- ナノ -
TOP小説メモレス

誕生日企画2015
 今日は、マルコの誕生日だった。
 だからこそモビーディック号は一日騒がしく、飲めや歌えの宴会だったのだ。
 まだ何年も経験しているわけじゃないから分からないけど、去年もこうだったし、多分毎年こういうものなんだろう。
 あちこちからプレゼントをもらうマルコは当然のような顔をしていたけど嬉しそうだったし、いい誕生日だったんじゃないかと思う。
 だけども俺が困惑しているのは、酔っぱらっていたマルコが床に転がっているのを放っておいて甲板の片づけをしていた筈が、どうしてか背中に突如襲い掛かってきた重みによって、べちゃりと甲板へ倒れ伏す羽目になってしまったからだった。
 顎と腹をぶつけて、とてつもなく痛い。
 背中に重たいものが乗っていなかったなら、今すぐごろごろと転げ回ってそこらじゅうにある酒瓶や空皿を蹴飛ばして悶えたいくらいだ。
 他の人に言ったなら大げさに思えるかもしれないが、ヤミヤミの実を口にしてからというもの、俺の体は極端に痛みに弱くなってしまっているのである。

「……ッ 何するんですか、マルコ隊長!」

 涙目でどうにか痛みを耐えしのぎ、それからようやく口を利けるまでに復活した後で、俺は転がったままで背中にのしかかってきている相手へそう抗議した。
 俺の真後ろにいる相手が、くくく、とわずかにのどもとで笑い声を零す。

「よく分かったねい」

「そりゃ分かりますよ」

 楽しそうな声が聞こえているが、いつもの服を着込んでいるのだから、前に腕を回されれば誰なのかなんてわかりきった話だ。
 つい先ほどまでマルコは床に転がってべろべろになっていた筈だが、どうやら自力で動くことが出来たらしい。
 全くもうと声を漏らして、それからのそりと体を起こす。
 しかし、俺が膝立ちになっても退こうとしないマルコによって、立ち上がることを阻止された。
 両膝をつき、片手で前のめりになりそうな体を支えながら、俺はちらりと自分の背中側へ視線を向ける。

「あの、俺、片付けの途中なんですが」

「そんなの、朝にやればいいだろい」

 酔っているわりにはっきりとした様子で言い放ってくる相手に、俺は膝立ちになったままで甲板を見やった。
 もう随分な人数が船内へと引き上げていて、放置された酔っ払いたちが殆どだ。
 船長ですら船医からストップがかかっていたので、今日で相当な酒量が無くなったに違いない。
 この分では、明日動ける人間は限られているだろう。船医やナース達だって『明日は忙しいから』と言っていたのだから、間違いない。

「今日出来ることは、今日やった方がいいと思います」

 酒や食べ物を零してできた染みだって、今なら綺麗に出来るかもしれない。
 建設的な意見を述べた筈の俺の後ろで、マルコがため息を零した。
 首筋をくすぐるそれに軽く肩を竦めた俺にまた笑って、俺の前側へとぶら下がっていたマルコの腕がくるりと俺の首を絞めるようにまとわりつく。

「相変わらずの掃除馬鹿かよい」

「ですから、別に掃除が好きなんじゃありません」

「うそつけェ」

 詰るように言いながら、どうやら腕の力を緩めるつもりのないらしいマルコに、俺も口からため息を零した。
 そんな俺を気にした様子もなく、それより先にやるべきことがあるだろい、と呟いたマルコが、のそりとその頭を俺の顔の横へと寄せる。
 ごち、とその頭に軽くこめかみのあたりを攻撃されると、痛みの伝わりやすい体がぐわんと痛みを響かせた。

「頭突きは止めてください」

「いいから、さっさとしろよい」

「いいからって、何を」

「いいから」

 戸惑う俺をよそに言葉を繰り返されて、ずきずき痛むこめかみとマルコの間に手を差し入れてこれ以上の攻撃を阻止しながら、俺は少しばかり首を傾げた。
 一体、マルコは何を求めていると言うんだろうか。
 今の俺がやるべきことは、どう考えてもこの散らかりに散らかった甲板の片付けだ。
 それを阻止しているのは自分のくせに、と文句をつけてやろうとしたところで、俺の耳元でマルコが言葉を紡ぐ。

「サッチはケーキ」

「え?」

「ハルタは本、イゾウはワノ国の服に、ビスタは刀だ」

 指折り数えるように重ねられていくそれは、マルコが宴の最中、『家族』達から受け取っていたプレゼントだった。
 紡がれる全部を見ていたわけではないが、知っているものは全部重なったので間違いない。
 エースは肉、と言葉を紡いで、他の海賊団の名前も何人か上げた後で、それで、と呟いたマルコの手が俺の顔へと伸びてくる。
 頬に触れたその指が、俺が痛がらない程度に軽く頬をつまんで、むにりと引っ張った。

「お前は何だよい、ナマエ」

「…………なるほど」

 放たれた言葉に、俺はマルコが何を求めているのか理解した。
 確かに、俺はまだマルコへプレゼントを渡していない。
 下っ端として給仕するのに忙しかったし、後で渡せばいいと思ったから、部屋に置いてきたのだ。
 大体、俺から貰ったか貰ってないかなんて、わざわざ気にされるとも思わなかった。
 相変わらずの気配りに軽く息を吐いてから、改めて立ち上がるために足へ力を入れる。

「はい、マルコ隊長、立ってください」

 そう言うと、仕方なさそうにマルコが足へ力を入れて、俺は今度こそ二足歩行へと進化することが出来た。
 首を締められたりすることのないよう、マルコの腕を両手で掴まえながら、行きますよと一言置いて歩き出す。
 大人しく俺の動きについてきながら、ナマエ? とマルコが少しだけ不思議そうに俺の名前を呼んだ。

「部屋に置いてきたんで、取りに戻らないと」

「部屋って、お前のいる大部屋かよい」

「はい。その前に、とりあえずマルコ隊長をマルコ隊長の部屋まで」

 それからプレゼントをとってきて渡せばいいだろうと考えて口を動かすと、何だよい、とマルコが俺の体に体重の半分ほどを預けながら口を動かす。

「人前じゃァ見せらんねェようなプレゼントなのかよい、ナマエ」

「そうじゃないですけど」

 寄越された言葉に答えつつ、俺はちらりと甲板を見やった。
 相変わらず、あちこちに酒瓶や皿が散乱している。
 ところどころ濡れているのは、酔っ払いが酒を零したと言う証だ。
 こんなところで広げられては、俺の用意した贈り物が汚れることは間違いない。

「すぐ持っていきますから、部屋で待っていてください」

 だからこそそう言った俺に対して、分かったよい、とマルコはあっさりと頷いた。
 彼を部屋へ送った後、すぐにプレゼントを取って戻った俺の差し出したタオルケットを前に、彼が何とも言えない微妙な顔になるのは、それから十分ほど後の話のことだ。

「…………何だよいナマエ、この柄は」

「パイナップルです。この生地のタオルケット、これしかなくて」

 すごく手触りが良いんですよと言って手渡せば、その滑らかな柔らかさを確認したマルコの眉間が、わずかに皺を刻む。

「……………………まあ、手触りはいいねい」

「でしょう?」

 それでも使ってくれた辺り、まあまあ気に入ってくれたんじゃないだろうかと思う。


end

:
戻る