19
作ってもらった海楼石の弾丸は、全て弾層へ込めた。
まだまだ足りないだろうけど、できる限りの鍛錬もした。
軽く息を吸い込んで、そっと足を動かす。
あの初陣から何度か戦闘もあったけど、こんなに緊張したことは無かったと思う。
一人で歩いて船尾へたどり着くと、人気の無いそこに佇んでいる黒い髪の男が見えた。
「ティーチ」
呼びかけながら近付けば、今気が付いた、とでも言うような顔をしてティーチがこちらを向く。
「ようナマエ。持ってきたか」
にかりと笑いながら尋ねられて、手を伸ばせば簡単に触れるような距離でようやく足を止めた俺は、頷いて鞄を開いて見せた。
「これ」
「ん? こう暗いとよく見えねェな。もっと近くに寄せてくれ」
言われて頷き、俺は両手で持った鞄をティーチへと差し出す。
鞄を覗き込んだティーチが、さっきと同じ笑顔を浮かべて俺を見た。
「ああ、こいつァ……」
ゆったりとした言葉には似つかわしくないくらい素早くその右腕がひらめいて、慌てて体を仰け反らせる。
俺の真上を通り過ぎた鉤爪が夜空から注ぐ月光にちかりと輝いて、それと同時に振り下ろされた。
慌てて横に避けたけど間に合わず、強く体を叩き伏せられる。
鋭利な刃物は俺の着ていた服も肉も引き裂いたらしく、熱さと痛みを感じて俺はデッキへ転がった。
「確かに悪魔の実だな!」
俺の鞄から紫色の悪魔の実を奪い取って、ティーチが笑う。
その足ががんと俺を蹴飛ばして、俺の体が少しティーチから引き離された。
痛い。触れた腹部からはどくどくと血が溢れている。この出血はまずいんじゃないだろうか。
最初の一撃を避け切れたのは鍛錬の成果だとしても、分かっていて追撃を避けられないなんて、俺はやっぱりまだまだ弱かったんだろう。
痛みを歯を食いしばって堪えながら手を動かして、反射的に傷に触った所為でついた血で滑る掌で腰のホルスターを探る。
掴んだ銃を引き出して、床に倒れたままでティーチへ銃口を向けた。
「ゼハハハハ! ついに手に入れたぜ、ヤミヤミの実!」
俺の狙い通り騙されてくれたらしいティーチが、そう声を上げて笑っている。
血走った目が片手に持った悪魔の実を見やって、こちらへ注意を払う様子がまるで無かった。
倒れたままで、前にイゾウが教えてくれた通り、両目でティーチへ狙いをつける。
かちりと引き金を引けば、音を立てて火薬に吐き出された海楼石の弾丸が、狙ったとおりティーチの左手に当たった。
「……っ! いってェなァ!」
軽く足を引いていらだった声を上げたティーチが、俺の手にある銃に気付いてこちらへ歩いてくる。
がん、と頭を踏みつけられて、余りの痛みに緩んだ手から落ちた銃が、蹴られてどこかへ飛んでいった。
「まだ銃撃つ元気がありやがったか!」
「……ぁ! うぐ!」
ぐりぐりとかかとでこめかみを踏まれて、痛みに声が漏れる。みしみしと骨が軋んでいる気がする。頭がつぶれそうだ。
腕を撃たれた苛立ちを零したティーチが、それからふと何かを思いついたように足を下ろして、つま先でごろりと俺の体を仰向けにした。
投げ出した手がびちゃりと音を立てたのは、俺の血がずいぶんと広がっている証拠だろうか。
無理やり仰がされた先で、にたりと笑ったティーチの顔が片手に持った悪魔の実に近付く。
「せっかくだ、ヤミヤミの実の能力を教えてやるよ、ナマエ。その体で味わいな」
楽しげに囁いて、ティーチの口が悪魔の実にかじりつく。
俺が塗りつけた絵の具と一緒に、とてつもなく不味いという話の悪魔の実をかじったティーチは、それでも強烈なまでの笑顔だった。
そうして、一口分を飲み込んだとたんに、その手がぽとりと悪魔の実を落とす。
ぐらりとその体が揺れて、まるで力が入らない、と言うようにその場に座り込んだ。
「な……っ!? 何だ、こいつァ……っ」
自分の体を見下ろして、ティーチが戸惑ったような顔をしている。
その様子になんだかおかしくなって笑いたくなったけど、体が寒くて笑うことすらできなかった。
明らかに、出血のしすぎだ。傷を受けたところだけが熱くて、どくどくと痛む。
それでも、戸惑うティーチに答えくらいはくれてやろうと思って、口を動かした。
「……さっきの、弾丸、海楼石。能力者は、力が入らない」
火薬の量は少なめにするようイゾウにも言われていたから、弾丸は当たった対象の体の中に残っているはずだ。
体内に海楼石のあるティーチは、悪魔の実を食べて能力者になったがために、あの島へ流れ着いた時のマルコみたいに、体に力が入らないのだ。
俺の言葉に全部を理解したのか、ティーチが酷く怖い顔をする。
「……チッ! テメェ!」
声を上げたティーチの右腕が弱弱しく振り上げられたちょうどその時、わずかな足音と、それから俺のともティーチのとも違う声がその場に響いた。
「ナマエ? ……な、ティーチ?! 何してんだよい!」
俺のことを呼んで、それから状況に驚いたように声を上げたのは、ついさっき俺が倉庫に置き去りにしてしまった一番隊の隊長だった。
どんな顔をしてるだろう。怒ってるだろうか、それともただ驚いているだけか。心配もしてくれてるだろうか。
「マル、コ」
その姿を見ようと体を捩じらせて、それからその名前を呼んだところで、俺の意識はぷつりと途絶えた。
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