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酒は飲んでも、


 酒は飲んでも飲まれるな。
 そういう諺があったのは、確か元の世界だったろうか。
 少しふわついた頭でそんなことを考えながら、俺は目の前の宴を眺めた。
 船長が酒好きなこともあって、白ひげ海賊団のモビーディック号の甲板では今日も宴が行われている。
 今日は何の祝宴だったろうか、と少し考えて、白ひげの横でつぶれているクルーを見つけてああ、と小さく頷いた。
 そうだった、今日は久しぶりの海戦で、確か新入りの初陣だったのだ。
 先陣切って活躍しようと頑張った結果、少し怪我をして医務室へ運ばれてきた新入りの包帯を巻いたのは俺だった。
 そこそこの傷だったというのにそのまま戦場へ戻っていってしまった怪我人は、酒ですっかりぐだぐだに酔っ払ってしまっている。
 明日辺り、船医にものすごく怒られるだろう。宴はそこそこに医務室に来いといわれていたはずだったからな。

「ナマエ、何見てんだよい?」

 甲板の端に座ってそんなことを考えていたら、隣から声が掛かった。
 少し遠いその声を追いかけるように顔を上げれば、マルコが首を傾げて真横に立っていた。
 いつの間に近くへ来ていたのだろうか。まったく気付かなかった。

「マルコ」

 名前を呼ぶ自分の声すら遠い気がしながら口を動かせば、俺のことをしげしげと眺めたマルコが、少し面白そうに笑って身を屈める。

「ナマエ、今日は珍しく酔っ払ってんだねい」

「……ああ、そういえば」

 言われた言葉に、俺は自分の手元の酒を見下ろした。
 前の島で買ったという地酒が何だか飲みやすくて、ついつい杯を重ねてしまったのだ。
 あまり度数が強くないものだったらしく、やるよ、と言ってサッチが置いていった瓶四本のうち、もう半分は空になっている。
 今のマルコみたいに誰かが近寄ってきては話をして見送っていく合間、ちびちびと飲んでいたはずなのだが、そろそろやめないと記憶をなくしてしまうかもしれない。

「そんなにうめェのかよい?」

 俺のほうを見てマルコが言うのを聞いて、俺には丁度いいな、と答えながらマルコへ視線を戻す。
 マルコが少し興味を示しているのを視認して、俺は自分が持っていたグラスをひょいとマルコのほうへ差し出した。

「飲んでみるか?」

「それじゃ、一口」

 俺の提案に頷いて、マルコが手を伸ばしてくる。
 何となく悪戯心のわいた俺は、その手にグラスを預けることなく、更に手を動かしてグラスをマルコの口へ押し付けた。
 驚いた顔をしたマルコが何かを言うより早くグラスを傾ければ、慌てたようにマルコがこぼれかけた酒を口へ入れる。
 一口二口分注いでグラスを離すと、ごくん、とそれを飲み込んだマルコは少しばかり怪訝そうな顔をした。

「……弱ェ酒だねい」

「俺には丁度いいんだ。マルコはまた、強いのを飲んでそうだな」

 言い放った俺へ、そうでもねえよいと笑いつつ、マルコが改めて俺の横に腰を下ろす。
 飲んでみるかよい、と聞きながら持っていた瓶を揺らされて、ラベルを確認した俺はいいやと首を横に振った。
 ありえない度数が見えた気がするが、多分気のせいだろう。
 明日のマルコは二日酔いが酷そうだな、なんてことを考えていたら、肩にとんと何かが当たる。

「ん? マルコ?」

 声を掛けつつ傍らを見やれば、互いの間に空いていた距離をつめてきたらしいマルコが、なんでもないような顔をして俺のすぐ傍に移動していた。
 ぐいぐいと押し付けるように身を寄せられたので、倒れてしまわないように俺もマルコのほうへ少し体重を掛ける。

「何だよい」

「いや、何でも」

 体重を掛けられたと気付いたらしいマルコの言葉に、とりあえずそう言い返せば、そうかい、とマルコが頷いた。
 それで済ませてしまう辺り、マルコは随分と酔っているらしい。
 わざわざ自分からやってしまう俺も、そこそこに酔っ払っているんだろう。
 今飲んでいる瓶を飲み終えたら最後にしよう、なんて考えて自分のグラスへ瓶の残りを注いでから口元へ近づけて、はた、と思い当たって動きを止める。
 そういえば、さっきこのグラスでマルコに酒を飲ませたのだった。
 しげしげと眺めてみるが、マルコがどこに口をつけたのかは見てみても分からない。
 少しだけ考えて、俺はちらりとマルコを見やった。
 俺の髪が少しばかりマルコの顔辺りをくすぐったのか、俺の視線に気付いたマルコもこちらを見てくる。
 いつもより随分至近距離からその顔を眺めながら、酒瓶を軽く口に咥えて傾けたマルコへ俺は尋ねた。

「マルコ、間接キスしても怒らないか?」

「ぶふっ!」

 思わずと言った風にマルコが噴出して、口に含んでいたんだろう酒が前方に飛び散った。
 慌てたように酒瓶から口を離して咳き込むマルコに首を傾げつつ、とりあえず丸めた背中を軽く擦る。

「大丈夫か? むせたのか。瓶から直接飲むからだぞ」

「ちが、ゲホ、っ」

 何かを反論しようとして自分の咳に阻まれたマルコは、それ以上何も言わずひたすらに咳き込んだ。
 どうやら酒が気管に入ったようだ。
 可哀想なマルコの背中を擦ってやって、俺はとりあえずマルコの手にある酒瓶を取上げた。
 マルコから見て反対側になる俺の傍へ置いて、よし、と頷く。こんな状況で、これ以上飲ませるわけにもいかない。
 俺に酒を奪われたマルコは、しばらく咳き込んでからやがて落ち着き、深く息を吸い込んでから吐き出して、咳き込みすぎて少し涙すら浮かんだ目をこちらへ向けた。

「突然、何言い出すんだよい」

「ん? 何って」

「間接……とか、」

 びっくりしたよい、と言うマルコの言葉に首を傾げてから、ああ、とマルコがいいたいことを把握した俺は自分のグラスを指差した。

「どこにマルコが口をつけたか分からなくなったから。怒らないならそのまま飲むけど、怒るなら飲むのは諦めるよ」

 残りもグラス一杯分だし、サッチには申し訳ないが処分することだってやぶさかじゃない。
 俺の言葉にぱちぱちと瞬きをしたマルコは、それから小さくため息を吐いた。
 疲れたように後ろへもたれこんで、軽く空を仰いで言葉を零す。

「……男同士が、んなこと気にしてどうすんだよい」

 どこか呆れたようにもれた言葉に、俺は少しだけグラスを握り締めた。
 そうだな、と呟いた自分の声が少し遠く感じるのは、酔っている所為だけじゃないだろう。
 どこかが痛む気がしながら、持っていたグラスを口元へ近づけて、中身を一気に飲み干す。
 残り一瓶を飲み干したら今日の記憶は無くなるだろうかと少しばかり考えたが、更にもたれかかってきたマルコに飲みすぎだと言われては、手を伸ばすことも敵わなかった。



end

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