15
「……ん……」
奇妙な気持ちよさと息苦しさを感じて、俺は息を漏らした。
真上に何かが圧し掛かっていて、腕も掴まれていて、口が何かにふさがれている。
口の中に侵入した何かが俺の口の中を這い回っていて、口の中を探られる感触のくすぐったさにざわりと背中が粟立った。
何だかすごく、懐かしい感触だ。
それにしても呼吸がつらい。
一度口の中からそれがいなくなって、解放されたと思って息を吐いて吸い込むと、また見計らったように口を塞がれる。
腕を掴んでいる何かが探るように俺の腕を撫でて、少しざらついたその感触に、俺はぱちりと眼を開けた。
目の前に、二つの瞳がある。
ものすごく近いそれは、俺の勘違いでなければどう見ても、マルコのものだった。
「ん、マル、コ?」
口を塞がれる合間合間に名前を呼んで、ぱちぱちと瞬きをする。
それでようやく俺の口を解放したマルコが、少し顔を離して俺の顔を覗き込んでいた。
マルコから、とても強く酒のにおいが香っている。顔もいつもよりずいぶんと赤くて、どうやら目の前の相手が酔っ払いであるらしい、と俺は理解した。
けれども、女を買いに行ったはずなのに、どうして酒なんて飲んでいるんだろうか。
不思議に思って見上げた先で、ナマエ、とマルコが俺を呼ぶ。
そうして降りてきた唇が俺の口の端に触れて、それからゆるゆると下へ辿り始めた。
俺の両手を拘束していた手が離れて、服の上から俺の体に触れる。
急な接触にびくりと体を震わせても、マルコに気にした様子は無い。
「ナマエ、ナマエ、ナマエ」
何度も何度も俺を呼んで、マルコが俺の体に触る。
縋るようなその声に、俺はマルコの体を押しのけようとしていた手を止めた。
代わりにその肩をつかんで、マルコがしたいようにさせる。
首の辺りにちくりと少し痛みを感じて肩を竦めたら、それを押さえつけるようにマルコの歯が俺の首に押し当てられた。
「う、ぁ」
血は出ない程度に噛み付かれて、思わず体の動きを止める。
身じろぎもしなくなった俺の首から顔を離して、マルコの舌がべろりと噛んだ辺りをなめた。
ぞわぞわと体が震えて、服にもぐりこんだ指のざらつきに息をつめる。
マルコの手が俺からシャツを剥いで、それから下にまで伸びたところで、ぴたりと動きが止まった。
さっきまである程度は持ち上げられていた体を丸ごと預けられて、圧し掛かってきた重みに首を傾げる。
「…………マルコ?」
そうっと名前を呼んでみても、マルコは返事もしない。
少し待ってから、俺はもぞもぞと身じろいで、マルコの下から抜け出した。
ころりとベッドに転がされたマルコは、いつの間にやら目を閉じて眠り込んでいた。
久しぶりに見る寝顔だ。
酒が入りすぎたらしいその様子に、小さく息を吐く。
触るだけ触っておいて、中途半端に止められてはたまらない。
俺だったから良かったものの、これがそういうことを商売にしている女性相手だったら、失礼だと怒られるか呆れられるかのどちらかなんじゃないだろうか。
そんな風に考えて、マルコが俺の知らない裸の女と一緒に眠っているのを想像してしまった俺は、自分の思考に眉を寄せた。
勝手に想像して、勝手に傷付くなんて馬鹿馬鹿しい。
そう思うけど、どうにもできない。
だって俺は、まだマルコが好きなのだ。
「…………俺、女だったらよかった」
ぽつりと呟いた俺の声は、マルコの部屋に響くことも無く溶けて消えた。
そうだ、女だったらよかった。
もしも女だったら、既成事実でも何でも作って、マルコと一緒にいる理由を手に入れることができた。
そうすれば、ティーチをどうにかした後も、この船に乗っていられる。
けれども俺は男だから、そうすることだって出来ない。
今更変えられない事実にため息を吐いて、俺はベッドから立ち上がった。
マルコが脱がせたシャツを拾い上げてきちんと着込んで、眠っているマルコにタオルケットを掛ける。
それから壁際に近付いてカンテラを消して、扉を開いた。
廊下の明るさが、薄暗くなったマルコの部屋を照らしている。
「……マルコ、おやすみ」
ずいぶんと久しぶりに囁く言葉を投げて、俺はそのままマルコの部屋を後にした。
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