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大将二人に挟まれてセンゴクからの尋問を受けた俺が連れてこられたのは、要人を通す際に使うという部屋だった。
青雉と黄猿がいたときはずいぶん狭く見えたんだけど、俺ひとりになるとかなり広い。大きい人には向かない部屋だ。
「……ていうか、解放されないのか、俺」
ぽつりと呟いて、ソファに座る。
まさか、悪魔の実の能力者だからか。
何か届け出が必要だったりなんかしてただろうか。ルフィ達は海賊だし、みんなあれこれ悪魔の実の能力を使ってたからまったく気にした事なかったけど、そんな話も出てたのか?
だけど、ポーネグリフじゃあるまいし、悪魔の実なんて案外あちこちの人が食べてるじゃないか。食べたら犯罪者っていうんならちゃんと悪魔の実自体を管理していたほうがいいと思う。
逃げようか、とちらりと窓を見やるけど、そこから見えた景色が偉く見晴らしが良かったので諦める。ここは一体何階なんだ。
窓の外を白い鳩が飛んでいくのを見送って、もう夕方から夜に変わりそうな光景に店長怒ってるだろうななんて考えていると、扉がこんこんと叩かれた。
俺が振り返ったのと同じくして、開かれた扉の向こうから人が現れる。
そこにあった赤いスーツ姿に、俺はぴしりと動きを止めた。
「おどれがナマエか?」
低い声で言いながら近づいてきたその人は、誰がどう見ても恐らく確実に、大将赤犬だった。
どうしよう。俺は今日死んだかもしれない。
驚きと恐怖に瞬きすら忘れて相手を見上げながら、俺はそんなことを考える。
俺はヤミヤミの実の能力者だけど、赤犬の拳一発でつぶれて死ぬ自信がある。マグマなんて必要ない。
俺が死んだら、やっぱりヤミヤミの実の能力はティーチの手に渡ってしまうんだろうか。
そうすると原作通りに話が進んで、サッチが死んでエースが捕まって処刑が行われて、俺の目の前にいるこの人に殺されるのか。
それで白ひげも死んで、やっぱりたくさんの人が俺みたいに残されていくのだ。例えば俺をこの世界で一番最初に助けてくれたマルコとか、船でよくしてくれていたほかの船員達とかが、たくさん。
ああ、それは、いやだな。
「おい」
ぐるぐると頭の中で言葉をめぐらせていたら、苛立ったように言葉が落とされた。
慌ててぱちりと瞬きをした先で、怖い顔をした赤犬が、俺を見下ろして眉間にしわを寄せる。
「人が聞いとるんじゃけェ、答えんか。おどれがナマエか?」
「あ……は、はい!」
落とされた言葉に、慌てて頷く。怖い。どうしようものすごく怖い。
思わず直立不動の体勢になってから、あれ、これってさっきの青雉達の体勢と一緒じゃないか、と気がついた。なるほど、あの二人も今の俺と同じ心境だったに違いない。たぶん。
俺の答えに満足したように頷いて、赤犬が口を動かす。
「わしゃあサカズキ。もう知っちょるかもしれんが、大将をしちょる」
「は、はい……」
「マグマグの実を食うたマグマ人間じゃあ」
「はい……」
「明日からおどれの上官になるけェの」
「は」
今この男はなんと言ったのだ。
目を瞬かせて、俺は目の前の相手を見上げた。
赤犬はにやりとしか言いようの無い笑みを浮かべていて、本当に怖い。
常々思うんだが、何で大将はみんな怖いんだ。マルコとかエースとか白ひげのほうが怖くないんだけど、どういうことだ。
いやそうじゃなくて、上官って。
「あの……俺、海軍に入るんですか……?」
試験どころか面接も受けた覚えが無いんだけど、ワンピースの海軍は本人の意思決定もなく入隊できるのか。おかしくないか。
俺の言葉に、当然じゃあ、と頷いて、赤犬が腕を組んだ。威圧感半端無い。
「ヤミヤミの実っちゅうんはな、観測されている悪魔の実の中でも最悪の能力であると言われちょる。んなもんを手に入れたおどれを、自由にさせるわけにはいかんけェ」
「べ、別に悪い事しませんよ? 俺はただ、ひっそりと暮らしたいだけで」
「悪魔の実を食うた以上、そりゃあ無理じゃなァ」
だから、俺の意思はどこにいった。
やだもう、海軍のほうが人権認められてないよこれ。
今すぐ逃げ出したい。
赤犬と俺の位置が逆だったら、捕まれば怒られると分かっていても部屋から外へ飛び出してたと思う。
何だかもう崩れ落ちて泣きたくなって、それでも日本男児として必死に足を踏ん張っていたら、半開きだった扉が軽く叩かれた。
振り返った赤犬と共にそちらを見やると、さっき俺をここへ連れてきてすぐいなくなった青雉が、面倒そうな顔をしてそこに立っていた。
「サカズキ、それフライングだからな? 所属部隊は自分で決めさせてやるって、さっきセンゴクさんが言ってたでしょーが」
「わしが引き取って、大将まで育てちゃる」
「そうは言ってもさァ、一応決めさせなきゃなんないんだっての」
どうやら、赤犬が先走ってきただけで、俺が入る部隊はまだ決まっていないらしい。
そのことにほっと息を吐いて、でもやっぱり海軍入りが決まっているらしいという事を把握して肩を落とす。職業選択の自由はどこにいった。
海軍って怖い。怖すぎる。
更にいくつか赤犬と言い合いしていた青雉が、ちらりと俺のほうを見やった。
「ナマエも、面倒だから早めに決めとけな。おれのとこか、サカズキのところか、ボルサリーノのところか」
「大将限定なんですか」
「おどれの能力を考えりゃあ、仕方の無い話じゃのォ」
いや、俺ヤミヤミの能力使う気ないんだけど。
体はただの一般人なんだから、CP9の見習いの子供とかにでもあっさり殺される自信があるんだけど。
「か……海軍に入るのは、絶対なんです、か?」
とりあえずそこを確認すると、さっきの赤犬と同じように青雉も頷いた。
「まァ、そうなるなァ」
「志願もしてないのに、ですか?」
「何じゃ、いやか」
重ねて尋ねた俺に、赤犬がよく分からんと言いたげな顔をした。
いや、よくわからないわけがあるか。いやに決まってるじゃないか。
そういいたいけど言えないのは、俺が日本人だからと言うより、目の前で仁王立ちの海軍大将が怖すぎるからだ。
じろりと見下ろされて、そっと目を逸らす。もはや視線ですら殺されそうだ。怖すぎて心臓が痛い。
「その……俺は、戦闘はてんで駄目ですし」
「これから習えばいーだけのことだと思うけど?」
「体力もまったく無いですし」
「わしが鍛えちゃるけ、問題ないのォ」
「え、えっと、でも」
「まァ、面倒だけど、誰のところに来ても扱いは同じだろうよ」
何だそれ。やっぱり死亡フラグなのか。
ちょっと気が遠くなったけど、ここで気を失っていたら赤犬の下にされると分かったから、俺はどうにか意識を保つ事ができた。赤犬の部下だけはいやだ。鉄拳制裁で死んでしまう。
何よりたぶん俺は相手を殺したりなんて出来ないから、実戦に放り込まれてそのざまを晒して粛清で赤犬に殺される気がする。
赤犬のところだけは駄目だ。
だとすれば青雉か黄猿だけど、どっちもどっちで怖かった。
どうしよう。
せめて、比較したら少しでも楽なほうに行きたい。
白ひげの船に乗ってたときの仕事と同じとかだったら喜んでやるのに。
「そ……掃除……」
そんな風に思ってたら思わず単語が口から出ていて、赤犬と青雉が揃って不審そうな顔をした。
凄まれてるみたいで更にそれを怖いと思いながら、出てしまった言葉を仕方なく補足する。
「部屋の掃除とか、通路の掃除とか、そういう仕事の割合が多いほうがいい……です……」
俺の言葉に、赤犬も青雉も、ますます変な顔をした。
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