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俺が朝食にケチャップを使用した事により、マルコの着ていた上着が戦死した。
簡単に言えば汚れた。
とりあえず顔を拭いてからそれを脱がせて、自分が着ているシャツの中でも一番小さいものを着せてやってから、俺はふむ、と声を漏らす。
やっぱりぶかぶかだ。
「とりあえず、マルコの生活用品と服を買うか」
寂しい男の一人暮らしには、余り物などあまり無いのだ。
しばらく預かることになるのだから、不自由をさせるのはいただけない。
会社が倒産するまでは働くことくらいしか生活サイクルに無かったし、それ以外の理由でも貯金も十分にある。
マルコが帰ったらリサイクルショップにでも売ってしまえばいいし、少しくらい出費したっていいだろう。
今日が休みなのも助かった。いや、週三回のバイトを除けばほぼ休みのようなものだが。
俺の言葉に首を傾げて、マルコが俺を見上げた。
あれだけ怯えまくっていたくせに、朝食を終えてからのマルコは俺のそばにずっといる。
トイレの前でまで待たれたのはびっくりした。
オムライスの魔力は恐ろしい。
「かいもの、よい?」
「そうだな。代えの服と、小さいフォークと、スプーンと、歯ブラシと」
買うものはたくさんあるだろう。
途中で自動機行かないとな、なんて思いながら財布と携帯をポケットに押し込んで、玄関へ向かう。
移動する俺についてきたマルコが、土間の前でその足を止めた。
じっとこちらを見上げる視線を見返してから、軽くかがんで手を伸ばす。
体に触っても、マルコは逃げたりしなかった。
小さな体を片手で支えて、ひょいと持ち上げる。
「あと靴もだな」
はだしの子供にそう言うと、不思議そうにしながらマルコはぴょこんと足を動かした。
※
まずはマルコの靴を買おう、なんて思いながら、俺がマルコを抱えて行き先に決めたのは家から徒歩で行ける場所にあるショッピングモールだった。
もう少し遠いところのほうが品揃えはいいだろうが、車は車検中だった。
どうせ遠出しないからと代車も頼まなかったのが悔やまれる。
「ナマエ、ナマエ、あれなによい?」
両手で子供を抱いたまま歩く俺の腕の中で、マルコはきょろきょろ周囲を見回している。
平日の昼間だから、あまり人は歩いていない。
時々すれ違う年配の女性は、俺達を少しほほえましげに見ているだけだ。
「アレは車だな。乗り物だ。あのでかいのはバスな」
「ぐおーって、おおきいよい! ……でも、くさいよい」
「排気ガスだからなァ」
観光バスらしい大型バスが通り過ぎていって、きらきらした目でそれを見送ったマルコが顔をしかめる。
こほこほ咳き込むその背中を軽く叩いてやって、少しずり下がっていたマルコを抱えなおした。
「ナマエ、マルおもいよい?」
「いーや? でも、早く靴買うか。自分で歩いてあれこれみたいだろ、マルコも」
「よい!」
少し不安げな顔をしたマルコが、俺の言葉にまたぴこんと足を振る。
片手が俺の肩を掴んでいて、もう片手は不思議なものを指差すのに忙しいようだ。
飛行機、ヘリ、電信柱、電線、自販機、信号、横断歩道、陸橋。
あれこれ聞かれるがままに答えていって、どうにか辿り着いたショッピングモールで、とりあえず俺はマルコの靴を買う事に成功した。
マルコは青が好きらしく、なんとかレンジャーよりもあまり柄の入ってない小さい靴を選択した。
「うみいろよい!」
「ああなるほど、青が好きなんじゃなくて海が好きなのか」
「そうよい! マルはうみのおとこよい!」
どうやらマルコの将来の夢は漁師らしい。
いや、そういえば『グランドライン』の出てきたあの漫画は海賊が主人公だった。
海軍もいたし、マルコの将来の夢もそのどっちかなのかもしれない。
よしよしと小さい頭を撫でてやると、ぐらぐら頭を揺らしたマルコが慌てたように俺の手を引き剥がした。
「ナマエ、ちからつよいよいっ」
「悪かった。大丈夫か?」
むぅと頬を膨らまして抗議されて、とりあえず謝罪する。
ゆるしてあげるよい、なんて上から目線を寄越した子供にありがとうと頭を下げて、俺はかがんでいた脚を伸ばした。
「じゃあ、次にいくか。とりあえず、そのシャツをもっと体に合ったやつに変えないとな」
俺のシャツを着込んだマルコが、だぼだぼのそれを軽く引っ張ってみている。
もう少し我慢しろ、と言ってみると、俺を見上げたマルコが首を傾げた。
「これ、おさがりじゃないよい?」
「ん?」
「マル、おさがりがいいよい」
ちょっとだけ落ち込んだような顔で、妙にけなげなことを言われてしまった。
どうしたのかとその様子を見つめると、マルコの手がしっかりと自分が着ているシャツを握り締める。
「おさがりよい」
「……まァ、じゃあ、それはマルコにやるよ」
シャツの一枚くらいいいかと、俺は呟いた。
途端にマルコの顔が輝いて、嬉しそうにその目が細まる。
他にも服を買おうなと言葉を落として、とりあえず俺はマルコをつれて移動した。
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