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 小さくなってしまったマルコは、その記憶も何もかもがその頃のものに退行してしまったらしい。
 俺が覚えている通りなら四歳かそのくらいの年齢だろうマルコは、椅子に座った俺の膝を跨ぎ、その両手でしっかりと俺の服を掴んでいた。
着込んでいるぴったりのサイズだった青い服は、俺がこの世界へ来た時に一緒に持ってきていたあの衣装ケースの中身の一つだ。
 あどけない瞳が、警戒心も露にして自分を取り囲む仲間達を睨んでいる。

「なぁマルコ、そんな警戒しなくてもいいだろ? おれがサッチなんだって」

「うそつきよい! サッチはこんなオッサンじゃないよい!」

 困ったような顔をして言葉を放つサッチに、マルコがきいと声を上げた。
 小さなマルコにとっての『サッチ』は自分と同年齢なのだろうから、この反応も当然だろう。
 とりあえず転がって落ちないよう片手で小さな体を支える俺を、どうしてかサッチが恨めしげに見た。

「……なんでナマエだけ……」

 唸られても、俺に返事ができるはずもない。
 元の世界の話をこの場でしたって仕方がないし、否定をしたり嘘をついたりするつもりはなくても、わざわざ進んで話しておかしな目で見られたいわけじゃないのだ。
 返事をしない俺の傍らから、俺の膝に座るマルコを覗き込んだのはイゾウだった。

「じゃあマルコ、おれのことは分かるかい?」

「…………イゾウの、にいちゃんよい?」

「何でイゾウにはそういう反応なんだよ!」

 恐る恐る呟いたマルコに、サッチが大きく声を上げた。
 うるさい声に少しばかり眉を寄せて、俺の服を掴んだままのマルコがじとりとサッチを見やる。

「うるさいよい。たべものであそんでるやつにはやさしくしなくていいって、まえにたいちょーがいってたよい」

「遊んだ覚えがないんだけど!」

「やっぱりうそつきよい! あたまのフランスパンおいてこいよい!」

「フラ……!」

 あんまりなマルコの台詞に、サッチが床へ両膝と両足をついてうなだれた。
あの立派なリーゼントが少しへたれたように見えるのは、果たして俺の気のせいだろうか。
 となりにいたクルーに肩を叩かれて慰められているサッチをちらりと見やってから、ビスタが口を開く。

「とりあえず、ナマエ、マルコをオヤジに会わせてみたらどうだ。そうすりゃ、マルコの奴ももう少し自分の状況を把握するだろう」

「……そうだな、そうするか」

 寄越された提案に、俺も頷いた。
 白ひげの体格が子供が大人になる程度の時間で形成されたものだとは思えないし、マルコにとっては一番見慣れたものだろう。
 膝から降りないマルコを抱えたままで立ち上がった俺へ、隣に立っていたイゾウが笑う。

「サッチの締め上げは俺らに任せときな」

「頼んだ」

「え!? 何で!?」

 恐らくはマルコをこうした原因を運んできたくせに、膝を付いていたサッチが慌てた様子で顔を上げる。

「ん? なんだ、理由が分からないってのかいフランスパン置き」

 それへ微笑みかけたイゾウが、何だか少々恐ろしい雰囲気を持って楽しそうにサッチへ近付くのを見送って、俺はその場から歩き出した。
 もしイゾウがやり過ぎそうになっても、ビスタもジョズもいるんだから止めてもらえるだろう。
 俺の両腕で抱え上げられているマルコは、もう『見知らぬ大人たち』には興味がないのか、服を掴んでいた腕を俺の肩へ回しながら、軽く首を傾げる。

「ナマエ、オヤジにあうよい?」

「ああ。ちょっと話をしにいかないとな」

「ん! マル、オヤジにナマエをしょーかいするよい。 ナマエ、マルのかぞくになれよいっ」

 にこにこ笑って言葉を放つマルコは、俺がもうすでにその『かぞく』になっていることを知らないのだ。
 何だか変な感じだなと、それを見下ろしてほんの少しばかり考える。

「ナマエはおとーとがいいよい? およめさんがいいよい?」

「俺は男だから、嫁は無理だな」

「ナマエはいいやつだからだいじょーぶよい!」

「いい奴かどうかと性差は関係ないぞ、マルコ」

「じゃあおとーとよい?」

「そうだなァ……」

 上機嫌なマルコを抱えて、寄越される言葉に相槌を打ちながら、俺はそのまま白ひげの部屋へとたどり着いた。
 扉を叩いて、入れという返事をもらってから室内へと入る。
 どうやら誰かから知らせを聞いていたらしい白ひげは、マルコの姿を見ても驚いたりはせずに笑っていた。
 ちなみに、扉を叩いて許可を貰って、俺と一緒に室内へ入ったマルコの第一声はこれだった。


「…………オヤジがじーちゃんになってるよい!?」


 なるほど、白ひげもマルコが成長する過程で様変わりはしていたらしい。




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