君と一緒の未来
※子マルコ寄り
ナマエは『いいひと』だと、マルコは思った。
そういうやつには裏表のある奴もいるから気をつけろと隊長は言っていたが、いやな面の一つも無いくらいに『いいひと』だ。
「どうした、マルコ?」
じっと見つめていたマルコに気付いて、ナマエが首を傾げる。
黒い髪の彼の膝の上で、マルコはふるりと首を横に振った。
「なんでもない、よい!」
「? そうか」
マルコがそう言えば、不思議そうにしながらもナマエが頷く。
その大きな手がマルコの腰の辺りに回って、マルコが膝の上から落ちたりしないようにしてくれた。
ナマエがつくってくれた昼ご飯を食べ終えて、ソファに座ってまったりとしていたナマエの膝によじ登ったマルコを、ナマエは拒まなかった。
ナマエはいつだってそうなのだ。
マルコが飛びついても、よじ登っても、わがままを言っても受け入れて許してくれる。
怖い顔で怒られたのは、マルコが自分の怪我を構わず遊ぼうとしたときくらいだ。
マルコに比べてとても大きな腕に抱きかかえてもらうのが、マルコは好きだった。
小さな腕を伸ばして、ぎゅうと目の前の体に抱きついてみる。
マルコ? とナマエは不思議そうにマルコを呼んだが、ナマエの温かい手のひらはそっとマルコの背中を撫でてくれた。
「眠くなったか?」
「マル、ねむくないよい」
優しく聞かれてそう答えながら、マルコはぐりぐりと頭をナマエの体へ押し付ける。
ナマエの発言に対して抗議しているというのに、ナマエはくすぐったいと呟いただけで、マルコの行動を止めもしない。
ナマエを攻撃するのにだんだんと飽きてマルコが動きを止めれば、それを見てナマエの手がひょいとマルコの体を持ち上げる。
そのまま視界が高くなって、目を丸くしたマルコは、自分を持ち上げたナマエが立ち上がったことを理解した。
「ナマエ?」
不思議に思ってその顔を見上げれば、混む前に買い物へ行こう、と告げたナマエがマルコを抱えなおして足を動かす。
少し揺れる視界で壁際を見やったマルコは、ナマエに教えてもらった読み方でそこに掛けられている時計を見やって、今が夕方と昼の丁度間ぐらいであることを理解した。
「かいものよい?」
「そう。マルコ、今日は何が食べたい?」
いつものように訊ねられて、にく! とマルコはいつものように答える。
またそれか、とナマエは言うが、今朝の朝食はオムライスだったから、夜もオムライスにはしてくれないことくらい、マルコにだって分かるのだ。
「それじゃあ何か肉料理にしよう」
「よい!」
言いつつ床へ降ろされて、頷きながらマルコは玄関の傍らに屈み込む。
この間ナマエに買ってもらった靴がそこにいて、マルコの小さい足はすぽりとそれへ入り込んだ。
両足をきちんと靴へ収めてから立ち上がり、何度か足踏みをして問題ないことを確認してから、マルコの顔がナマエを見上げる。
「はいたよい!」
「ああ、ちゃんと履けて偉いな」
ナマエはそう褒めてくれて、大きな手がマルコの頭をよしよしと撫でた。
ナマエにそうやって頭を撫でてもらうのが、マルコは好きだ。
「よし、行くか」
「いくのよいっ!」
言葉を落としたナマエが、ドアを開けながらその手をマルコへ伸ばしてきて、精一杯伸ばしたマルコの掌がその手を掴む。
マルコに比べて随分大きなそれで手を繋いでもらうのが、マルコは好きだ。
「いいかマルコ、もしもスーパーの中ではぐれたときは、どうするんだった?」
「ナマエがくるまでじーっとしてるよい」
「誰かが声を掛けてきたら?」
「ついてかないよい」
「連れて行かれそうになったら?」
「おおきいこえだしてにげるよいっ」
「よく出来ました」
エレベーターのある方へ向かって歩きながら、いつもの『約束』を確認して、きちんと答えたマルコへナマエが頷く。
マルコの歩く速度に合わせて、ナマエはゆっくりゆっくり歩いてくれる。
だから、今の『約束』のような状況になったことなど一度も無い。
だったら『約束』なんていらないんじゃないかと首を傾げたマルコに、もしものことがあったら困るからとナマエは言っていた。
ナマエがそう言うならそうなんだろうと思うから、マルコはちゃんと『約束』を覚えたのだ。
マルコの瞳が、じっと自分の手を引いてくれるナマエを見上げる。
マルコの歩みに合わせて歩きながら、ナマエはマルコから視線を外して前を見ていた。
ナマエは『いいひと』だと、マルコは知っていた。
この船以外ではなかなかそんなやついないとサッチは言っていたけれども、ナマエはぜったいに『いいひと』だ。
サッチだって隊長たちだって『オヤジ』だって、きっとナマエのことを気に入ってくれるだろう。
「……そしたら、ナマエはマルのおとーとよい」
『家族』になれば、ナマエはずっとずっとマルコと一緒にいてくれるに違いない。
いつか来るかもしれない未来を思い描いて、マルコの頬が少しばかり赤みを帯びる。
ナマエとずっと一緒にいる。
それは、なんて幸せな話だろうか。
「…………マルコ、どうした?」
熱でもあるのかと少し戸惑った顔をしたナマエが額に手を触れてくるまで、マルコの小さな頭はいつかの未来に浸りきっていたのだった。
end
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