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「……ああ、そうだ『ワンピース』だ」

 ずっと思い出せなかった漫画のタイトルを思い出して、俺は一人キッチンで頷いた。
 マルコが言っていた単語の出てきたあの漫画が、本当にマルコのいた世界かは分からない。
 とりあえず近いうちに本屋にでも行って確かめようと思ったのだが、タイトルが思い出せなくて悩んでいたのだ。
 横文字で表記されていた気がするが、読みは『ワンピース』で間違いないだろう。となれば、見つけられなくても店員に聞けば問題ない。
 時々ポスターが貼られていたような気がするし、コンビニでも時々くじの景品になっていたのを見た覚えがある気がするから、多分今でも連載はしてるだろう。
 すっきりした気持ちで、せっせと手を動かす。
 冷蔵庫に残っていた食材を振り絞り作り上げたチキンライスの上に薄く焼いた卵を乗せて、更に適当にケチャップをかければオムライスの完成だ。
 現在リビングの低いテーブルのそばに座らせているマルコは、とりあえず卵もライスもハムもトマトもケチャップも食べられるらしい。
 卵アレルギーが無いようで安心した。
 アレルギーがあったら、こう簡単に食事を用意してやることもできなかった。

「ほら、どうぞ」

「オムライス、よい!」

「そうだなオムライスだ」

 出来上がったオムライスのうち、形の上等なほうを目の前においてやると、子供はまだ赤い目をきらきらと輝かせた。
 小さめの手には大きく見えるスプーンを渡してやって、俺も向かい側に自分の皿を置いて座る。
 あむあむとオムライスを食べて口の周りを汚しているマルコを見やってから、小さく息を吐いた。

「汚してるぞ、マルコ」

「んむ、おいひい、よい」

「そうか、それならよかった」

 もむもむとリスみたいに頬を膨らませながらオムライスをほおばるマルコの言葉に、軽く頷く。
 さっきまで大泣きしていたのに、子供はどうやら開き直ったらしい。
 まぁ、この状況じゃ開き直るしかないとは思う。
 思うが、そうやって開き直れるということはマルコは将来大物になるかもしれない。
 とりあえず自分も遅い朝食を済ませようと、俺は軽く手を合わせた。

「いただきます」

 いつもの習慣で言葉を零してから右手にスプーンを持って、まだ温かいオムライスを一口食べる。
 いつか前に食べたレストランのとろふわ卵を焼いてみたいもんだが、自分ではちょっと無理だな。卵を薄く焼くので精一杯だ。
 一口食べて、更にもう一口食べて口の中身を飲み込んだ俺は、いつの間にやら動きを止めたマルコが目を丸くしてこちらを見ていることに気がついた。

「どうした? もう食べられなくなったか?」

 どのくらい食べるか分からなかったから、マルコの前のオムライスと俺の前のオムライスは同じ大きさだ。
 やっぱり多かったか、と半分くらいしか崩されていないオムライスを見やって聞くと、マルコがふるりと首を横に振る。

「さっきの、なによい?」

「さっきの?」

「えっと、いた、ます?」

 不思議そうなマルコの言葉に、そういえばマルコは言っていなかったと気付いた。
 どう見ても日本人ではない見た目の異世界人な子供は、『いただきます』を知らなかったらしい。

「食べる前の挨拶だ。『い、た、だ、き、ま、す』」

「い、た、だ、ま、す?」

「惜しいな、『き』が抜けてる」

 不思議そうに首を傾げたマルコは、口の周りにケチャップやら米やらをつけたまま、そっとスプーンを置いた。
 そうして小さな両手を合わせて、大きく口を動かす。

「いたきます!」

 今度は『だ』が抜けている。
 不完全ながらも挨拶を終えたマルコは、改めてスプーンを手にした。
 そうしてまた、先ほどみたいにせっせとオムライスを食べ始める。
 小動物みたいに頬を膨らませている様子を眺めてから、俺もとりあえず目の前の皿を空にすることに専念した。
 あまり会話もしないまま、二人して皿の上を平らげる。
 マルコはあちこちに飛び散らせているが、まぁ満足そうだから足りなかったというわけでもないだろう。案外よく食べる子供だ。
 スプーンを置いて俺が軽く手を合わせると、大きな目でこちらを観察しながら、マルコも小さな手を合わせた。

「食べ終わったら『ごちそうさまでした』だ」

「ごち、そー、ました!」

「……まァ、いいか」

 いろいろ抜けているが、にっこり笑った顔を初めて見たので、俺はとりあえず指摘はしないでおくことにした。





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