Demi et Demi | ナノ


episode1


E.B1003 4月

浅く呼吸をしながら緩やかな坂を走る。

今日の天気は快晴。暑くもなく寒くもない。
降り注ぐ光は、太陽を模した偽物。
見上げた空の青も、本物に似せて作られた偽物。

道の両脇に連なる桜が花吹雪を散らしている。
全て同じ細胞、同じ個体……クローンの桜。

終わってしまった世界の上に建てられた、人間達の理想郷。


遠くの方でチャイムが聞こえてくる。

「やば……っ」

一時間前なら登校する生徒で賑わっていたであろうこの道も、今は誰もいない。
速度を上げようとするが叶わない。
体力不足を実感した。

『転入初日から遅刻なんてインパクト絶大だな』と笑う声がしたけれど、無視する。

「こうなったら、このフェンスを飛び越えるしかない」

走るのをやめる。
真横のフェンスの金網に手を掛ける。
これさえ越えれば目的地である校舎はすぐそこ。
正門は、悲しいことに反対側に位置していた。

割と高さがあるフェンスだったが問題なく飛び越える。

問題があったのは、その後。

体勢を崩しつつも着地し、顔を上げると、芝の上に寝転がった男子生徒が驚いた様子でこちらを見ていた。

「……天使?」



Demi et Demi



キャリーバッグを引っ張りながら地下鉄駅のホームを歩く。
平日の早朝だから人が多い。ラッシュというやつだ。
今乗ってきた長距離線の車内はガラガラだったけれど。
辺りを見回して出口を探す。

「愛依子!ちょっと待って!」

背後から名前を呼ばれ、振り返る。
そこには声の主──お母さんが人波に浚われそうになっている光景があった。

「しっかりしてよ、もう」

「コレが人に引っかかって」

苦笑しながらキャリーバッグを叩く。
それが他人様に当たりまくってたのならものすごく迷惑だっただろうなと、こっちまで苦笑してしまう。

「さすがに東都は人が多いね」

「そりゃあ、国の中心だもん。中心部はもっとすごいんだろうなぁ」

私達は、南都からここ、東都へ越してきた。お母さんの仕事の都合で。
大体の物は先に新居に送ったから荷物はこのキャリーバッグの中身だけで、引っ越しというよりは旅行みたいな気分なのだけど。
ただ一つ、今身に着けている制服が真新しくて、今までと違う環境下で暮らしていくんだと実感した。


Capture1「Svolta」


今日はこのまま新しい学校へ向かわなければならない。本当はもっと余裕を持って引っ越しできる予定だったけれど……お母さんが前の家を片付ける際に、『これは持って行こうか、やっぱ捨てようか』と散々悩みまくってくれたおかげで作業が難航し、出発がこんなギリギリになってしまったのだ。
だから、荷物を先に送ったと言ってもつい昨日のことで、当然まだ届いていないと思う。

「あ、出口あったよ」

とにかく歩き続けていると、エスカレーターが見えた。
それに乗って、地上を目指す。

初めての東都。あまり南都と変わらない景色。
一番距離がある北都と南都ですらそんなに違わないって聞いたことあるけど、ホントにそうだったんだ。

まぁ、当たり前なのかもしれない。

この国では、人が住んでいるのは全てドームの中。何十万人と収容出来る広くて高いドーム。
ちゃんと朝や夜などの一日の移り変わりは照明で演出されているし、気温も管理されている。

外には、防護服が無いと出られない。出れないこともないけれど、死ぬだろう。
環境破壊や戦争で大気は汚染されていた。
私が産まれた時にはもう戦争なんて過去の出来事になっていたけど、今も外では自動操縦の戦闘兵器が動いてると聞く。
離れた場所に位置する都と都を行き来するのも、全て地下鉄や地下バスに頼るしかなかった。


つまるところ、同じ構造のドーム内なのだから、東都も南都も似たようなもので当然なのだ。


「それじゃあ愛依子、頑張ってね」

「うん」

ここからは別行動。しかも徒歩。
何台かタクシーも止まってるけど、そんな高価な物に乗れる程我が家は裕福じゃない。

お母さんと別れて、地図を見ながら歩く。
駅からは、それ程掛からないと言われた。

友達、出来るかなぁ……
上手くやっていけるといいけど……

ものすごく不安だ。
歩いた距離が長くなるに連れて、心臓の鼓動が速くなる。
少し遅い時間なのか、同じ制服を着ている生徒はあまり見かけない。
逆に多かったらキャリーバッグが恥ずかしいから、構わないけれど。

脇に綺麗に並んだ桜の木は全ての花が散っていて、代わりに若葉が道路に影を作っていた。

そして遂に、心の準備もままならないまま目的地に到着した。
「東都高等学校」と書かれた校門。
女子館へ向かい、昇降口の前で深呼吸をする


この学校は男女別館。校庭とか体育館は共同みたいだけど。
もし入り口を間違えたりしたら、男の海にダイブするも同然。しかもこんな荷物まで持っているのだから、ものすごく注目を浴びるのは目に見えている。
そんな転入初日から登校拒否したくなるようなことは避けたい。
きちんと“フルール”と書かれているのを確認して中へ入った。

広くて迷いながらも職員室へ行き、キャリーバッグを預かってもらう。
勉強の為の道具が入った通学鞄だけ持って、担任の先生と教室へ向かう(気さくでいい先生だった。女性だし)。
どの教室でもホームルームをしている。
教師も生徒も本当に女ばかりで、安心感を覚えた。

「それじゃあ、ちょっとここで待っててね」

2-Aの前まで来ると、先生は一人で教室へ入っていく。
急に緊張してきた。

これって、やっぱりクラス全員の注目を一斉に浴びる中で挨拶する流れだよね……

どうしよう。第一印象は大事だ。
荷物の整理のことで頭がいっぱいだったから何も考えてきていない。

「突然ですが、今日は転入生を紹介します。どうぞー」

「は、はいっ」

教壇に立つ先生の横まで歩いていき、今日からクラスメイトとなる生徒達の方を向く。
人数は30人前後といったところだろうか。

「それでは逢須さん、自己紹介を」

白いチョークを手渡される。
みんなに背を向け、自分の名前を書いた。
『逢須愛依子』と。

「えっと、南都から来ました、逢須愛依子です。よく名前が読めないと言われたり、間違えられたりしますが、読み方は……おうす、めいこ……です」

漢字で書いた名前の横にふりがなを振る。

「よ、よろしくお願いします……」

ちょっと出しゃばりすぎたかな……
怖くなって俯いていると、拍手が巻き起こる。
ほっとして顔を上げた。

「逢須さんの席は一番後ろの空いてるとこ、向井さんの隣ね」

「はい」

一番後ろの廊下側の席に座る。

「それではホームルームを始めます」

先生が話しているのをなんとなく聞きながら、隣の席の子、向井さん……だっけ?を見る。
向井さんも私を見ていて、目が合った。

「私、向井カナタ。よろしくね」

返事をするのが遅れた。
薄い緑の大きな瞳が細められた笑顔がとても綺麗で。
赤いさらさらストレートの髪。
可愛いと言うよりは綺麗とか美人という表現が合っている。

「こ、こちらこそ」

「私も春に転入してきたばかりなの」

「え、そうなんだ?」

「それにしても変な時期に来たのね」

小声で、どんどん話しかけてきてくれる。
先生の話をきちんと聞いていないのは申し訳なかったけれど、嬉しかった。

「親が急に転勤になって」

「大変ね。あ、そうそう、さっき歩いてる時右手と右足一緒に出てたわ」

「えっ!」

思わず大声を出してしまった。

「逢須さーん、早速友達が出来たのはいいけど、お喋りは休み時間にね」

「あ……はい、すみません……」

周りからくすくすと笑い声が聞こえてくる。
向井さんも笑いながら、先生に向き直った。
二重に恥ずかしい……

でも、友達……友達、かぁ。

もう一度横目で向井さんを見る。
こんな美人と友達になれたら自慢だよなぁなんて思う。
せっかく隣になれたのだから、後で頑張って話しかけてみよう。

一限目、普通に授業を受けた。一応遅れてなさそうで安心した

そして、10分間の休み時間となる。

「逢須さーん」

「ねぇねぇ、逢須さん」

授業終了と同時に、私は未だかつてないくらいモテモテになっていた。。
あっという間に机を取り囲まれ、質問攻めに遭う。

「南都ってどんなとこ?」

「東都より少し人が少ないだけ、かな」

「彼氏いるの?」

「いません」

「トンカツにはソース?醤油?」

「私はソースだけど……」

って、それ聞いてどうするの。

必死で質問に答えていると、隣からガタッと椅子を引く音がした。
こちらには目もくれず、向井さんが教室を出て行く。

うっ……興味がないみたいでちょっと寂しい……

結局、10分間質問は絶えず、向井さんもギリギリまで戻ってこなかった。
二限目も終わり、今度は20分の休み時間が始まる。

「あ、あの、向井さんっ」

誰かに話しかけられる前に、声を掛けた。
別に話しかけられるのが嫌ってわけではないけれど、自分で機会を作らないと向井さんとは仲良くなれない気がして。

「どうかした?」

「その、私この学校のこと全然知らないし、良かったら案内してもらえないかな……なんて」

図々しかっただろうか。
恐る恐る向井さんの顔を覗き見ると、案の定困っていた。
私のバカっ。好感度下げてどうするっ。

「ごめん、忙しかったら全然……」

「そうよね。知らないと困るものね」

「でも……」

「行きましょう。早くしないと時間が無くなっちゃうわ」

なんと、笑顔で引き受けてくれた。
いい人だ。顔も性格もいいだなんて憧れてしまう。
そしてそんな憧れの人に、これから校内を案内してもらうのだ。テンションが上がらないわけがない。

向井さんの一歩後ろをキープして、主に特別教室を案内してもらった。保健室とか、図書室とか、コンピュータールームとか。
その間他愛もない話をした。あの教師は時間に厳しいとか、七不思議とか。
楽しくて、すぐに時間が過ぎてしまった。

「そろそろ時間ね」

歩きながら向井さんが腕時計を見る。
文字盤に大きな星のマークが描かれていて、12時と重なる頂点が黄緑色に光っていた。
シンプルだけれど、よく似合う。

「戻りましょうか。まだ全部回りきれてないから、また案内するわ」

「あの、もし迷惑じゃなかったら、街の中とかもお願いしてもいい?」

「そうね……確か次の日曜日なら空いてたから、その日で良ければ」

良かった。今度は快諾してもらえた。

「ありがとう、カナちゃん」

「……カナちゃん?」

「うん!」

名字にさん付けじゃ余所余所しいから、親しみの意を込めて。
そう説明するとカナちゃんは、

「それなら、私は愛依って呼ぶわね」

優しく笑ってくれた。
もはや感激の領域。

勇気を出して案内を頼んで良かった。やっぱり努力は報われるものなんだ。
私の新・学校生活は薔薇色の幕開けだ。

そう信じて疑わなかった。一週間だけは。




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