16
余り眠れないまま夜を過ごして、朝が来た。
今日の昼前には、島を出る。
クルー達もそれが分かっているから、今日は朝から出航の準備で船内は少し騒がしい。
俺はまだまだ雑用が殆どだから、朝の支度を終えたら手伝いに行くことになりそうだ。
とりあえず洗面所へ移動した俺は、ばしゃばしゃと顔を洗って顔を上げてから、後ろに眠そうな顔をしたクルーが立っているのに気がついた。
「ハルタ」
呼びかけて振り向けば、おはよう、と呟いたハルタが大きくあくびをする。
「ナマエ、今日は早いね」
「ん。おはよう」
言いつつ洗面台へ寄ってきたハルタに場所を譲って、歯ブラシを手にとって口へ入れる。
しゃかしゃか歯磨きをしていたら、顔を洗ってタオルで拭いたハルタが、ふと何かに気付いたようにこちらを向いた。
不思議そうなその目が、ぱちぱちと瞬きをしながら俺を見ている。
「…………ハルタ?」
どうしたのかと思って首を傾げると、そこでようやくハルタが口を開いた。
「……ナマエ、首どうしたの?」
「首?」
「噛まれてる」
言われて、俺は歯磨きの手を止めた。
ハルタの視線が注がれている辺りに手をやって、少し背伸びをしながら洗面台の鏡を見やる。
俺の顔をぎりぎりで映す高さの鏡には、きちんと大きく歯形のついた俺の首筋が映っていた。
昨日、マルコが噛んだ跡だ。
手元には鏡なんて無いから、まったく気付かなかった。
ぱちりと片手で首筋を覆って隠してみるけど、まさか日中ずっとその格好でいるわけにもいかない。
どうしようかと眉を寄せてると、しゅるりと自分の首に巻いていたスカーフを解いたハルタが、俺の手の上からゆるりとそれを巻いた。
「はい。貸してあげるよ」
「…………ん。ありがとう」
ハルタの気遣いに礼を言って、とりあえず歯ブラシを置いて口を漱いでから、改めてスカーフを巻きなおす。
今の格好には不自然だから、もう少しスカーフの似合う格好に着替えよう。
俺がそんな算段をつけているとは露知らず、ナマエの相手って激しいねェ、とどこか呆れたような顔をしたハルタが、しゃかしゃかと歯磨きをしている。
その様子を見やってから、俺はそっと口を開いた。
「……ハルタ、教えて」
「ん? いーよ、何?」
「ハルタは悪魔の実詳しい?」
俺の問いかけに、ハルタは不思議そうに目を丸くした。
「あ、もしかして何か手に入れたの? いいなー」
「ん。でも、何の実かなって」
「えー、どっかに図鑑があったと思うけど……」
歯磨きの手を止めて、ハルタが少し考え込む。
何かを考えるその様子を眺めて、外れたか、と俺はこっそり息を吐いた。
俺は、ティーチとあまり仲が良くない。
仲の良くない相手に急に悪魔の実を見せるなんて不自然極まりないし、ティーチにだけでなく、他のクルーに気にされるかもしれない。
俺がティーチを騙そうとしたことがばれては、せっかくの用意も意味が無くなる。
せめて『誰々に聞いたから』という理由でもなければ、話しかけに行くのは難しいのだ。
適当にハルタかイゾウ辺りから聞いたと言ってもいいかもしれないが、俺は昼間と夜、二回接触する気でいる。どこかで嘘とばれては警戒されるだけだ。
ハルタが『ティーチは悪魔の実に詳しい』ことを知らないなら、次はイゾウにでも聞いてみようかと思っていたら、ああ、そうだ、とハルタが軽く手を叩いた。
「もし図鑑探すの面倒だったら、ティーチに聞いたらいいよ。ティーチは悪魔の実に詳しいから。読書家なんだってさ」
そんな風に笑って、にかりとハルタが笑う。
望む答えが返ってきたことに、俺はほっと息を吐いた。
「ん、わかった」
これで、ティーチに話しかけるきっかけにはなる。
俺の答えに、役に立ったなら良かったよとハルタが笑った。
※
← : →
戻る