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やつあたり120%
※マルコ不在?
※やつあたりマルコ



「全てにおいてナマエが悪い」

 真顔でそう言い切られて、俺は少しばかり首を傾げた。
 俺の正面に腰を下ろしたサッチは、何だか随分とぼろぼろの格好をしている。
 自慢のリーゼントも乱れているし、どうしてか顔にはラクガキがされていて、いつも着ているコックコートは雨が続いた時にたまに着ているつなぎになっていた。
 あまりにもなその格好に、『どうしたんだ』と尋ねた俺への返事が、先程の台詞である。
 一体どういう意味だろうかとその顔を眺めていたら、片手で乱れたリーゼントを整えたサッチが、その目を俺へ向けた。
 正面から見据えられたそれはとてつもなく真剣だったが、鼻の下の紳士髭ラクガキと両眉がつなげられている所為で色々と台無しだ。これはちゃんと消えるんだろうか。

「思い当たらないってこたァねェよな、ナマエ」

「……いや、悪いが」

「嘘つけぇええ!」

 問いかけに答えかけた俺の言葉を、サッチは思い切り遮った。
 胸に手を当ててよく考えろ! とまで怒鳴られたので、一応胸に右手を当ててみる。
 しかし、心当たりの無いものは無いのだ。
 その状態でもう一度首を傾げた俺に、舌打ちしたサッチは言葉を紡いだ。

「それじゃ、昨日の夜、どこで何してたか答えてみろ!」

「昨日? ああ、昨日は大部屋で酒盛りに誘われて」

 寄越された質問に、俺は昨日のことを少しばかり思い返した。
 俺に合った酒が手に入ったからと、一番隊のクルー何人かに酒盛りに誘われたのだ。
 俺に合っている、というのはつまり度数の低い酒であるということなのだが、確かに飲みやすいものだった。

「飲みすぎたからそのまま大部屋で寝た」

 マルコは丁度偵察に出ていて朝まで帰らなかったから、部屋に戻らなくても問題ないだろうという判断をした覚えもある。
 秋島の気候になり始めているからか朝方は寒くて、目を覚ましたら男何人かでハムスターのように身を寄せ合うという状態になっていたのには少しばかり笑ってしまった。
 そういえば、俺が目を覚ましたときにはもうマルコは帰ってきていたようだったが、まだ姿を見ていない気がする。
 疲れているだろうから、きっと部屋で休んでいるんだろう。
 自業自得で二日酔い気味の俺は、大部屋から出てすぐに体を騙し騙し本日の雑用を少しばかり済ませて、今は遅い朝食を取っているところだ。
 俺の回答を受けて、ほらな! とサッチが元気に声を出す。
 耳と頭に響くそれを聞きつつ、何が『ほらな』なんだろうかと俺はサッチの可哀想な顔を見つめた。
 ずびしとその指が俺を差し、サッチの目が非難がましく俺を睨む。

「つまり全部ナマエが悪い」

「ん?」

「アイツはお前に何かできるわけねェんだから、そうなると被害は気安く攻撃できるおれに来るわけだ」

「いや、だから、何の話だ?」

「せめて見つからないようにやれよな!」

 戸惑う俺を置き去りにして、そう言い放ったサッチがガタンと椅子から立ち上がる。
 その頭に、ばしんと何かが投げつけられた。
 どわ、と声を上げたサッチの体が傾いで、慌てたようにバランスを取ろうとしたところを、更に同じように飛んできたものがその頭にぶつかることで押しやり、サッチの体がそのまま床へと倒れ込む。
 すぐさま起き上がったサッチは、何枚かのタオルを頭に被るという格好で、顔を顰めてそれが飛んできたほうを見やった。

「っだー! いい加減にしろっての!」

 リーゼントからもタオルを垂らして叫ぶサッチの言葉に、俺もそれが飛んできたほうを見やる。
 しかし、方角的には食堂の入り口だが、そこには今誰もいない。

「……大丈夫か? サッチ」

 それを確認してからもう一度サッチへ視線を戻して、どうやら姿の見えぬ何者かに攻撃されているらしいサッチへ、思わず尋ねた。
 それを聞いてこっちを見たサッチが、大丈夫に見えるのかこれが! と何故か俺に対して怒りを見せる。
 そんな風に怒られても、俺がタオルを投げたわけでもないのだからどうにもならないんじゃないだろうか。

「……誰から攻撃されているのかが分からないんだが、あまり殺傷力が無い武器でよかったな」

 とりあえずそう告げた俺へ、タオル塗れのサッチが信じられないと言いたげな顔をする。

「何でこの状況で犯人が分からないんだ、ナマエ」

「? いや、俺はサッチが誰に恨みを買っているのかなんて把握してはいないから」

「恨まれてねェよ!? おれは何にもしてねェよ! お・れ・は!」

「自分では気付かないところで誰かを傷付けてしまうなんてことも、世の中ままあることじゃないか」

「だぁあああお前にだけは言われたくねえええ!」

 どうしてか地団太を踏んだサッチの頭から、ぽとりとタオルが一枚落ちた。
 トレイのすぐ近くだったそれを拾い上げて軽く折りたたみ、俺は改めてそれをサッチへと差し出す。
 そういえば、今の攻撃の武器がタオルというのは、もしかしたらその『犯人』からの優しさなんじゃないだろうか。

「サッチ」

 そんなことを思いつつタオルを揺らすと、地団太を踏み続けて肩で息をしたサッチが、怪訝そうな目をこちらへ向けた。
 更にぽとぽとと落ちたほかのタオルは無視することにして、早く受け取ってくれ、と言ってから俺は言葉を続ける。

「早めに顔を洗ったほうがいい。その顔のラクガキ、消すの大変なんじゃないか?」

 俺の言葉にぱちりと瞬きをして、サッチが着込んだつなぎのポケットから小さな手鏡を取り出す。
 鏡を持ち歩いていたのか、と少し驚いた俺の前で、自分の顔をそれで確認したサッチが、俺からタオルを奪い取ってその場から駆け出した。

「マルコぉおおおお!!!」

 絶叫しながら食堂を出て行ったサッチの言葉からして、どうやら『犯人』はマルコだったらしい。
 と言うよりも、あれだけ盛大にラクガキをされていながら、今の今まで気付いていなかったんだろうか。誰かが教えてやってもいいようなものだが。
 それにしても、一体、サッチはマルコに何をしたのだろう。
 よく分からないが、食事が終わったらマルコの様子でも見に行こうと決めて、俺はトレイの上の食事を片付けることにした。




end

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