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 青雉がまた居なくなった。
 仕事を最低限しかしないのは、本当にどうかと思う。

「えっと、あとはどこだ……」

 昨日見つけた書庫にも、一昨日見つけた使われていない客室のソファにも、その前に見かけた中庭やら演習場の端っこやらにもあの長身が転がっていない事を確認した俺は、他にあのでかい人が隠れられる場所があったかと頭を働かせながら足を動かした。
 いないと気付いてすぐに確認したけど、いつも使ってる自転車はまだあった。だから島から出てはいないと思う。まぁ歩いて出てたら分からないけど、そこを気にしちゃ駄目だろう。
 昼寝によくてあの大きい体を横たわらせるスポットなんて、他にあっただろうか。

「オォ〜……ナマエじゃないかァ〜」

 とりあえず足を動かしながら考えていた俺の前方に現れて、俺へと声を掛けてきたのは黄猿だった。
 てくてくと長い足を動かして歩いてきた相手を前に足を止めれば、大きな体を少しかがめて、黄猿が俺を見下ろす。

「クザンを探してんのかァい?」

「はい。どこかで見かけませんでしたか?」

「ン〜……見ちゃいないねェ〜」

「そうですか……」

 役に立たない大将を前に、がくりと肩を落とす。
 でも、ここでぼんやりしてても何も終わらない。
 それじゃあ失礼します、と頭を下げて歩き出そうとすると、がしりと頭が捕まれた。

「どうせ休憩時間だし、クザンを探すよりわっしに付き合いなよォ〜」

「あ、いや、でもボルサリーノ大将、俺はクザン大将を探すのが今の仕事でして、」

「わっしが引き止めてんだから、そう怒られやしないってェ〜」

 なにやら楽しそうに笑った黄猿が、掴んだままの頭をぐいぐいと引っ張って歩いていく。
 そのままもげそうだったので必死に足を動かして、俺は自分の頭を掴んだままのその人に並んだ。

「あの、ボルサリーノ大将、もげそうなので放してください。お供しますから」

「ン〜……? 相変わらず弱いねェ〜」

 どうにかそう訴えると、仕方なさそうに黄猿が俺の頭を手放す。
 その代わりのように軽く肩を掴まれて、あまり信用されていない自分にがくりと肩を落としたい気分になった。
 そりゃ俺は怪しいけど、光人間から逃げられる脚力じゃないんだから安心してくれてもいいのに。
 仕方なくそのまま歩きながら、目的地を聞いていない事を思い出して黄猿を見上げる。

「それで、どちらへ?」

「わっしの執務室だよォ」

 いいお茶が入ったんだ、と言われても、素直に喜べないのはどうしたらいいんだろうか。
 あれよあれよという間に執務室へと連れ込まれて、現在の俺は黄猿と対面する格好でソファに座ったまま、カップを前にしていた。
 いい香りのする紅茶は、部屋に入ってすぐに黄猿が給仕に淹れさせたものだ。
 初めて入った黄猿の執務室は、俺が来たときの青雉の執務室とは違って綺麗なものだった。壁すら汚れてない。掃除の甲斐がまったくなさそうだ。

「ほらほら、飲みなよォ〜。自白剤なんて入れちゃいないからさァ〜」

「大将……逆に怪しいです」

 冗談を言いながらひらひらと手を振られて呆れつつ、そっとカップに手を触れる。
 いい香りがするそれにそっと口をつけてすすると、あ、と小さく黄猿が呟いた。

「飲むんだねェ〜……」

「……あの、飲めって言いませんでしたか?」

 駄目だったのか。それとも何か俺の知らない作法があるのか。
 戸惑い顔を上げると、いいやこっちの話だよと黄猿は首を横に振った。
 長い手が自分のカップを持ち上げて、そのまま紅茶を飲む。間違っても零してぶわっちぃとか言わないだろう黄猿を前に、俺はそっとカップを置いた。
 ちらりと見やった外は快晴だ。眠るなら日陰が良いだろうし、たぶん青雉もどこかの日陰かそこそこ窓のある部屋に隠れていることだろう。

「こっちも食べるといいよォ」

 声を寄越されて視線を戻すと、黄猿がなにやら茶請けらしいクッキーを乗せた皿を用意していた。いつの間に取りに行ったのだろうか。

「あ、じゃあいただきます」

 久しぶりに見たお菓子に手を伸ばして、ぱくりとかじりつく。甘さ控えめなクッキーは、上品なにおいがした。

「うまいかァい?」

「はい、美味しいです」

 一口食べたところで聞かれて、頷いて応える。
 俺の言葉を聞いてから、黄猿は自分の手でもクッキーをつまんで食べた。
 あれ? もしや俺、毒見役にされたのか? いやいやまさかそんな。
 何となく居心地が悪いので、とりあえず手に持ってしまったクッキーを食べ終えてから、そわそわと体を揺らす。

「ボルサリーノ大将、クザン大将がよく昼寝をしてるスポットってありませんか?」

「ん〜、クザンはあっちこっちで好きなように寝てるからねェ〜、あ〜でも、サカズキがあまり通らないようなところが多いねェ」

「なるほど……」

 確かに、赤犬に見つかったらものすごく怒られそうだ。下手をすれば大噴火だ。それはたぶん困る。

「……クザン大将に発信機つけたらどうですか……」

 小さくため息を吐いてからそう提案してみると、昔つけたことがあるけどすぐに気付かれて壊されたと黄猿が言った。
 何だそれ。そんなときだけ有能にならなくていいのに。

「まァ、それでも、最近は仕事してる方だよォ〜……ナマエのおかげだねェ〜」

「そ、そうですか?」

 優しげに言われて、少しだけ照れくさくなった。
 しかし、俺が見つけてきてもあまり仕事をしない青雉は、俺が居る前は一体どうやって仕事をしていたんだろうか。他の部下が探し回っていたと思うんだが、その人たちは俺よりかくれんぼが下手だったとかなのか。
 俺の疑問は口から出て行くことなく、改めて含んだ紅茶で流し落とされた。
 空になった俺のカップへ、黄猿がまた紅茶を注ぐ。

「ナマエは、何で悪魔の実を食べたんだァい?」

 そうしてポットを置いてから唐突に聞かれて、俺は改めて黄猿を見やった。
 何で急にそんなことを聞くんだろう。
 戸惑った顔をしてるだろう俺をサングラスの向こうから見つめながら、黄猿が口を動かす。

「わっしはねェ、ほんの弾みで食べちまったんだよォ……そしたらそれがピカピカの実でねェ〜」

「は、はあ……」

「制御できなけりゃ周りも危ないってんで海軍に保護されたのさァ、クザンやサカズキも、まァ似たようなもんだねェ〜」

 軽く肩を竦めてそう言われ、はぁ、ともう一度間抜けに言葉を零す。
 俺の応えを気にした様子もなく、黄猿が俺のほうをまっすぐに見下ろした。

「それで、ナマエはどうなんだァい?」

「俺ですか。えっと、俺は……」

 聞かれて、思い出したのは、俺が気絶させてしまったサッチと怖い顔をしたティーチだった。
 ヤミヤミの実をティーチに渡すわけにはいかないと、あのときの俺はそんなことばかり考えていた気がする。
 だって、ティーチがヤミヤミの実を食べてしまったら、エースも白ひげも他の船員達もたくさん死んでしまうだろうから。
 そして、俺みたいな奴がたくさん出来てしまうから。
 あの時、俺に食べる以外の選択肢は無かったと思う。
 捨てようにも目の前にティーチが居たし、逃げることだって叶わなかった。

「俺は、欲しがってる奴にやりたくなかったから、食べたんです」

 俺がそう言うと、色の薄いサングラスの向こうで、黄猿がぱちりと瞬きをした。
 少しだけ体勢を前傾にして、黄猿の両手が膝の上で組まれる。

「ヤミヤミの実だと分かってて食べたってェことかァい……?」

「はい。俺の知り合いが手に入れて、それを別の知り合いが奪い取ろうとしたから、思わず」

 ものすごく不味かったです、と言って笑えば、悪魔の実ってのは全部そうなんだよォ、と黄猿が笑う。
 美味しく食べる方法なんていうのは無いのだろうか。まぁ、わざわざ悪魔の実を調理する人間もいないか。

「でも、それじゃあナマエが横取りしたことになるねェ〜」

「なりました。ものすごく怒られたし、俺も逃げちゃったから……会ったらまた、怒られるだろうと思います」

 実戦に赴かないなら、海軍に居る間はそう再会もしないだろうけど、再び会ってしまったらどうしようかと、そんなことを考えると少し怖い。
 マルコやエース達はともかく、ティーチに会ったら俺を殺しに来ると思う。

「怒られるのがいやだったら、横取りなんてしなけりゃよかったのにねェ……」

 呆れたような声で黄猿が言って、そうですね、と俺も頷いた。
 だけど、あのときの俺には選択肢なんて無かったのだ。

「でも、目の前で人が死ぬよりは、今のほうが全然良いですよ」

 もしあの時俺が駆け出さなかったら、サッチはティーチに殺されていた。
 そして俺が知っているとおりに原作が動いていって、やっぱりエースも白ひげも死ぬ。他にもたくさん死んだり傷付いたりして、たくさんの人が残されていく。
 しばらく前にジャンプで読んだ流れを思い出して、もうああはならないのだと思うだけで、どこか安堵の気持ちがあった。
 少なくとも、この世界で一番初めに俺を助けてくれたマルコは、悲しんだりする羽目にはならないはずだ。

「もっと食べていいよォ〜」

 俺のほうを見て軽く勧めた黄猿の手が、クッキーの乗った皿を軽く押してくる。
 ありがとうございます、とそれに応えて、もう一枚クッキーをかじった。

「誰かを助けるために自分が嫌われるってのは、割りに合わないねェ〜。せめてその助けたほうがかばってくれりゃよかったのにィ、薄情な話だねェ〜」

「いや、サッ……知り合いは、俺が気絶させちゃってたので。こう、後ろから首の辺りを思いっきり、ばしーんと叩いちゃって」

 そういえばサッチは無事だったんだろうか。俺なんかの攻撃で昏倒するくらいだから、案外打たれ弱かったのかもしれない。ちゃんと手当てを受けてくれてればいいんだけど。

「オォ〜、痛そうだねェ〜」

 俺の身振りを見てくすくす笑った黄猿が、自分のカップへ紅茶を注ぐ。
 その手がカップを持ち上げようとしてぴたりと止まって、どうしたのかと俺が首を傾げたところで、ばたんと扉が開かれた。

「あららら、ナマエ、ここに居たの」

「あ、クザン大将」

 声を掛けられて視線を向ければ、俺が朝から探し回っていたかくれんぼの相手が、面倒くさそうに扉を閉ざしながら近づいてくるところだった。
 ノックくらいしなさいよォと黄猿に怒られて、でも気にした様子のない青雉が、俺の隣にどかりと腰を下ろす。背の高い奴は座高も高いらしく、並んで座っても俺は青雉を見上げる格好にしかならない。

「なかなか探しに来ないから、おれが探しに来ちゃったじゃないの。ちゃんと仕事はしなさいや、ナマエ」

「いや、仕事してましたよ。どこ探してもいなかったじゃないですか」

「いたでしょーが、屋根の上に」

「屋根……」

 それはつまり、次からは屋根の上まで捜索の範囲を広げないといけないということか。
 ここは大柄な人が多いから天井もずいぶん高いというのに、どこから登ればいいんだろうか。
 むむっと眉間にしわを寄せた俺のそばから手が伸びて、俺が飲んでいた紅茶のカップが青雉に攫われた。
 それをそのまま飲まれて、いい紅茶だなァとどうでもよさそうに青雉が言う。
 女の子だったら間接キスがどうとかで騒がれてるところじゃないだろうか。そんなことを思いながら、まぁどうでもいいので放っておく事にした。

「クザン〜、いちいちナマエに探してもらってないでェ、ちゃんと仕事しなよォ〜。そろそろサカズキにブチ殺されるよォ〜」

「最近はまじめにやってるっつの。ねーナマエ」

「……はァ……」

 最近と言われても、俺は以前の青雉を知らないのだけれども。
 でもさっきは黄猿も言ってくれていたから、たぶん前の青雉は今に輪を掛けてサボりまくっていたんだろう。
 そんなことを少しだけ考えながら、紅茶を奪われた俺は仕方なくクッキーをかじった。
 黄猿が更に二、三言の小言を言って、それを青雉がどうでもよさそうに受け流す。
 ぼやっとそれを眺めている俺と二人のティータイムは、そのままゆるゆると過ぎていった。



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