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突発リクエスト1
※主人公幼児化
※ちょっとサッチが可哀想でした。




 ある朝、深酒の所為でいつもより遅くに目覚めたマルコは、目の前にあった光景に驚愕した。
 だってそうだろう、何故なら目の前には現実ではありえないはずの光景があるのだ。

「おはようマルコ、ふつかよいはだいじょうぶか?」

 尋ねながら首を傾げた黒い髪の彼は、真新しい青い服を着ていつものように穏やかな顔をして、自分が脱いだのだろう服を片付けている。
 その端が少し床を擦っているのは、彼に対して手に持っている服が大きいからだ。
 すなわち、マルコの目の前には小さな子供がいた。
 海賊船であるモビーディック号には似つかわしくない、小さな手足に滑らかな肌の、上等な生まれに見える子供だ。
 そして、その顔つきからして、それが誰かをマルコは知っていた。

「…………ナマエ?」

 そっと呼びかけたマルコへ、年齢を遡った姿のナマエが少しばかり困ったような顔をして頷いた。







「さァ、吐けよい」

「いだ! いだだだだ! だから、おれァ知らねェって!」

 ぎりぎりと頭を捕まれて、自慢のリーゼントを乱されたサッチが悲鳴を上げた。
 マルコの兄弟分は必死に誤解だと訴えているが、しかしながら前科者の発言などマルコが信用できるはずもない。知らなかったとは言え、かつてマルコを四歳児にまで巻き戻したおかしな酒をナマエへ渡したのは、この男なのだ。
 さらに追求しようと手へ力をこめかけたところで、パタンと扉が開かれた。

「サッチはあさからげんきだな」

 むこうまできこえていたぞと続けながら部屋へ入ってきたのは、小さな体になってしまったナマエだった。
 ぱっとサッチから手を離したマルコが、すぐさまナマエのほうへと近寄る。急に解放されてサッチが転んだ音がしたが、マルコは振り返りもしなかった。

「ナマエ、船医は何て言ってたんだよい?」

「うん、げんいんはわからないらしい」

 小さな体で少しばかり舌ったらずに言葉を紡ぎながら、ナマエがマルコを見上げる。
 そのまま後ろに倒れてしまいそうなほど首をあお向けたナマエに気付いて、マルコはその場に屈みこんだ。
 それに合わせてナマエの首が元の位置に戻って、低くなったマルコの顔を正面から見つめる。

「でも、どこにもおかしなところはないから、しばらくようすをみてみろってさ」

 ナマエは何てことの無いように言うが、おかしなところが無いわけがないだろう、とマルコは思った。
 本来なら成人男性であるはずのナマエの姿が、どう見ても三つ四つの子供になってしまっているのだ。これ以上におかしなことがあるだろうか。
 眉間に皺を寄せたマルコを見て、ナマエの小さな手がぽんとマルコの頭に触れる。

「そんなかおするなよマルコ。もしかしたらおまえのときみたいに、いちにちでなおるかもしれないだろう?」

 一番不安な当事者のはずだというのに、ナマエはそんな風に言ってマルコの頭をよしよしと撫でた。
 一見すればただの子供だが、その中身は確かにナマエなのだと、そんな風に触られながらマルコは実感する。
 あまり笑ったりはしないが、ナマエは優しいのだ。
 何せ、見ず知らずの子供だったマルコを保護してくれたような人間だ。
 みっともなく縋ったマルコについてきてもくれたし、今だってマルコを慰めようとしてくれている。
 それに応えようと、マルコはこくりと頷いた。

「分かったよい。じゃあ、少しだけ様子見だねい」

「ああ。おれのしごと、このからだでもできるものにしてもらっていいか?」

「何言ってんだよい、ナマエは元に戻るまで休みに決まってんだろい」

「そんなわけにはいかないだろう」

 どうやら働くつもりらしいナマエへマルコが呆れた声を出すと、ナマエが少々不満そうな顔をした。
 説得しようと口を開きかけたマルコの上から、ぽんと言葉が降ってくる。

「そりゃそうだろナマエ、マルコが小さかった時だってマルコは休んでたんだから、お前だって休めよ」

 言われた言葉にマルコとナマエが揃って顔を向ければ、先ほど転んだサッチが立ち上がって、マルコとナマエの二人を見下ろしていた。

「でも、あれはマルコがなかみもちいさかったからだろう?」

「はたから見たら白ひげ海賊団が幼児を働かせてることになんだろ。明日まで元に戻らなかったとして、明日には島に着くってのに、世間体が悪いったらねェよ」

 なァマルコ、と言葉を寄越してウィンクすらしたサッチに、マルコはサッチがナマエを丸め込もうとしていることに気が付いた。
 なのでその視線をナマエへ向けて、そうだよい、と言葉を放つ。

「最近、ナマエはよく働いてたからねい。今日は一日休みにしとけよい。明日島に着いたら、一番隊は初日と二日目が自由行動だしねい」

 マルコの言葉に、ううん、とナマエが唸った。
 そうしろよ、とダメ押しのように言い放ったサッチが、マルコとナマエの横を抜けて廊下へ出て行く。
 マルコからの追求を逃れるべく逃亡した相手に、今は貸しておいてやろう、と判断したマルコがちらりとそちらを見送った。
 サッチが部屋を出て行ってから、そうか、とようやくナマエが頷く。

「……かいぞくにせけんていがあるのかはわからないけど、わざわざひょうばんをおとすのはわるいしな」

「そうだよい。それじゃあ、とりあえずオヤジや他の奴らにも説明しとくかい」

「ああ、そうしたほうがいいとおもう」

 マルコの提案に応じたナマエへ、よし、と彼と同じく頷いたマルコは膝を伸ばして立ち上がった。
 そのまま先ほどサッチが歩いたのと同じ方向へ歩き出したマルコに、ナマエが続く。
 短い足を動かしてぱたぱたと歩いたナマエは、マルコが扉に手を触れたところで体を傾がせた。

「あ」

「ナマエ!」

 注意を払った先での出来事に、マルコが慌てて身を屈めて倒れかけた体へ手を伸ばす。
 小さな体はマルコの腕一本で簡単に支えることが出来て、驚いた顔をしたナマエは、自分が倒れこむところだった床を見下ろしてからぱちぱちと瞬きをした。

「気をつけろよい……」

「わるい、マルコ。あしがもつれたみたいだ」

 さっきもころんだからきをつけたんだけどな、と言いつつマルコの腕によってもう一度床に立ったナマエの発言に、マルコは眉を寄せる。
 さっきも、というのは、医務室からすぐ隣のこの部屋へ来るまでの間のことだろうか。
 今のナマエの体は小さいから派手な音もしなかったし、何よりマルコはサッチに気を払っていたからまるで気付かなかった。
 ナマエが痛い思いをしたのかと思うと、マルコの胸に苛立ちが過ぎる。

「マルコ?」

 そんなマルコを見上げて首を傾げたナマエに、マルコの両手が伸びた。
 ひょいと体を抱え上げられて、ナマエが目を丸く見開く。
 軽すぎる小さな体を抱えなおして、いくよい、と告げたマルコはナマエを抱いたままで扉を押し開けて、廊下へと出た。
 戸惑うようにマルコの顔を見やって、ナマエが言う。

「マルコ、おれ、あるけるから、」

「また転ぶだろい。それに、おれが運んだほうが早いよい」

 おろしてくれと言われる前にマルコが言うと、それはそうだけど、とナマエが眉を寄せた。
 事実、ナマエが歩くのに合わせた時よりも、今の歩きのほうが速いだろう。
 最初はオヤジに会わせたほうが不都合は無いだろうかと船長室へ向けて足を動かし始めたマルコに、ナマエが仕方無さそうにため息を零した。

「……それじゃあ、もくてきちまであんぜんうんこうでたのむ」

「当然だろい。間違っても落としたりしねェよい」

 きっぱりとしたマルコの言葉に、ナマエが少しばかりくすぐったそうな顔をする。
 表情の変化に気付いてマルコがその顔を見やるより早く、ナマエの腕がマルコの首に回って、ナマエの頭がマルコの肩口に乗せられた。
 マルコの後ろを見る形になったナマエの体勢では、マルコからはその顔が見られない。
 とりあえず両腕でナマエの体を抱き上げながら、そういえば、とマルコは呟いた。

「……ナマエも、よくおれをこうしてたねい」

 小さな頃に過ごしたナマエとの一週間は、マルコにとっては大切な思い出だ。
 見知らぬ場所でマルコを保護して守ってくれて、ひたすら優しくしてくれたナマエは、そういえばよくマルコのことを抱き上げてくれていた。
 大きな手に支えられることに安心感を持っていたし、無防備に抱き上げてくれるのがどうしようもなく嬉しかったことを、マルコは覚えている。
 今のナマエは、見た目はともかく子供ではないからあんな風に感じたりはしてくれないだろうか、とまでマルコが考えたところで、よくおぼえてるな、とナマエがマルコの肩口で呟く。

「あのときのおまえも、こんなきぶんだったんだな」

 どこか楽しそうに紡がれたその言葉に、ぎしりとマルコが少しばかり体を軋ませたことに、幸いにもナマエは気付かなかったようだった。







 結局ナマエが元に戻ったのは三日も後のことで、その間ひたすらナマエを抱き上げていたマルコの腕は、それからしばらく寂しいままだった。




end

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