君と彼らの誕生日
※マルコ誕生日2015の微妙に続き
※シャン誕とミホ誕
俺がその酒瓶を手に取ったことに、大した意味はない。
偉大なる航路でたまたま立ち寄った島の、いくつも並ぶ酒屋の内の一つに入ったのは連れについて行ったからであって目的なんてなかったし、見たことのある銘柄が目を惹いただけだった。
「それ買うのかよい、ナマエ?」
近寄ってきたマルコがそんな風に言いながら、軽く首を傾げる。
大きいものしかないと思っていたが、小さいものもあったのか。
そんな風に少し考えてから頷いて、俺はその一角に置かれていた三本を丸ごと手に取った。
カウンターへと連れて行くと、店主が何やら一人満足そうな顔で目くばせをしてきて、軽く会釈をしてそれに応える。
三本ともなるとなかなかの金額で、一気に財布が軽くなった。
丁寧に布で束ねて貰って、両手でしっかりと抱えるようにして酒瓶を引き取ってから振り向くと、マルコが少しばかり不思議そうな顔をしている。
「そんなにうめェ酒なのかよい?」
買い占めるなんて珍しい、と不思議そうに言われて、さあ、と俺は一つ首を傾げた。
「飲んだことは無いんだ」
「ん?」
「ただ、前に『オヤジ』が欲しがっていたらしいから」
俺が今買い占めたのは、いつだったか赤髪の海賊が『賭け』に負けて探していた古酒だった。
あの時は大瓶だった。その大きさのものしかないのだとなんとなく思っていたのだが、どうやら小さいものも販売していたらしい。
「オヤジが?」
俺の言葉に更に不思議そうな顔をしたマルコを伴って、一緒に店を出た。
興味津々の様子で俺が抱える束を覗こうとするマルコに、船に戻ったら一緒に飲んでみよう、と提案する。
「一本は分けて、残りは土産にしよう。向こうにはかなり小さいかもしれないけど」
「ああ、いいねい。きっとオヤジも喜ぶよい」
飲みたがってた酒だってんなら相当に、と言葉を紡ぐマルコの方が、なんだかうれしそうだ。
その様子に俺も目を細めて、それじゃあ他の買い出しを早く終わらせようか、と言葉を紡ごうとしたちょうどその時、ふと視界に赤が過った。
それにつられて視線を向ければ、俺の様子に気付いたマルコが『ナマエ?』と不思議そうに俺の名前を呼ぶ。
「いや、あそこに」
「あそこ? …………!」
俺の言葉に俺が見ているのと同じほうへその顔を向けたマルコが、ぎゅっと眉を寄せたのが分かった。
その手が素早く俺の背中に触れて左側だけを押し、くるりとターンを決めさせる。
「早く行くよい」
「あ、ああ」
往来で人の背中を押しながら先ほどと反対の方向へ歩く事を促すマルコに、ひとまず頷いた。
相変わらずだな、なんて思って唇を緩ませた俺の顔を見て、マルコの方は何とも不満げだ。
「何笑ってんだよい」
「いや、なんでもない」
唸られてそう返すも、マルコはまだ不満そうな顔をしている。
更に何かを言いつのろうとしたその口が、しかし何かを言う前に、ぽん、と俺の肩が叩かれる。
「よう、ナマエ、マルコ」
声を掛けられて、どうやら追いつかれたらしい、と把握した俺はちらりと後ろを見やった。
つれねェじゃねェか、なんて言ってからからと笑っている辺り、俺とマルコが後ろを向いた時から気付いていたのかもしれない。
「久しぶりですね、シャンクスさん」
振り向いて挨拶をすると、おう、と答えた赤髪の海賊が、傷の刻まれた目元を笑みの形にする。
相変わらずの陽気な相手を前に、元気そうだなァとその様子を眺めていると、俺と相手の間に人が割り込んだ。
当然ながらそれは、俺のすぐ傍にいたマルコだ。
「近くにレッド・フォース号を見た覚えはねェんだがねい」
「お、そういやモビーディックも見てねェな。どのあたりに停めてんだ?」
「誰が言うかよい」
俺を背中に庇うようにしながらマルコが放つ言葉は、相変わらず頑なだ。
どうも俺が思うより、マルコはシャンクスのことが苦手なのかもしれない。
時たま今日のように顔を合わせることがあるのだが、いつもこの調子だ。
俺がいないところではもう少し落ち着きがあるとはサッチの談だが、見たことがないので信じていいのかは分からない。
けれども、マルコの様子を気にした風でもなく、相変わらずシャンクスは楽しそうな顔をしている。
「そう冷たいこと言うなよ。ああそうだ、どうだマルコ、おれの仲間に」
「ならねェよい」
誘い文句を途中で切られて、ひでェなァ、とシャンクスが言葉を零した。
しかしやっぱり笑顔なので、断られることだって想定の内のようだ。
「まァまァ、今日なら酒も飲み放題だぞ? なんてったって酒場を貸し切りの予定だからな!」
「バカ騒ぎするんなら自分とこの船でやれよい」
「船の酒は昨日で全部なくなっちまったんだよ。鷹の目もいるぜ」
「…………王下七武海までいんのかよい」
何してんだ、とマルコが呆れた声を零すのを聞きながら、おや、と俺は少しばかり目を瞬かせた。
『赤髪のシャンクス』に、『鷹の目のミホーク』。
この二人の仲が良いらしいことは何となく知っているが、何故だかこの組み合わせに引っ掛かりを覚える。
何だったか、と少しばかり記憶の中を探ったところで、身じろいだ拍子に傾いた酒瓶の内側でちゃぷりと酒が揺れた。
『そういやナマエ、おれは三月だ』
『え?』
『あとミホークの奴も』
その拍子に、ふと耳にわずかな会話が蘇る。
そういえば、秋島の春なんていう少し肌寒い季節だが、今日は三月だ。
「もしかして誕生祝いですか」
「お! よく覚えてたなァ、ナマエ」
思わず呟いた俺を前に、マルコの前からひょこりと頭を覗かせたシャンクスがそう言って頷いた。
なんでナマエがお前の誕生日なんて知ってるんだよい、とますますマルコは不機嫌そうだが、俺も正確な日付は曖昧だ。マルコと同じく、『赤髪』の誕生日は確か語呂合わせだったから、九日かそのあたりじゃないだろうか。
まさしく今日だ。
そして、どうも『赤髪のシャンクス』は、とんでもなくタイミングのいい海賊らしい。
「それじゃあ、これをどうぞ」
言葉と共に手元の布を少しだけ緩めて、三本のうちの一本をマルコの横から相手へと差し出した。
マルコが反射的に俺の手を掴むのとほとんど同時に、俺の掌から酒瓶が攫われていく。
「お? 何だ、懐かしい酒だなァ」
眉を動かしてしげしげと酒瓶を眺めたシャンクスが、いいのか、と俺の方を見て首を傾げる。
「あと二本あるので」
マルコに腕を掴まれたままで応えると、三本もあったのか、と言葉を繰り返したシャンクスがその口からため息を零した。
「あんだけ探しても見つからなかったってのに」
「欲しいものは欲しい時にはなかなか見つからないものですよ」
「まったくだ。あん時ァ付き合わせて悪かったなァ、ナマエ」
やれやれと首を横に振りながらの相手の言葉に、俺は一軒しか付き合ってないじゃないですか、と返事をした。
俺達の会話にぴくりと反応して、マルコがちらりと肩越しにこちらを見やる。
「あん時ってのはどういうことだよい」
「あ、それは」
「そりゃあお前、おれとナマエのヒミツだろ」
怪訝そうな声音に返事をしようとした俺の声に、シャンクスの言葉が重なった。
なーんちゃって、と言葉を続けてシャンクスはけらけらと笑っているが、俺の方から顔をそむけたマルコが明らかに苛立っているので、俺の口からもため息が漏れる。
「あんまりマルコを揶揄わないでください」
言いながら、マルコに掴まれていないほうの手をマルコに添えて、俺は自分とシャンクスの間に挟まっているマルコの体を少しばかり自分の方へと引き寄せた。
ついでに体の向きを変えさせて、俺達の間から移動させる。
「それじゃあ、俺達は買い出しがあるので、この辺で。誕生日おめでとうございます」
「おう、鷹の目の奴にも伝えておいてやる」
「よろしくお願いします」
何なら夜にでも顔を出しに来いよ、なんて誘い文句にもならないような言葉の後ろにどこかの酒場の名前を出した『赤髪』に、俺は曖昧に会釈した。
「またなーマルコ、ナマエ」
「……『また』は無ェよい」
別れの挨拶にすげなく言い放ち、ふん、とわざとらしくそっぽを向いたマルコの背中を押して、俺も一緒に歩き出す。
ちらりと見やった先で俺が渡した酒瓶と一緒に手を振ったシャンクスが、どこかで離れてみていたらしいベン・ベックマンが近寄ってきたのに合わせてその視線をこちらから外した。
相変わらずの相手に俺もそちらから視線を外して、少しだけ足を速める。
まだマルコは俺の腕を掴んでいて隣に並ぶことが出来ず、マルコ、と声を掛けて腕を引くと、ようやく掴まれていた腕が手放された。
けれども、逃れられて隣に並んですぐに、今度は逆の腕が掴まれる。
「……マルコ?」
隣り合った状態で腕を掴まれてしまった俺が、酒瓶を持ち直しながらちらりと傍らを見やると、眉間に皺を寄せたマルコが何かを待つようにこっちを見ていた。
どうしたのかとしばらくそれを見ていると、やや置いてため息を零したマルコの視線が、俺から前へと向き直る。
「赤髪の奴と『秘密』なんて、おれァ認めねェよい、ナマエ」
「え? いや、あれは」
「絶対に認めねえ」
いつになく強い調子で言い放たれて、ぱちりと目を瞬かせた。
「別にそんな、秘密にするようなことじゃない。ただ単に、探し物をしていたところに出会って、探し物の手伝いをしたのが初対面だっただけだ」
「探し物?」
「そう、これと同じ銘柄の酒を」
すごく珍しいものだったらしくて、と言葉を重ねて、片腕に抱いたままの酒瓶達を少しだけ揺らす。
「賭けに負けたからだと言っていた。勝ったのは『オヤジ』だったんだろう?」
覚えがないかと言葉を重ねてみると、少しだけ何かを思い出すようにその目をさ迷わせたマルコが、はた、と何かに思い至ったように少しだけ眉を動かした。
そして、どうしてか更にみるみると顔をしかめていく。
「……じゃあ、それをさっき買い占めたのは、赤髪が探してたのを思い出したからかよい」
それはそれで気に入らない、と唸ったマルコは、まるで理不尽な駄々をこねる子供のようだ。
むっと口を曲げてしまった相手に、俺は少しだけ口元を緩めた。
俺の様子をちらりと見て、何笑ってんだよい、とマルコが言葉を漏らす。つい先ほども聞いた台詞だ。
「いや、まるで妬かれているみたいだと思って」
子供じみた独占欲の現れかもしれないが、それはそれで好かれている証のようで、なんとなくくすぐったい。
何年か前のように走ってきて飛びつくことは無くなってしまったが、今でも俺はマルコに慕われているらしい。小さな頃のマルコが目に浮かぶようだった。
俺の発言に、ぱち、とマルコが目を瞬かせる。
そうしてそれからその顔がすぐに逸らされて、先ほどより更に不機嫌そうな声が漏れた。
「………………やいてねェよい」
そんな風に言いながら、それでも俺の腕は手放されないままだ。
照れ隠しのようなそれに思わず笑いそうになって、慌てて俺も顔を逸らした。
とりあえずそのまま買い出しをして、俺達は二人でそろってモビーディック号へと戻った。
土産の酒は白ひげと俺達で一瓶ずつ分かち合ったが、俺達の分はマルコがほとんど飲んでしまった。
よほど口に合ったのかもしれない。
end
← : →
戻る