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「オォ〜……それはどうしたんだい、クザン〜?」
「あー……土産?」
俺は今海軍本部らしいところにいます。
どうも、俺のいた島から近かったらしい。
海軍が近いんじゃ平和なはずだよ。
大きい人と大きい人の間に挟まれる格好になった俺は、とりあえず目の前の黄色いストライプスーツの人に頭を下げた。
前から思ってたけど、黄猿はちょっとマフィアっていうかやくざっぽい。髪型とかサングラスとか、あと迫力があって怖いです。
今すぐにでも逃げたいところだけど、どうしてか俺の襟首はしっかりと真後ろの大きいおじさんに掴まれていて、走って逃げることも叶わない。
「何かちょっと面白い『体質』らしいから、ウチで保護してあげようと思って?」
初耳だ。
俺の名前を聞いて、食事が終わった後すぐに「よし、じゃあ行こうかナマエ」って言って手を伸ばしてきてから、俺がなんと言おうと放さなかったくせに。
せっかく見つけた就職先がパーだ。どうしてくれるんだこの海軍大将め。
「面白い体質ゥ〜?」
「そうそう。ちょっと、この手触りながら能力使ってみなって」
俺の意思なんて最初から無いものらしく、青雉の手が俺の腕を掴んでひょいと持ち上げた。
それに促されて、黄猿が俺の腕を捕まえ、空いた手の指先で青雉を指差して、それからおや、とばかりに眉を動かす。
「撃てないねェ〜……」
「だろ? ……ていうか、指、こっち向けないでくれる?」
指銃撃ちそうでいやだ、と唸った青雉の手がぐいっと黄猿の腕を横へ押しやった。
軽く肩を竦めてから、黄猿がしげしげと俺を見下ろす。
「能力者かい〜?」
「いんやァ、『体質』なんだと」
「オォ〜……そいつは怖いねェ〜」
面倒くさそうな青雉の言葉に、黄猿はどうしてかとても面白そうな顔をした。
その手がひょいと自分の腰の辺りに手を伸ばして、そこからつかみ出したものをじゃらりと揺らす。
「え……」
手錠って。
しかもどう見ても鉄製じゃない。
あれはもしかしてアレか、海楼石の手錠ってやつか。何で黄猿が持っていられるんだ。
驚いて体を後ろに引いたのに、壁のごとく聳え立っている青雉に阻まれて逃走もままならない。
「じゃあ試してみようかァ〜?」
ずいっと伸ばされた手が、俺のほうへ手錠を近づける。
このままじゃ手錠をかけられる。
そう気付いて、俺は両手を自分の後ろに回した。
海軍本部で大将に手錠を掛けられるって、俺はそんな大きな犯罪を犯したつもりはないんだけども!
「や、やめてください……!」
「まーまー、いいじゃないの。能力者じゃないんだから、あんなのただの手錠と同じだよ?」
言いながら、後ろから伸びてきた手が俺の肩を掴む。痛い。どんだけ力をこめてるんだ青雉。
更にぐいと前へ押しやられて、転びそうになるのを必死にこらえる。
「手錠をかけられるようなことをした覚えが無いんですけど!」
密航はしたけどそれが知られてるとは思えなかったので、とりあえず俺はそう主張した。
俺の言葉に、かけやしないよォ、と黄猿が何だかものすごく怖い笑顔で言う。
「持ってみるだけでいいんだよォ〜……一般人なら、なんともないからねェ」
やっぱり海楼石らしい。
ああもう、あんな嘘吐かなければ良かった。
自分の発言に後悔しながら、とりあえず俺は必死になって声を上げて頭を下げた。
「ごめんなさい嘘吐きました俺はヤミヤミの実の能力者です!」
「あーらら、言っちゃった」
だからやめてくださいと必死になって声を上げた俺の後ろで、どうでもよさそうに青雉が言葉を落とす。
なんだ言っちゃったって。ばれてたのか。だから俺をここに連れてきたのかもしかして。
「吐かせたいんなら、さっさと海にでも突き落としちまえば良かったんだよォ〜」
「おれも泳げないんだから、落としたら助けらんねェだろうが。ほら、それ仕舞えって」
黄猿と青雉がそんな会話を交わしている中で、そっと顔を上げる。
俺の動きに気付いたように青雉がぐいと俺の体を引っ張って、俺はあの怖いサングラスの大将に背中を向けることになった。いやだ待ってくれ怖い。後ろからピカーッとやられそうだ。
後ろを見やろうとしたのに、それを肩から離れた青雉の手が、頭を掴む事で阻む。
それで慌てて視線を向けると、でかい体をかがめた青雉が俺のことを見下ろしていた。
「もう嘘吐くなよ? 何で能力者だってことをごまかそうとした?」
問われて、ええと、と俺は言葉を濁す。
けれども青雉の指に力がこもってとてつもなく頭が痛くなったので、慌てて口を動かした。
「あ……ク、クザンさんが、怖かったから、です……!」
正直な理由だ。
だって、この人俺の目の前でコーヒーカップを氷漬けにしたんだ。
更には人の体に触りながら『能力が使えないんだ』とか言い出して、俺がヤミヤミの実の能力者でなかったら俺のこと氷漬けにしてたってことじゃないか。
本当にもうやめて欲しい。怖すぎる。
俺の言葉に、そんな理由だとは思わなかったのか、少しだけ青雉は呆れた顔をした。
「ご飯も奢ってやったってのに、そこまで怖がる? 普通」
「いいですって言ったのに人の腕掴んで喫茶店に連れ込んだ挙句ずーっと人のこと見てる海軍の偉い人が怖くないわけないじゃないですか! 普通!」
俺の恐怖をまったくわかってなかったらしい青雉へ、俺は必死に抗議した。
そんなことしたのかい、と後ろで呆れた声を出されて、仕方なさそうに青雉の手が俺から離れる。
それからすぐに正面に回ったその手が、ぴん、と俺の額をはじいた。
脳みそがぐらりと揺れたような気がして、頭蓋骨を振動させながら広がった痛みに額を押さえる。
「面と向かってんなこと言うかねぇ? ……って、おい、どうしたの」
「い……いたい……っ」
痛い。痛すぎる。
デコピンがこんなに痛いなんて、何だこの男超人か何かか。
あまりの痛さに涙目になって、俺はその場に屈み込んだ。
額が割れたんじゃないかと思ったけど、額に触れてみた掌には血なんてついてない。良かった。
何でこんなに痛いんだろうか。
少し考えて、自分が悪魔の実を食べた事を思い出す。
なるほど、ヤミヤミの実だ。
こんなに痛いのに、ティーチはよくルフィやエースと戦ったもんだ。そこだけは尊敬してもいいんじゃないだろうか。
「……打たれ弱いんだねェ〜」
真上から呆れたような声が落ちたのは、たぶん黄猿が後ろから俺を覗き込むように見下ろしているからだろう。
一生懸命額を押さえて、俺はちらりと上を見やった。
黄猿が呆れた顔をしているその向こう側に、面倒くさそうな青雉の顔もある。
ちょっと馬鹿にしたように見えるんだけど、俺を攻撃したのは確かにあの青いほうだ。
そう思うと何だかむかついて、俺は思わず口を動かした。
「だから、俺は、ヤミヤミの実の能力者なんですってば! 自然系だけど、貴方達と違って物理攻撃が効きやすいんですから、デコピンだってものすごく痛いに決まってるじゃないですか!」
きっぱりと言い放った俺の言葉に、黄猿と青雉が少しばかり目を瞠った。
それと同時に黄猿の手が俺へと伸びて、屈んでいた体を無理やり立ち上がらせる。
「『貴方達』ねぇ」
「わっしのことも知ってるとは、嬉しいねェ〜」
にたりと笑いながら寄越された言葉に、口は災いの元だってことわざを俺は思い出した。
思い出したが、それこそ後の祭りだった。
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