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甲板にやってきた白ひげの一声で、俺はマルコに殴り飛ばされることもなく倉庫へと閉じ込められた。
そこは俺が掃除をしたいくつかの倉庫のうちの一つで、隅々まで掃除をした俺はそこに小さな隠し扉があって外へ通じていることを知っていたから、そこから倉庫を出て船から逃げ出すことができた。
あんなにもスムーズに逃げることができたのは、もしかしたら、白ひげが俺を追い出すために放置してくれていたのかも知れない。
とにかく、小船を一隻いただいて逃げて、案外近かった島へと必死に辿り着いて、そこから出る船に密航して。
原作には出てこなかったんだろう、名前も知らないそこそこ平和な雰囲気の春島に辿り着いたのは、つい二週間くらい前のことで。
運よく住み込みで働ける場所を手に入れたから、これからはひっそりと、特にティーチ達に見つからないようにこっそり生きていこうと、そう思ってたのに。
「あららら……大丈夫?」
街角で青シャツに白ベストな人に激突したのは、一体どういうことだろうか。
※
俺が遭遇したでかいその人は、なぜか俺を捕まえて近くの飲食店へと連れ込んだ。
「好きなもん頼みなよ。いつもなら女の子にしか奢んないんだけどねェ」
「ああ……はぁ……」
めんどくさそうな顔でメニューを渡されて、困惑しながらそれを受け取る。
開いた中身は英語だった。ちょっとしか読めないんだけど、写真がついてるから大丈夫そうだ。
海軍大将の給与がどのくらいのものかは分からないけど、書かれてるベリーの数字が少ない奴をやってきたウェイトレスに指差して見せてから正面を見やると、奴は別に気にした様子も無く『コーヒー』と自分の注文を口にした。
ウェイトレスが注文を復唱してから離れていき、残されたのは俺と目の前の大きいおじさんの二人だけだ。
まだ自己紹介もしてないし、されてないし、何を話すこともできなくて、とりあえず間の持たない俺はまだ残されていたメニューを開いて眺めることにした。
ああこのパフェみたいなやつ美味しそうだ。どうせなら肉も頼めばよかったかもしれない。金のほとんど無い俺には頼む事もしばらく無いだろうし。
二人きりで、静かに座り込むこと、たぶん十分。
「……あの……」
いい加減耐えられなくなった俺は、ウェイトレスがコーヒーを運んできてくれたのをきっかけにして、そっとメニューから視線を上げた。
「それで、俺に何かご用事でしたか……?」
何でこの人ずっと俺のこと見てるんだ。
穴が開くかと思った。
俺の問いかけに、ああ、そうねぇ、となんとも言えない言葉を零して、大将青雉は置いていかれたコーヒーに手を伸ばした。
それでもその目はこっちを見たままだ。何だかものすごく居心地が悪い。
俺の料理が届いていれば食べる事でごまかせたかもしれないけど、まだ届いてないから無理だ。
せめて理由を知りたいと思って視線を送ると、コーヒーカップを持ち上げた青雉は、それを一口飲んでから改めて言葉を口にした。
「そっちが何者か知りたくてね」
「俺……?」
何の話だ。
一般人です、と呟くと、またまたァ、と茶化すように青雉が言う。
口調は軽いのに、まったく目が笑ってない。
何だこの人怖い。
「おれは海軍大将のクザンだ。まぁ隠してるわけじゃないから言っておくけど、ヒエヒエの実の能力者」
言い放った青雉の手が持っているホットコーヒーが、カップごとぴしりと小さく音を立てた。
ホットコーヒーがコーヒー十割のアイスになってる。もうそれ飲めないじゃないか。
急速冷凍すぎるそれに目を丸くした俺の前で、青雉が俺へ向かって手を伸ばしてくる。
威圧的過ぎる掌に思わず身を引いたけど、背がでかいだけあって長い手は簡単に俺の肩を捕まえて、痛いくらいの力に身をすくめた。
何だ、人のことを凍らせるつもりか。
こんな街角で海軍大将に凍らされるなんて、俺は確実に悪人だと勘違いされるじゃないか。
いや密航はしたけど、あれだって俺が金を持ってないのに逃げないといけなかったからだし、船員らしき人のご飯は少しだけ貰ったけど積荷には手を出してないんだから見逃してくれたっていいと思うんだけど!
びくびくしながら見つめた先で、な? と言い放った青雉が首を傾げた。
「お前に触ってる間は、能力が使えないみたいでさ」
こいつ本気で俺のこと凍らせるつもりだったのか。
恐ろしい大将殿に肩をつかまれたまま青ざめた俺の前で、青雉が言う。
「海楼石とはまた違うみたいだし……何、コレ?」
「………………た……」
「た?」
「…………体質、です……」
それはヤミヤミの実の能力です。
とは、ちょっと言えない雰囲気だった。
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