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「ナマエ、これ飲んでみるか?」

 ひょいと目の前に瓶を出されて、俺は少しばかり目を瞬かせた。
 揺らされたそれは、見たこともない色をしたボトルで、中にはどうやら水分が入っているようだ。

「酒?」

 尋ねつつ渡されたそれを受け取って、唐突に人へそれを差し出してきた相手を見る。
 にまりと笑ったサッチは、わからねえ、とあっさりと言い放った。

「昨日の島で買ったんだ。お前にやろうと思ってたのに、すっかり忘れててよ」

「……中身も分からないのにか?」

「多分酒だろ?」

 無責任なサッチの言葉を聞きながら、渡されたボトルを眺める。
 余り大きくもなく、俺が片手で持てる程度の重さのそれには色のついた紙がラベルのように付けられているが、成分表もそれが酒類であるという表示も何もない。
 むしろ、どこの誰が作っていくらのものなのかという表示すらもない。
 ワンピースの世界にはそういう決まりはないのだろうか。よくこんなものをひょいと買えたもんだ。
 けれども、昨日までこの船が停泊していたあの島は色々な変わった酒を造っていることで有名なようだったから、確かにサッチの言う通り、これは酒だろう。

「ナマエ、酒弱いし? やっぱり、酒に強くなるには酒を飲まねぇとな!」

 いつも俺にとってはありえない度数の酒を飲んでいるサッチに言われて、俺は軽く肩を竦めた。
 確かに、俺はあまり酒に強くない。
 けれども、別に弱いつもりもない。
 ただ単に、この船に乗っている連中が酒に強いだけだ。
 そう反論したいところだが、つまり弱いんだろうと言われるのも予想できたので言葉にするのは止めて、かわりにありがたく見たこともないそのボトルを受け取ることにした。
 一瓶は俺には多いだろうが、マルコも一緒に飲んでくれるだろうから多分大丈夫だろう。

「今日あたり、飲んでみるよ」

「おう。後でマルコにつまみ持たせといてやるよ。おれってやっさしいなー」

「…………ああ、ありがとう、サッチ」

 俺は何も言っていないのに、マルコと酒盛りすると決め付けたサッチに、俺はわずかに苦笑した。







 それが、昨日の記憶だ。
 サッチが俺へくれたあのボトルの中身は、やっぱり酒だった。
 少し変わった風味のもので、やっぱり度数は高かった。
 それでもボトル自体が小さいサイズのものだったから、俺とマルコは二人で、それをすっかり空にした。
 独特の味わいがマルコの口に合ったようで、うまかったから傘下の海賊団に頼んで買ってきてもらおうかなんて話をしていたのも、しっかり覚えている。
 だがしかし、俺は自分の傍らに眠っている存在に対しての記憶が全くなかった。

「…………」

 ちらりと傍らを見やって、何度見ても変わらない光景に、口から長く息を吐く。
 見たことのある子供だ。
 そう、見たことがあるのだ。
 それが一番の問題だった。
 そうして俺の頭に浮かぶ考えを裏付けるように、同じ部屋に眠っているはずのマルコのベッドがもぬけの殻になっている。
 もう一度傍らを見やって、俺はそっと手を伸ばした。
 小さな頭に金髪を乗せて、ふっくらした頬をシーツに押し付けて、だぶだぶのシャツの中にその体をくるんだ小さな子供の頭を、そっと撫でる。

「…………マルコ?」

 それは、どう見てもマルコだった。
 それも、俺が元の世界にいた時に一緒に過ごした、あの頃の『小さな』マルコだ。
 今までのことが全て夢で、まだマルコと一緒にいるだけだとか、そういうわけじゃない。
俺がいる部屋は確かにマルコと俺の部屋だし、時々揺れるここは確かに海の上のモビーディック号の中だ。
 一体何が起こったというんだろうか。
 うーん、と一人小さく唸った俺の横で、ぴくりと子供が身じろぐ。
 それに気付いて頭を撫でていた手を引っ込めると、ややあってむずがゆそうに顔をゆがめた子供が、ぱちりと眠たそうに目を開いた。
 幼さの残る瞳がゆらりと揺れて、ぼんやりと俺を見上げる。
 そういえば小さなマルコの目覚めるところを見たことはあまりなかったことを、俺は何となく思い出した。
 何故なら俺よりマルコが起きるほうが早くて、俺は基本的に腹に飛び乗られて起こされる側だったからだ。
 ぱちぱちと瞬きをしてから、むくりと起き上がった子供が、俺を見上げる。

「………………」

「……マルコ?」

 確認するように名前を呼ぶと、ややあって大きな目を限界まで見開いた子供が、それから寝起きにしては驚くべきスピードで俺のほうへと突撃してきた。
 どす、と腹を小さな頭に攻撃されて、う、と唸る。
起きていても腹部を攻撃されるとは一体どういうことだ。

「ナマエ! ナマエよい!」

「……やっぱり、マルコか」

 懐かしさを感じさせる高い声が紡ぐ俺の名前に、この子供はやっぱりマルコなのだと、俺は理解した。
 けれども、ただ単に小さくなっている、という様子でもない。

「ナマエがモビーにきたよい! いらっしゃいませよい!」

 もしもそうなら、ここまで嬉しそうな顔で俺を見上げているはずがないだろう。
 他に思い当たらないから、原因は昨日サッチから貰ったあのボトルなんだろうなと考えつつ、俺はとりあえず未だ俺のみぞおちを攻撃してくる小さな頭を撫でてそっと押しのけた。




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