Demi et Demi | ナノ


episode3


遠くの方で鳴っていた目覚ましの音が近くなってくる。
手探りで音を止め、まだはっきりしない意識のままで体を起こす。
欠伸をしながら、トイレに行く為に部屋を出ようとした時。

ガッ

「痛っ」

何かを蹴飛ばしてしまった。
足下を見たら、男が寝ていた。

次の瞬間、私の悲鳴が近所に響き渡ったのは言うまでもない。

そうだ。
昨晩、迷いに迷った末に、アレスを床に置いたのだ。それが朝になり人の姿になった、それだけのことなのだけれど……すっかり存在を忘れていた。

状況を理解した頃、ドタドタと慌ただしく廊下を走る音がして、部屋のドアを激しくノックされる。

「愛依子?どうしたの!?」

お母さんだ。
私はまた顔だけドアの隙間から出した。

「ごめん……今度はジャガイモと人参とタマネギと豚に追いかけられる夢見た……」

「何それ。カレーでも食べたいの?」

「そうなのかも」

とりあえず笑って誤魔化しておく。
お母さんは呆れた様子で、また『昼まで寝る』と言って自室に戻っていった。確か、今日は夕方から仕事で帰ってくるのは深夜だったはずだ。
また心の中で起こしてしまったことを謝りつつ、寝ているアレスを見る。目覚まし+私の悲鳴でも起きないなんて。
余程疲れているのか、元々寝起きが悪いのか……

お母さんに黙って、男を家に住まわすなんてやっぱり無理だ。不可能。
説明するにしても、どう言っていいのか分からない。

アレスを叩き起こし、昨日と同じ方法で支度を済ませて学校へ向かう。
これからどうしたらいいか考えながら歩いていると、パン屋の前で珍しい人物が立っていた。

「カナちゃん……どうしたの?」

思わず立ち止まる。
偶然会った、というよりは、誰かを待っていた様子だ。
そして朝から機嫌が悪そうである。

「愛依って、いつもこんなに遅いの?もっと早く家出なさいよ」

うわぁ……朝一番に小言を言われるのは予想外だった。

「……それで、どうしたの?」

小言を華麗にスルーする。
カナちゃんは『別に』とそっぽを向き、歩き始めた。
誰かを待っていたんじゃないのだろうか。勘違いかもしれないけれど、私とアレスを待っていたのではないだろうか。そうだとしたら用件を聞けていない。
まさか家を出るのが遅いと言う為に待っていたわけではないだろうし。
いや、カナちゃんならそれも有り得るかも……

「何がしたかったんだ、カナタのやつ」

後ろから来ていたアレスが呟く。

「分かんない」

私も、カナちゃんの後ろ姿を見つめて呟いた。
すると当の本人がものすごい勢いで振り返り、大股で戻ってきた。

「なんでついてこないのよっ」

「えぇっ」

今の流れでついて行かないのは普通だと思うのだけれど。それを責められても困る。
カナちゃんの心を読めるエスパーなら可能かもしれない。この人は私をエスパーと勘違いしているのだろうか。

「それとも何?お前達二人っきりで登校したいわけ?」

「それは無い。どう考えても無い」

あ。
つい反射的に全力で否定してしまった。
恐る恐るアレスを見上げる。案の定、苦笑していた。

「ごめん……あの、変な誤解とかされると困ると思って……」

「気にしなくていい」

「あーあー朝からお熱いことで」

「それで、カナタは何か用があったんじゃないのか?」

からかってくるカナちゃんに、アレスは冷静に核心を迫る。
途端に、カナちゃんが一回り小さくなったように見えた。また『別に』とやっと聞き取れるくらいの小さな声で呟き、それっきり静かになる。
歩き出さないところを見ると、やはり何か続きがあるようだ。

「……昨日はちょっと言い過ぎた」

「え……?」

「それだけよっ。ついてきたらぶっ殺すっ」

今度こそ、早足で学校に向かって行ってしまった。
しばらく何がどうなったのか分からなかった。けれど、ぶっきらぼうに投げられた言葉がなんだったのか理解すると、吹き出してしまう。

「ぷっ」

私は見てしまった。カナちゃんが耳まで真っ赤だったのを。
良かった。人のこと傷つけて平気でいるほど、人間(天使だけど)腐っていなかったんだ。

ついてくるなって言われても、目的地一緒なのに。

笑いそうになるのを堪えながら、また歩き出す。
数秒遅れてアレスのものと思われる足音がついてくる。

この時の私は、カナちゃんの意外な一面を見れたことで舞い上がっていた。
アレスと校門で別れ、教室に入ったところで地獄に突き落とされる。

「あ、逢須さん、おはよう」

「おはよう。どうかしたの?」

カナちゃんの机に群がるクラスメイト達。
数人が私の問いかけでこちらを見た。

「今日のテスト、向井さん頭良さそうだから余裕なんだろうなって話してたんだよ。ね?」

「うんうん。逢須さんは、何か得意教科ある?あったら教えて……逢須さん?」

「…………」

もう、誰の声も耳に入らなかった。
そうだ。確かに転校直後に、担任がもうすぐ期末テストがあると言っていた。最近いろいろありすぎて、完全に忘れていた。
諦めたらそこで試合終了だというけれど、この言葉しか浮かんでこない。

終わった。



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