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0403

 何だか最近、船内が何となく騒がしい。
 首を傾げつつ、俺は今日も甲板を磨いていた。
 今日もモビーディック号の甲板は汚れている。
 海の上を走っているのだから仕方ないのかもしれないが、こぼれた酒で汚れているのは色々と物申したい。
 しかしモップで磨けば綺麗になってくれるので、まだ誰かに苦情を言ったことはない。
 マルコに新しいモップを買ってもらってよかった。やっぱり新品は磨き味が違う。

「ナマエ、そろそろ昼飯の時間だよい」

「あ、マルコ隊長」

 声を掛けられて視線を向ければ、一番隊の隊長殿がいつの間にか俺のすぐ近くへ来ていた。
 最近、昼食の時間に近くなると誰かが俺を呼びに来る。
 マルコであることが殆どだが、たまにエースとか、一番隊のクルーとかの時もある。
 多分、この間ついつい片付けに夢中になって昼を抜いてしまった所為なんじゃないかと思っている。
 だけど、後もう少しで綺麗になりそうだったのだ。空腹だって放っておくと感じなくなるもんだから、ついつい力が入ってしまっても仕方が無いと思う。
 そのおかげで第2倉庫はピカピカだ。
 昼飯抜きでそんなことをしていたと告げた俺を怒る前に、是非とも褒めて欲しかった。

「行くよい」

 そんなふうに言われて、ひょいと伸びてきた手が俺からモップを奪い取る。
 青い柄を掴んだマルコは、軽くそれを肩に担いで、更には俺が使っていたバケツまで持ち上げて歩き出してしまった。

「じ、自分で持ちますから!」

 慌ててそれを追いかけて、とりあえずマルコからバケツを奪い取る。ちゃぷりと中身が揺れて、こぼれないようにどうにかバランスをとった。
 マルコはよくこの行動をとるが、隊長格に荷物持ちをさせている雑用というのはものすごくよくないと俺は思う。
 はっきり言って悪目立ちするだろう。俺だったらそんな雑用係はいやだ。

「モップも返してください」

 言いつつ手を差し出して、俺はマルコを見上げた。

「…………仕方ねェない」

 俺の言葉にため息を吐いて、マルコの手がぽいと俺のほうへモップを寄越す。
 この船にあるどれよりも軽いモップを受け止めて、先ほどマルコがやったように肩へ担いだ。
 そうして、そのままの格好でマルコの隣に並んで歩き出す。
 ここで歩くコツは、甲板を出来るだけ見ないようにすることだ。汚れを見つけてしまったら、気になってもう食事へ行こうとするどころじゃない。
 そしてそれに気付いたマルコにまたしてもモップとバケツを奪われるのだ。
 たまに頭を捕まれて引き摺られたりもする。
 マルコは実力行使が過ぎると思う。

「今日のお昼は何ですかね」

「魚じゃねェかい。ああ、昨日獲った海王類がまだ残ってんなら肉かもしれねえよい」

「ああ……」

 恐ろしいことにこの白ひげ海賊団のモビーディック号へ戦いを挑んできた海王類を思い出し、俺は何となく遠くを眺めた。
 昨日の昼前、今日のように甲板にいたら、上から覗き込んでくる大きな生き物が出たのだ。
 牙といい口の裂け方といい目といい、とてつもなく怖かった。
 けれども、そんな恐ろしい海王類も、昨日の夜にはお肉に変わっていたのだから、本当に恐ろしいのはこの海賊団なのかもしれない。

「にしても、どうせなら明明後日の昼にでも出りゃ良かったのにねい」

 やれやれ、とマルコが俺の隣でため息をついた。
 なんで明々後日なんだろう、と首を傾げて視線を向ければ、俺の視線に気付いたマルコが、少しばかり考えてから、ああ、と声を漏らす。

「そういや聞いてなかったねい。参考にするから答えろよい」

「え? えっと、何をですか」

 寄越された言葉に戸惑いつつも応えると、マルコは片手にバケツを持って片手にモップを持った俺へそっと問いかけを寄越した。

「もし貰えるんなら、今、何が欲しいよい」

 唐突過ぎる問いかけに、俺はぱちりと瞬きをする。

「今、ですか」

「今だよい」

 問い返せば頷かれて、ううん、と俺は唸った。
 悩みながらも足を動かせば、左手の先でちゃぷりとバケツの水が揺れる。


「………………あ。新しいバケツが欲しいです」


 どうせならモップが絞れる奴がいい。
 そう思ったから素直に応えたのに、何となく予想はしてたけど全く参考にならねえよい、とマルコが呆れた顔をした。

 とてつもなく失礼だと思った。



end

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