一番さいご
※黒髭排除シリーズ?設定
「うわ……」
甲板の状況に、俺は思わず声を漏らした。
あれほど飲んで歌って騒いでいたから当然なのだが、広いモビーディック号の甲板がめちゃくちゃなことになっている。
昨日の夜から続いた宴が、終わったのはどうやら朝日が昇りかけた頃だったらしい。
当然ながら先に撤収していた俺が、日の出前に目を覚まして出てきたらこれだ。
あちこちに横臥して寝こけているクルー達を見やり、全くもうと息を吐いてから、とりあえず手近なところの酒瓶を掴み上げた。
「もう少し考えて飲めばいいのになァ」
呟いてみるが、言っても寝こけたクルー達からの反応など当然ない。
今襲われたら大打撃なんじゃないだろうか。
そう思って見たが、ちらりと見上げた見張り台では誰かがちゃんと見張りをしているようだったから大丈夫なんだろう。
「もう朝になりますよー、寝るなら部屋で寝てた方がいいですよ」
「う……」
歩いて、倒れているクルー達へ声を掛けながら、ごろごろ転がっている酒瓶たちを甲板の端へ運んで、そこにあった空樽の中へと入れる。
ぷんぷん漂う酒の匂いに酔いそうになりながらそれを繰り返して、甲板の端から端へと移動した俺は、ふと積まれた空樽の向こう側に特徴的な髪形を発見した。
「……あれ?」
思わず声を漏らして、樽の向こうを確認する。
やはり、そこにいたのはマルコだった。
背中を下に預けて、すやすやぐうぐう眠っている。
近寄ってみるとやはり酒臭く、その手にはしっかりと酒瓶が握られていた。
どうやら、他のクルー達と同様に、甲板で寝入ってしまったらしい。
秋島が近いらしく、最近は朝晩肌寒くなるほどなのに、こんな恰好で眠って風邪は引かないだろうか。
昨日の宴の主役だった相手を見やってそんなことを思いつつ、俺は口を動かした。
「マルコ隊長?」
呼びかけながら、その体のそばに屈みこむ。
少し眉間に皺を寄せたマルコの手がこちらへ伸びてきて、なんだと思ったら腕を掴まれた。
「え? わ、うわ」
そのままぐいと引き倒されて、甲板の上に背中を打つ。
「い……ッ!」
痛い。とても痛い。
普通の人間だったら『あいたたた』で済むような痛みも、悪魔の実なんていう恐ろしいものを食べてしまった俺にとっては激痛だ。
いっそごろごろと甲板を転がって身もだえたいところだが、近くで食べ物が散乱していたのを見たので堪える。
必死になって痛みを我慢してやり過ごし、やや置いてから俺は目の前に転がる相手をぎろりと睨んだ。
けれども、眠っているマルコからは何の反応も無い。
寝ぼけて人に痛い目を見せるだなんて、まったくなんて酷い海賊だ。
「……マルコ隊長?」
呼びかけて、ぽんぽんと肩を軽く叩いてみるものの、反応は小さいいびきだけだった。
たまに昼寝を見かけても、俺が近寄ったらすぐに目を覚ますのに。
小さく息を吐きつつ、そっとその場から起き上がる。
まだ腕はしっかりと掴まれているものの、それほど強い力でも無かったので、よっと、と声を漏らしつつ自分からマルコの手を引き剥がした。
俺より大きくて皮の厚いマルコの手を見下ろしてから、それをそっと降ろす。
まだ、マルコは目を覚まさない。
昨日の夜、騒がしいところからは離れた場所で料理をつまんでいたら、近寄ってきたエースに『マルコのとこにもいけばいいじゃねェか』と言われたものの、見やって全力で拒否したくらいにはマルコは酔っぱらっていた。
絡み酒ではなかったみたいだが、とても気持ちよさそうに酔っていたし、そんな横に酒の飲めない俺が行ったって場の空気を壊すだけだろうと思った昨晩の俺の判断は、どうやら間違いなかったらしい。
機嫌よく酔っぱらったんだろう穏やかな寝顔を見下ろして、その手から空瓶をそっと奪い取りながら、どうしたものかと考えた。
他のクルー達はそれぞれ軽く起こしていくつもりだが、マルコは昨日の『前祝い』の主役だ。
入れ代わり立ち代わり酒を注がれているのを見たし、浴びるように飲んでいた。
そのせいでこんなに酔っぱらっているのだろうから、起こすのも可哀想かもしれない。
それに、きっと起きてからの方が地獄だろう。二日酔いという奴だ。
「……仕方ないな」
少しばかり考えてから呟いて、俺は今しがたマルコから奪い取った空瓶を傍らに置いた。
それから、重ねて着ていた前開きの上着を一枚脱いで、それをそのままマルコへ被せる。
やっぱり寒かったのか、目を閉じたままもぞりと身じろいで人の上着を体に巻き付けるようにしたマルコを見下ろす。
少し眉間に皺を寄せたけれども目を覚ます気配はなく、やや置いてまただらりとした穏やかな顔になった相手に、やれやれと息を吐いた。
俺に力があればマルコを担いで部屋まで運んでもいいかもしれないが、あいにくと俺には筋肉質な自分より大きい相手を連れて運べるほどの力はなかった。俺は非力な一般人なので仕方ない。
まあ、太陽が昇ったら眩しくて目を覚ますだろうし、甲板の片付けもまだまだ終わらない。しばらくはそっとしておこう。
そんな風に決めて、改めて置いた酒瓶を手に取ってから立ち上がる。
さて行くか、と人と酒瓶と料理の皿が散乱する甲板を見やって思ってから、あ、と思い出した俺は歩き出す前にもう一度マルコを見下ろした。
まだ眠っているマルコを見やって、言葉を紡ぐ。
「誕生日おめでとうございます、マルコ隊長」
俺の口から出たのは、宴の最中たくさんのクルー達にマルコが言われていたのと同じ台詞だった。
白ひげも言っていたから、もしかすると俺がこの船では一番最後かもしれない。
昨日『前祝い』をされたマルコは、今日がその誕生日だ。
いくつになるのかは知らないが、俺は当然その日付をこの白ひげ海賊団に入る前から知っていたので、ちゃんと誕生日プレゼントも用意した。
宴の最中であちこちから貰っているマルコを見て渡そうかどうか迷ったけれども、結局渡せなかったあれは今俺の荷物が置いてあるスペースにひっそり隠れている。
マルコが起きたら渡そう、なんて考えつつ、改めてその場から歩き出す。
もしかして、プレゼントを渡すのも俺が最後になるんだろうか。まあ、いいか。
「……よし、やるか」
頭から考えを締め出して、汚れに汚れた甲板を掃除し始めた俺は、後ろで横になったままのマルコが少しばかり目を開けてこちらを眺めていたことに、全く気付かなかったのだった。
end
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