18
ティーチと約束を取り付けた俺は、とりあえず書庫から悪魔の実を回収した。
何故なら、ティーチに『隠してる』と言ったからだ。
探されて盗まれてしまってはたまらない。
使った筆や絵の具は、買ったことを知られているからカモフラージュ用の他の画材と一緒に放置して、悪魔の実を入れた鞄を肩から提げて船内を歩いて時間を潰す。
通路でばったり会ったビスタに鞄なんて持ってどうしたんだと聞かれたのには、昨日の島で買ったんだと言って答えた。
俺が新しい鞄を見せびらかしてると思ってくれたらしいビスタは、軽く笑って話を流してくれた。
今日は首にスカーフも巻いているし、少し変わった行動をしていてもそういう気分なんだろうと思われるだけのようだ。
ありがたいような微妙な気持ちになりつつ雑用をしながら一日を過ごして、夜になった。
夕食も済んだから、そろそろ船尾へ移動する時間だ。
鞄を肩にしたままで船尾へ向けて歩き出した俺を呼び止めたのは、後ろから響いた声だった。
「ナマエ」
「……マルコ隊長?」
振り向いた先にいたマルコの姿に、思わず目を丸くする。
どこか不機嫌そうな顔をしたマルコは、眉間に皺を寄せて仁王立ちになっていた。
午前中は姿を見なかったのは、酒が抜けてなかったからだろう。二日酔いは大丈夫だったんだろうか。
よく分からないものの、手招きをされたので素直に従う。ティーチを待たせてしまうだろうが、マルコの言うことを聞かない選択肢なんて俺にあるはずがない。
「どうかした?」
近付いて尋ねると、俺を見下ろしたマルコの手ががしりと俺の肩を掴んだ。
「……ちょっとツラ貸せよい」
そんな言葉を寄越されて、よく分からないものの頷く。
俺の肩を掴んだままのマルコが俺を引き込んだのは、すぐ真横にあった第二倉庫だった。タオルやらがたくさん置いてある場所だ。あらかじめ付けられていたのか、火をともされたカンテラが室内を照らしていた。
引っ張りこまれてすぐに扉を閉められ、背中を閉じた扉へ押し付けられる。
乱暴な扱いに驚いて、俺は目の前のマルコを見上げた。
一体、どうしたんだろうか。
酷く苛立った様子のマルコが、低く唸る。
「……誰だよい」
「?」
問いかけの意味が分からなくて首を傾げると、伸びてきたマルコの手が乱暴に俺の首からスカーフを外した。
それと共に触れてきた指に、びくりと肩を竦ませる。
けれどもマルコは気にせず、多分そこに付いているんだろう歯型を指で軽く撫でた。
「これは、誰に付けられたんだよい」
低い唸り声に、俺はぱちぱちと瞬きをした。
俺の戸惑いを受け止めて、マルコが更に怖い顔をする。
どうしてそんなに怒っているのかが、よく分からない。
だって、そこに噛み付いたのはマルコだ。
「わかんねェのかい。昨日、船は降りてねェだろい。だったら、相手はこの船の、」
「マルコ隊長」
「誰だって……」
「マルコ隊長がつけた」
だからそう申告すると、マルコの動きがぴたりと止まった。
驚いたようなその顔は、まるで覚えていないらしいということを俺に伝えてくる。
あれだけ酔っていたのだから、それも当然かもしれない。
そうは思いつつも、久しぶりに触ってくれた昨日のことをマルコが覚えていないと思うと、何だか寂しいような気がした。
けれども、覚えていないことを詰る必要性を感じられず、俺は小さく息を吐く。
「………………おれが?」
「ん。よっぱらい」
戸惑うようなマルコへ頷いてから、首に触れていたマルコの手を捕まえた。
勝手に俺へ触っていたくせに、俺がその手を掴んだだけで、マルコはびくりと体を震わせた。
気にせずその手を掴んで、ぐいと自分の体から引き剥がす。
マルコが少し体を離してくれたので、俺とマルコは二人向かい合って佇んだまま、少しばかりの沈黙が訪れた。
耳が痛むような静かさの中で、しばらく黙ってその顔を見上げる。
マルコにとって、今の俺はどういう立場だろう。
同じ白ひげ海賊団なのだから、せめて家族としてはいられるだろうか。
俺が騙したティーチが俺を攻撃したら、少しは怒ってくれたりするだろうか。
そんな風に考えていたら何となく、口から問いかけが漏れた。
「マルコ隊長は、家族が死んだら悲しい?」
小さな問いかけに、マルコが目を丸くする。
そうしてすぐにその目は眇められて、それからふいと逸らされ、俺の問いに負けないくらい小さな声が返事を寄越した。
「……急に、何を言い出すんだよい。そんなの、決まってるだろい」
当たり前だろうと言いたげな言葉に、そ、と頷く。
「俺も、マルコ隊長が悲しいと悲しい」
マルコに要らないといわれた俺がそれでもこうやって白ひげ海賊団にいるのは、俺がいくつかの未来を知っていて、マルコが悲しむだろうその未来を自分が望むものに作り変えるためだ。
今日で、それも終わる。
できる限り生き残れるように努力したし、生き残るつもりでいる。殺されるのはごめんだ。
だから生き残って、ティーチがこの船を去ったとして、それから俺はどうするんだろう。
今更過ぎる疑問だった。
ここにいる為の理由が無くなったら、俺はそれからどうやって、ここにいたらいいんだろう。
自分の立ち位置がぐらりと揺れたような気がしたのは、大波がモビーディックを揺らした所為だろうか。
ナマエ、とマルコが俺を呼ぶのを聞きながら、そっと顔を伏せる。
「俺、頑張る」
先のことなんて、考えたって仕方が無い。
今日は、今できる精一杯をやるだけだ。
そうだ、ティーチが船尾で待っている。
「用事があるから。じゃ」
だから俺はそう言葉を置いて、奪い取られたスカーフを取り返した後、戸惑った顔をしてこちらを見たマルコを残して倉庫を出て行った。
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