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君と誕生日
※まったり主



「ナマエ、誕生日おめでとう」

 朝目覚めて、目を合わせてすぐに寄越された言葉に、ありがとう、と寝起きの掠れた声で答えた。
 ゆっくりと起き上がって、ベッドに腰かける。

「今年もおれが一番だよい」

 俺の向かいで何やら手を動かしているマルコは、何とも誇らしそうだ。
 確かに去年も一昨年も、俺の誕生日である〇月※日には今と同じやり取りをした覚えがある。
 何せ俺とマルコは同室なのだから、朝起きたときに顔を合わせるのはマルコが一番初めに決まっている。

「ほら、ナマエ」

 そんなことを考えながら視線を向けると、手を動かすのを止めたマルコが、持っていたものをこちらへと差し出した。
 どうやら丁寧にリボンを結んでいたらしい包みを受け取って、膝の上にそれを置く。少し重たい。
 包み自体はあまり大きくなくて、酒瓶の類ではなさそうだった。この前の島でこっそりと装飾品を買っていたようだったから、それかもしれない。
 包みを開けることなく予想して、視線をマルコへと戻す。

「ありがとう、マルコ」

 先ほどと同じ言葉を紡ぐと、誕生日プレゼントの贈り主は自分の方が嬉しそうな顔をした。







 白ひげ海賊団は、とても人数が多い。
 だからこそ、全員の誕生日を祝っていたらきりがなく、祝いの宴は大体ひと月に一回程度と取り決められていた。
 〇月の宴は、ちょうど島へ到着するからという理由で明日の予定だと聞かされているが、それとは別に家族達が俺に『おめでとう』をくれる。

「よォ、ナマエ、誕生日おめでとう!」

 明日は期待してろよ、と腕を叩いて見せたサッチに礼を言いながら、俺は首を傾げた。
 去年は会うたび家族に祝福されて、数回に一回はプレゼントまで渡されていたが、今年は言葉のみの家族ばかりだ。
 もちろん祝われるのはとても嬉しいし、贈り物が欲しいのになんてことは無いが、サッチには先週、面と向かって『プレゼントを買った』と宣言されたのである。確か航海術の易しい入門書だと言っていて、マルコが持っているものと合わせて読もうと決めていた。
 忘れているならそれはそれで構わないのに、たぶん少し残念そうな顔をしてしまったのか、ああ、と俺の視線に気付いたらしいサッチが言葉を紡ぐ。

「お前に渡すもんはもう部屋に置いてきたから、後で見てみろよ」

「ん?」

「こわーいマルコ様からのお達しでな」

 放たれた言葉にどういう意味だと目を瞬かせると、去年大変だったろ、とサッチが笑って口を動かした。
 言われて、去年の〇月※日を思い出す。
 去年も確か今年のように、一番初めに俺の誕生日を祝ってくれたのはマルコだった。
 渡された贈り物はマルコが履いているのとは意匠の違ったサンダルで、数日経った頃にいつの間にかマルコの足元にも色違いがあったから、気付けばお揃いになっていた。
 そして去年は、先ほど考えたように祝ってくれる家族から時折贈り物を受け取って、両手に抱えて歩くことになったのだ。
 これはまずいから部屋に戻ろうと考えて、歩き出したところでそういえば人にぶつかって荷物を下敷きにしかけた。
 しかし、倒れる時にきちんと身を捩ったから、贈られたものを破壊することはなかったはずだ。
 どちらかと言えばそのあとで飛んできたマルコに打った背中や腰を心配された時の方が大変だったな、とまで思い出して、なるほどと呟いた。

「俺が転んだからか」

「正解だ。鋭いじゃねェか、ナマエのわりに」

 一言余計なことを言い放ったサッチが、ぽん、と俺の背中を叩く。
 前までは俺に飛びついて俺を甲板に倒すことだってしていたくせに、マルコは時々妙に過保護だ。

「ついでに言うと先月くらいから時々お前の誕生日の宣伝してたからな。多分、去年よりも多いと思うぜ」

「それは……恥ずかしいな」

 やれやれと首を横に振りながらのサッチの発言に、ありありとその様子が想像できて、なんだかくすぐったくなった。
 俺の親父もお袋も、もうこの世にはいない。
 何より俺は『向こう』から『こちら』へ来ていて、関わってきたすべてから離れてしまった。
 『家族』達やマルコが祝ってくれなかったら、自分の誕生日だって忘れていたかもしれない。
 祝ってくれる人がいるというのは幸せなことだと、しみじみ噛みしめた俺の傍らで、サッチがけらけらと笑う。

「毎年こうなるんだろうから、いちいち恥ずかしがっててもきりがねェだろうよ」

 笑いながらの言葉に、そうだと嬉しいな、と隣で頷いた。







 サッチの宣言通り、俺とマルコの部屋は贈り物で溢れていた。
 同室なのだからマルコに迷惑をかけてはいけないとせっせと整理をしてみたものの、確かに去年より多い。
 それぞれにちゃんとバースデーカードが入っていたことだけがありがたい、と考えながら誰から貰ったかを再確認していると、正面から伸びてきた手が俺の手元のカードの束を奪い取った。

「あ」

「もう寝る時間だよい。明日も早ェんだろい」

 慌てて視線を向ければ、こちらを見下ろしたマルコが眉を寄せている。
 つまらなそうな顔をしている相手に、分かったから返してくれと片手を差し出すと、マルコはしぶしぶと言った様子で俺の手の上にカード束を戻した。
 しかし、その手がまだ束の端を掴んでいるので、引き寄せて広げることは出来そうにない。

「わかった。残りは明日確かめる」

 仕方ないなと息を吐くと、そうしろよい、と答えたマルコがそこでようやくバースデーカードの群れから手を離した。
 その目がちらりと机の上の時計を見やって、それから視線がこちらへ戻される。
 じっと注がれるそれを感じながら、ベッドわきの小さなテーブルの上にカードの束を置いて、俺はマルコへ視線を戻した。

「マルコ?」

 どうした、と尋ねる俺を見下ろして、やがてにやりと笑ったマルコが、その唇を動かす。

「誕生日おめでとう、ナマエ」

 今朝も聞いた言葉に目を瞬かせた俺の耳に、かちり、と小さな音がした。
 それに気付いて視線を向ければ、時計の針がちょうど日付を変えたことを示している。
 どうやら、俺の誕生日は終わってしまったらしい。

「最後もおれだよい」

 何やら満足そうな言葉を放ち、マルコは俺の傍から自分のベッドの方へと移動した。

「……それ、何か嬉しいのか?」

「自己満足だ、気にしないでくれよい」

 思わず尋ねた俺に対しての、マルコの返事はあっさりとしたものだ。
 お休みと言葉を寄越して、先にベッドへ入ってしまったマルコを見送り、俺も自分のベッドへと入り込んだ。
 片手を伸ばしてカンテラの明かりを落とせば、部屋の中には暗闇が訪れる。
 ベッドに横たわってマルコの方を見やっても、マルコがどちらを向いて転がっているのかもわからない。

「……嬉しいのか」

 とても小さく呟いて、そうか、と一つ頷いた。
 俺にはよくわからないが、マルコが満足したり喜んだりするのなら、マルコの誕生日には俺が同じことをやってみよう。
 眠りに身を任せて目を閉じた俺は、そんなことを心に誓ったのだった。



end

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