それからはひたすら店を回った。
大型スーパーに、電気屋、雑貨屋。公園にも行った。
もちろん、お昼ご飯は噂のイタリアンを食べた。
私はパスタとケーキをピザと注文したのだけれど、素朴な味のミートソースがとても美味しかった。
「……ちょっと休憩しない?」
「疲れたの?近くに喫茶店があったと思うけど……」
歩きっぱなしでヘトヘトな私に比べ、カナちゃんは全然平気そうな顔をしている。
左右を見回しながら休める店を探してくれているカナちゃんの後に続く。会話らしい会話も無い。
しばらくそうして歩いた。
徐々に、人の行き来が遠退いていくのを感じた。
不気味にカラスが鳴いている。
まだ三時くらいのはずなのに、妙に暗い。
道も狭く、根拠もなくここは危ないと思った。
すると、突然カナちゃんの足が止まる。
「迷ったみたい」
「そんな気がしてたよ……」
「引き返しましょうか」
度胸があるのか怖じ気付く様子もなく、堂々と来た道を戻る。私は、ひよこのようにぴったりと後ろを付いて歩いた。
それにしても……
東都にこんな治安の悪そうな場所があるなんて意外だ。隅から隅まで監理されているイメージがあったのだけど。
そんなことを考えながら回りを注意深く見ていると、廃れたビルとビルの間で何かが光っているのが見えた。
思わず立ち止まって目を凝らす。
「愛依?」
「あそこ、何かいない?」
人が通ることも厳しそうなくらい細い隙間。
一切光の射さない暗闇に、赤い点が二つ。
徐々に近くなってくる。
カナちゃんも不思議そうに歩み寄ってきて、ソレを見据えた。
「な、なんだろ……こっちに来るよ」
「…………」
場所が場所なだけに、怖くなってカナちゃんの服の袖を掴む。
本当はすぐ逃げ出せばいいのだろうけど、正体を明白にしたい好奇心もあってその場から動けなかった。
カナちゃんは、すごく真剣な表情で迫ってくる何かを見ていた。
「ロボット」
「え?」
「小型のロボットよ、アレ」
カナちゃんがロボットと指した赤い光は、依然暗闇の中にいて、私にはそれがなんなのか認識できなかった。
カナちゃんはものすごく視力がいいのだろうか。
ロボット自体は珍しい物ではない。
デパートなんかのエレベーターガールは人型のロボットだし、学校や会社の掃除もロボットがやっている。一昔前には、効率を求めるあまりロボットが増えすぎて、仕事を失い自殺する社会人が後を絶たなかったのだとか。
電力の消費も激しいので、今では生産や使用が法律で制限されている。
にも関わらず、どうして無人のこの場所にロボットがいるのか。
「捨てられたのかな」
「飼い主はどこかで見てるんじゃない?」
「飼い主って、ペットじゃないんだから」
笑いかけたその時、バンッという音がした。
それを私が認識出来るよりも早く、カナちゃんに引き寄せられる。
直後、背後で小さい爆発音。
「何、今の……」
「愛依、無事に家に帰りたかったら走って!」
「え?え?」
何が起きたのか理解出来ないまま、言われた通りに走る。
少しして振り返ってみたら、先程のロボットが私達を追ってきていた。
今度ははっきり姿が見て取れる。
上部が円盤になっていて、円形の部分は黒くて透明だった。内部で赤い光が点っている。まるで目のよう。
その下から銃身がこちらに向けられている。そこから何かが発射されたのは間違いない。
四つの車輪が回転を速めた。
「真っ直ぐ走ってたら標準を合わされるわ!なるべく角を曲がって錯乱させないと!」
「う、うんっ」
すぐに角を曲がる。数秒後に発砲音がした。
当たったら、死ぬのだろうか。
恐怖心が体力を消耗させる。ずっと歩いていたせいもあって、私の走行は数十メートルしか保たなかった。
「もうっ、ダメ……っ」
「愛依!」
しゃがみ込むと、先を走っていたカナちゃんが戻ってくる。
「私のことはいいから、カナちゃんだけでも……」
「何言ってるのよ」
背中をさすってくれる。
けれど、その優しさを実感出来るのも極々僅かな時間だけだった。
「しつこいわね……」
カナちゃんが綺麗な顔を歪める。視界にロボットが映ったのだろう。
そして、私の手を取って立ち上がった。
私も釣られて立ち上がるけれど、走る力は残っていない。
カナちゃんが、小声で何か言った気がした。
「もう少し頑張って」
その言葉を合図に、また走り出す。引っ張られる形で私も足を前へ出す。
不思議だった。まるで何かに背中を押されているみたいに、軽やかに前へ進んでいた。
16年とちょっとの人生の中で経験したことが無いくらい、左右の建物がすぐに通り過ぎていく。
ロボットに命を狙われるのとは違った恐ろしさがあって、カナちゃんの手を強く握り返した。
私、疲れすぎて感覚麻痺してるのかな。
そう思った。
───‥
街が夕焼け色に染まる。
長い影を引き連れて、家までの道をいつもよりゆっくり歩いた。
『あんな安易に“力”使って……バレたらどうするんだよ』
肩から下げているバッグから声がした。
「落ちこぼれは黙ってろ。あのまま野垂れ死にするよりはマシだろ」
視線を前に向けたまま舌打ちする。
『まぁそれはいいけど、勝手に霊代(みしろ)にしちゃったことはどうする気だ』
「どうもしない。あれだけ懐かれてたら、いずれ同じ結果になってただろうからな」
『……』
それっきり、声はしなくなった。
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