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 結局もとの島には戻れなくて、俺は店長に手紙を書くことしか出来なかった。
 返事は無かったけど、ちゃんと届いているのかが少しだけ不安だ。
 俺の直属の上司は青雉ということになった。
 俺をここまで攫ってきた犯人と一緒に過ごすというのも微妙なものだけど、小さい私室も貰ったし、青雉の部屋を掃除したり資料を分けたりサボった青雉を探しに行ったりするのが主な仕事になったのは俺にとって幸いだった。
 時々の戦闘訓練はそれはもう毎度死にそうになるんだけど、体力づくりでひぃひぃ言ってる俺に青雉も加減してくれてるらしく、まだ俺は生きている。
 時々黄猿や赤犬の戦闘訓練を見かけて、あそこにいたら自分はやっぱり痛みでショック死くらいはしてたな、と思うから、いろいろと不満だけど青雉が上官になってよかったのかもしれない。
 そんなことを思いながら、せっせと棚を拭く。
 今日は青雉の部屋の端に設けられている資料棚の掃除だ。
 部屋の主はソファに長い体を横たえて寝てる。ちょっと足がはみ出してるのがうらやましい。でも仮眠室使えばいいのに、とも思う。
 まあ青雉が寝てるのはいつもの事なので放っておいて、資料をぺらぺらめくって、ファイルを何となくの分類ごとに動かしていく。中身がちゃんと読めないんだから仕方ない。
 適当に押し込まれた手配書は一つにまとめておいた。後で頭文字順に並べてファイリングでもしておこう。
 そんな事を思いながらぽいぽいと手配書を引っ張り出してはすぐそばの机へ置いていき、ふと奥の方に押し込まれていた古い手配書に気付いて手を止める。
 引っ張り出したそれには、黒い髪の女の子が写っていた。

「……ニコ・ロビン……」

 9歳で手配されてしまった可哀想な彼女を見つめて、ぽつりと小さく名前を呼んだ。
 何でこんな奥の方に隠されてるんだろう。
 これはずいぶん昔に発行された手配書のはずだ。今も刷ってるんだろうか。
 それとも、ロビンだからとってあったのか。
 良くわからないながらも、とりあえず少しぐしゃりと歪んでいる紙を伸ばしてから机へおき、適当な資料本を重石にしておく。

「ロビンを知ってんの?」

 そうしてもう一度棚に向き直ろうとした俺へ声を掛けてきたのは、いつの間にやらソファから起き上がっていた青雉だった。
 額にアイマスクを押し上げた大将からの視線を受け止めて、俺は今重石を乗せたばかりの手配書を手にとって見せる。
 手配書を見たんで、と呟いてみせると、ああなるほどね、と頷いた青雉が立ち上がった。
 やっぱりでかい。
 見上げる格好になってしまった俺へと近づいた青雉が、ひょいと俺からロビンの手配書を奪い取る。

「これまーだのこってたんだなァ」

「奥の方に押し込まれてました。隠したんじゃないんですか?」

「隠してどーすんだっつの」

 言いながら青雉の手が軽く手配書を引っ張って、紙面についたしわを伸ばそうとしている。
 どうやら隠したわけではなさそうだ。
 青雉はすごくロビンのことを気にしてるようだったから、あえて残してたんだと思ってたのに。

「残しておくんなら、しわ伸ばしてファイルするからこちらへください」

「んー……いいや、捨てちゃってよ。ずいぶん古いし」

 手を出してそう言うと、しばらく小さい頃のロビンを眺めた青雉は、そんな風に言いながら俺の手へそれを乗せた。
 せっかく残ってたのに、捨てろだなんてもったいない。
 俺は軽く首をかしげて、それから手に乗せられた手配書を見下ろす。

「……捨てるんなら、俺が貰ってもいいですか?」

 そうしてそう尋ねると、青雉が少しばかり不思議そうな顔をした。

「何、欲しいの? もしかしてナマエって幼女趣味だった?」

「不名誉すぎます。それに、これって20年くらい前の手配書だって聞いた事ありますけど」

 ロビンはもう幼女じゃないだろうという意味をこめて言うと、そりゃそうだけどね、と呟いた青雉が軽く頭を掻く。

「……まァ、いいんじゃないの。持って帰れば?」

「ありがとうございます」

 寄越された言葉に小さく笑って、俺はとりあえず改めてロビンの手配書の上に資料本を載せた。綺麗になったら、部屋の壁に貼ろう。
 俺の部屋の壁には、いろんな海賊の手配書が張られている。知った顔の手配書を手に入れるたびに、ぺたぺた貼っていっているのだ。
 白ひげ海賊団の連中やシャンクスやバギー、ルフィもゾロもある。ロビンの手配書は古い奴だからレア物だ。
 一度だけ俺の部屋へ来た黄猿が不思議そうな顔をしたけど、顔を覚えたいんだと言ったら納得してくれた。
 そして、赤犬が見たら燃やすだろうから気をつけろと助言もしてくれた。ありえそうで笑えない。

「ナマエは変な奴だよねェ」

 とりあえず他の書類を片付けようと改めて書類棚へ向かった俺の背中へ、青雉が声を掛ける。
 なんか、しばらく前にエースにも似たようなことを言われた気がする。
 資料を片手に見やった先で、青雉はソファの背に腰掛けるようにもたれていた。

「何でそんなに掃除が好きなのよ」

 おれは嫌いだなーと寄越された言葉に、そりゃ掃除好きだったら俺の仕事こんなに無かったでしょうね、と言いたいのをどうにか飲み込む。
 青雉の執務室は汚かった。
 ぱっと見た感じでは綺麗なのに、壁や角に埃がたまっていて、資料や書類も乱雑に放置されていた。
 よくここで仕事が出来るものだと逆に感心した後で、そういえば青雉はサボり魔だと思い出したのはついこの間のことだ。
 別に好きじゃないですよ、と言いながら笑うと、ふうん、とどうでもよさそうな声を出した青雉が言葉を紡いだ。

「それに、おれのことあんなに怖いって言ったくせに、おれの部下になるし?」

「消去法だと思います」

「うわ、ずばり言うね、傷付く」

 大して表情も変えずにそう言ってから、まァでもね、と青雉が頷く。

「ボルサリーノは分かるけど、まだそんなに話してないだろうに、何でサカズキまで怖がるかねェ?」

「だって怖いじゃないですか」

「そりゃ否定はしないけど」

 あいつは過激だからね、と青雉が言う。
 まったくだ。
 俺の知ってるワンピースキャラの中でも、赤犬は1、2を争う過激キャラだと思う。
 何かでうっかり俺が白ひげの船に乗せてもらっていたなんて話が出たら、すぐさま殺されそうだ。
 船員だったかどうかなんて関係無いだろう。『かもしれない』だけで、一般人の船だって沈める奴だから。
 赤犬怖い。

「まるで、戦ってるあいつでも見たことあるのかってくらいの怯え様だったよなァ」

 とりあえず本棚を拭き終えて、乾くまでの間に手配書を並べていこうと思って机へ向き直ったところで、そんな風に言われた。
 顔を向けると、青雉がどうでもよさそうな顔でこちらを見ている。
 冷え冷えとしたその眼差しに、やっぱりこの人も怖いよな、なんて考えた。
 どうやら、俺は今尋問のような事をされているらしい。
 俺はいわゆる身元不明だから、怪しい奴だとしか思われていないんだろう。
 少しだけ考えて、俺は口を動かす。

「……サカズキ大将が戦っているところ、見たことありますよ」

 ジャンプでだけど。
 俺の言葉に、へぇ、と青雉が声を漏らす。
 ぴしりと小さな音がたって、見やった青雉の足元が少しばかり凍りついているのを確認した俺は小さくため息を吐いた。

「クザン大将、足元がものすごく凍ってます。掃除が大変になるのでやめてください」

 凍ったところが溶けて乾くと、すごく汚れるのだ。掃除しがいはあるけど、せっかく拭いたところをわざわざ汚して欲しくはない。
 ああ悪い悪い、とまったく悪びれた様子も無く言って、青雉が軽く足を動かした。靴底が凍りついた床を踏みしめて、ぱきぱきと音を立てる。
 その様子にもう一度ため息を吐いて、俺は手配書を並べる。
 一番最初は、とりあえずエースにしておこう。懐かしい顔だな、なんてこっそり思う。

「それで、いつ見たって? サカズキが戦ってるところ」

「ずいぶんと前です。海の上で」

 黄猿のことを聞かれたときと同じように答えて、俺は手を動かす。本当は陸地だったはずだけど、そこは嘘でもばれないと思う。
 それ以外の戦闘だと、ジャンプで描かれてたのはあれだ、ロビンの島をバスターコールしたときだ。
 いやでもあの時は能力は使ってなかったし、戦闘とも言えないか。避難船を砲撃させてただけだ。『かもしれない』だけで一般人をずいぶん殺してた。
 思い出すだけで怖い。漫画で読んだときもちょっと引いたけど、実際目の前にした人物がアレをやったのかと思うと背中が寒い。怖すぎる。

「大将赤犬は簡単に犯罪者を殺すし、犯罪者を殺すためなら罪も無い一般人を巻き添えにして平気だから、俺はあの人が一番怖いです」

 そっと呟いた俺は、それ以上は何も言わずに手配書を丁寧にファイリングする作業へ没頭した。



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