memo | ナノ


SS:トラウマ満月


2011/09/18

どうしてかなかなか寝付けず、少し散歩でもしようと外へ向かっていた時だった。

「悠月……?」

庭園に見覚えのある人影。
夜も更けていて誰とも遭遇しないと思っていたので、一瞬幽霊か何かかと勘違いしてしまった。
悠月はぴくりともせずに空を見上げていた。
これといって用があったわけではないけれど、歩み寄ってみる。
同じように空を見上げてみれば、いつもに増して強く光る月があった。その周りだけ夜明けのように明るくなっている。満月のようだった。

「月、綺麗だね」

「……うん。そうだね」

隣に並ぶ。相変わらず悠月の視線は空に浮かぶ月に向けられていた。

「流羽」

突然名を呼ばれ、振り向く。それに気付いてか、悠月も私の方を向いた。
生温い風が髪を撫でる。

「こんな時間に女の子の一人歩きは危ないよ」

「まだ宮殿の中だもん。大丈夫だよ。それに近くしか行かないから」

心配性だなぁ、と笑うけれど、悠月は依然真顔だった。
いつもと少し違う様子に戸惑う。余程心配してくれているのだろうか。
どうかな、と私をじっと見て悠月は続けた。

「男は皆狼だよ。今宵は月が満ちている。これほど強い魔力を浴びて、本性を現さない男なんているかな?」

答えは……ノーだよ。
そう続ける悠月が、私の知っている悠月ではないように思えた。
どこか妖しげな微笑みに物怖じしてしまい、反射的に一歩後ずさる。すると、悠月はくすりと笑った。

「冗談だよ」

今度は、いつも見る悪戯な笑み。
こんなに二面性のある人だったろうか。

私が戸惑って何も言えずにいると、悠月はまた空に視線を移した。

「こうして見ると、月と星は本当に相容れないんだなって思うよ。月が輝きを増せば星は霞む。逆に、月が姿を見せない晩は星の輝きが増す」

こっちの世界──異世界に来るまでは、ただの天体の話だと思ったかもしれない。けれど今は、悠月自身と国の人々を指しているように思えて、胸が締め付けられるような切なさがこみ上げてきた。

「星にとって、月は一番邪魔な存在かもしれないね。太陽の方がよっぽど必要とされている」

「悠月……そんなこと……」

「じゃあ、流羽はどんな時に月を必要とする?」

「えと……夜道に迷った時、月が出てる方が安心する、かな」

我ながら酷い答えだと思った。
ふと夜空を見上げて“ああ、綺麗だな”と思うことはあるけれど、必要とした経験は、今すぐには浮かんでこなかった。
こんな答えで悠月が納得するわけがない。むしろ傷つけてしまったのではないか。そう考えたら目を合わせられなかった。

でも、悠月は月とは違う。必要としてくれている人は絶対にいるし、私だってその一人。

そうだ。これを伝えなければいけない。
私は勢いよく顔を上げた。
その時──

「っ!」

「だったら……今宵は流羽が迷い子になって、僕だけを見てくれない?どんな星よりも、僕だけを」

腰に腕を回され、力強く引き寄せられた。もう一方の手で頬を包まれる。
悠月の指先は冷えていた。なのに、私の顔はどんどん火照っていく。

「あ、あの……」

月明かりを浴びた悠月は、いつもより一層綺麗だ。真っ直ぐな瞳を直視することができず、視線を泳がせる。
次の瞬間、悠月の口からとんでもない言葉が飛び出した。

「キスしていい?」

「え?……えぇっ!?だっだっダメだよ!そういうのは、雰囲気に流されてしたら……っ」

必死になって説得しようとしていると、また悠月はくすくすと笑った。
頬に添えられていた手も、腰に回されていた腕も離れ、解放される。

「ごめん。あんまり素直に反応してくれるから、ついからかいたくなって」

「し、心臓に悪いよ……」

「それじゃ、僕は部屋に戻るよ。流羽も早く寝なよ?」

「うん……おやすみ」

「おやすみ。またね、流羽」

ひらひらと手を振って室内に戻っていく悠月を見届ける。姿が見えなくなったところで、盛大に溜息をついた。

「ホント心臓に悪いよ……」

心拍数は明らかに上昇しているし、体温も上がっている気がした。
絶対に余計に眠れなくなっている。けれど散歩に行く気分にもなれないので、私も部屋に戻ることにした。


つづき 



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