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「ゼハハハハハ!」
大きな笑い声が聞こえて、俺はそちらへ視線を向けた。
黒い髪の大きな男が、何人かのクルーと話をしている。
その隣にはサッチが立っていて、何か冗談を言ったらしい。
何人かと一緒に大笑いをしているティーチの姿は、こうして見るとただの白ひげ海賊団の船員だった。
ティーチとサッチは仲がいい。
確かどっちもずっと前からこの船に乗っているはずだから、それも当然だ。
そういえば、ティーチは追いかけてきたエースに、サッチのことを『友達』と言っていた気がする。
友達なのに、何でティーチはサッチを殺せたんだろう。
俺にはよく分からない思考だった。
ヤミヤミの実が、そんなに欲しかったんだろうか。
そこまで欲しがっているものをティーチが手に入れることを、俺に阻止できるんだろうか。
そんな風に思うと少しばかりの不安が胸を過ぎったけど、でも、ティーチがヤミヤミの実を手に入れたら、最後はきっとあの戦争が起きる。
マルコが悲しい思いをするくらいなら、やっぱり、『知っている』俺がどうにかしなきゃいけない。
「ナマエ、ティーチがどうかしたかい?」
ぼんやりとティーチ達のいる方を眺めていたらしく、傍らからそう尋ねられた。
何でもないと首を横に振って、視線をそちらへ戻す。
海楼石の加工について相談してから、俺の銃の訓練に、たまにイゾウが付き合ってくれるようになった。
ハルタといいイゾウといい、ただの新人で弱い俺に構っているほど暇なんだろうかとちょっと不思議にはなったけど、上達は早いに越したことは無いので何も言わないでおく。
「こう?」
尋ねつつ銃を構えて的を狙うと、イゾウの手が軽く俺の腕を掴んだ。
少し下向きになっていたらしい構えを修正されて、寄ってきた顔が俺と同じ方向を見やる。
「狙うときは両目で見るんだ。片目に頼ってちゃあ駄目だ、どうしても照準がずれるからな」
「ん」
教えられる言葉に返事をしながら、撃ってみな、と言われて引き金を引く。
練習用の弾丸が俺の構えた銃から放たれて、反動で少し手が痛んだ。
ぱすんと小さく音を立てて、俺の打った弾丸は的の中心から少しずれたところに穴を開けた。
「うまいうまい。ほら、残りも撃ってみな」
褒めながら体を離したイゾウへ頷いて、さらに何度か引き金を引く。
くるくると弾倉が回って、がちがち音を立てた銃から飛び散った火薬のにおいが鼻を刺激した。
ぱすん、ぱすん、小さく音を立てて弾丸が的にいくつか穴を開けていく。
「ゼハハハ! おいおいサッチ、そいつァひでェ!」
甲板の端で話しているクルー達の塊からそんな声が耳に届いて、もう一度指を動かした俺の目の前で、的のど真ん中に穴が開いた。
そこで弾が尽きて、そっと手を下ろす。
ぽす、と頭に何かが触れて、ぐしゃぐしゃと髪を乱された。
俺の頭を撫でたイゾウが、楽しげに笑っている。
「うまくなったじゃないか」
「ん。ありがとう、イゾウ隊長」
俺が上達したのは、イゾウや他のクルーが教えてくれたおかげだ。
何せ俺が生まれて育ったのは日本だったし、この銃を貰うまで、玩具の銃だって手にしたことは無かったんだから。
俺の言葉に楽しげに笑ったままで、イゾウが俺から手を離す。
「そろそろ実戦にも出れそうだな」
そうしてそんな風に言われて、ぱちりと瞬きをする。
海楼石の弾丸への加工は、イゾウの馴染みの職人に任せることになった。
かかる費用は『宝払い』だと言われたから、いつかは実戦に出るんだとは分かってたけど、俺が実戦に出られるのはまだまだ先なんだと思っていたのに、もういいんだろうか。
見上げた先のイゾウは笑顔のままで、俺からも頼んどいてやるよ、と言葉を続けた。
「頼む?」
誰に何を頼むんだろうかと首を傾げた俺に、イゾウが答える。
「ナマエは一番隊だからな。マルコに言っておかなけりゃなァ」
「マルコ隊長に?」
そうか。初めて実戦に出るのだから、隊長から許可を貰うのは当然か。
何となく納得した俺を見下ろしていたイゾウが、どうしてかその顔から笑顔を消した。
少し眉を下げて、その目が俺の顔を覗き込む。
「…………ナマエ、マルコと何かあったのかい」
時々ハルタから寄越されるのと同じ問いかけに、俺はぱちぱちと目を瞬かせた。
どうして急にそんなことを聞くのかが分からなくて、覗き込んでくるイゾウの双眸を見つめ返す。
何かを探るようなその両目を見ながら、俺はハルタに返すのと同じ言葉を口にした。
「別に、何も」
俺の言葉に、イゾウは少しばかり黙り込んだ。
じっとこちらを見つめてくるその顔を、じっと見つめて反応を待つ。
しばらくして、大きくため息を零したイゾウが、俺からふいと顔を逸らした。
「何だか、面倒なことになってる気がするんだがねェ」
「面倒?」
何の話だろう。
首を傾げつつ、持っていた銃を反対の手に持ち変えた。
反動を受けていた右手は少し痺れていて、拳を握ったり開いたりしてその痺れを散らす努力をする。
撃つのはうまくなったと褒められたけど、やっぱり俺はまだまだだ。
もっともっと慣れて強くならないと、このままじゃ何も出来ない。
マルコが俺を要らないと言った以上、俺がここにいる理由は、強くなって、マルコが悲しんだりしないようにすることだけなのだ。
「……何でもないさ」
俺の様子をちらりと見たイゾウが、そんな風に言い放って肩を竦めた。
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