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毎日毎日、訓練を繰り返す。
ハルタが剣を教えてくれたけど、まだまだ俺の力じゃ誰にも敵わない。ワンピースの世界では、多分俺は非力なほうだ。
力が足りないなら張り合わず、相手の力を受け流すようにしていけばいいんだとハルタは言ったけど、それだけじゃ何だから他のクルーに銃も教わるようになった。
使わないからとくれたお下がりの銃は当然初めて触ったもので、酷く重かった。
整備の仕方を習って、まずはちゃんと整備が出来るようになってからだと言われてから、訓練と雑用の合間に弄り回している。
「えっと、弾は六発」
いつものように入り込んだ一人きりの書庫で、座って呟きながら貰った薬莢を確認して、ふと俺は思いついた。
どうせなら、弾丸を海楼石で作ってみたらどうだろうか。
海軍辺りなら普通に持っていそうな武器だが、確かワンピースの世界では読んだことがない。十手の先に仕込んでる海兵はいたけど。
海楼石の弾丸があれば、最悪ティーチがヤミヤミの実の能力を手に入れても、撃って当てることが出来れば、能力を無効化できる。
海楼石はダイヤモンド並みに硬いらしいから、十分いけるんじゃないか。
思い立ったら行動有るのみだ。
整備の道具と弾丸を片付けて、貰ったホルスターで銃を腰から吊った俺は、そのまますぐに書庫を出た。
頭に思い浮かんだのがマルコの手についていたあの手錠だったので、あれを切り離したビスタのところへ向かうことにする。
甲板を覗いてもいなくて、部屋を覗いてもいなくて、きょろきょろしながらモビーディックをさまよった俺がビスタを見つけたのは、人の多い食堂だった。
「ビスタ隊長」
「ん?」
呼びかければ、遅い昼食を取っていたらしいビスタが振り返って、ナマエか、と俺を呼ぶ。
その一つ席を空けた右隣にマルコが座っていて、俺はぱちりと瞬きをした。
今日は初めて見た。いや、そういえば昨日も一昨日も会ってなかったから、三日ぶりかもしれない。
マルコは向かいに座っているサッチと話をしていて、こっちに気付いている様子はなかった。
そのことに少しだけ安心して、ビスタのほうへそろそろと近付く。
「ビスタ隊長、前に隊長が切った海楼石、まだある?」
「海楼石? ……ああ、あの手錠なら、第三倉庫にあるぞ」
第三倉庫、と言えば、確か船尾側にある奴だ。鍵の担当はどこの隊だったっけ。
そんなことを考えつつ、貰っていいかと尋ねると、ビスタは不思議そうな顔をした。
「海楼石をか? 何に使うんだ」
「銃弾にする」
問われた言葉に応えながら、俺は軽く自分の腰に手を当てた。
俺の動きに、俺が腰に下げている銃を見やったビスタが、そういえば最近は銃も習っているんだったか、と呟く。
どうしてそんなことをよその部隊の隊長が知っているのかは分からないが、間違っていなかったので俺は頷いた。
「どうだろうな、海楼石は加工が難しいんだが……まァ、オヤジに聞いてみるといい」
「わかった」
とりあえず許可を貰って、教えてくれてありがとうと頭を下げる。
思い出した、あの倉庫の管理は確か八番隊だった。
顔見知りのクルーがいるから、借りれないか聞いて、借りれたら海楼石を持って白ひげに許可を貰いにいくことにしよう。
「ああ。場所は分かるか」
「ん」
優しく聞かれたのに頷いて、顔を上げる。
ビスタの後方をちらりと見やったけど、マルコはまだこちらに気付いていないようだ。
こっちに気付いてくれたら何か話が出来たかもしれないけど、何を話せばいいのかまだ分からないから、ちょうど良かった。
今のうちに離れよう。
それじゃあとビスタへ別れを告げて、その場からきびすを返す。
ぱたぱたと駆けて食堂を出た俺は、ビスタが呆れた顔で隣のマルコを見たのには気付かなかった。
※
第三倉庫の一角には、海楼石で出来たらしいものがたくさんあった。
白ひげ海賊団には能力者もたくさんいるのに、どうしてこんなにいっぱい有るのだろうか。
よく分からなかったけど、棚に並んだいくつかの箱のうちの一つにマルコがつけていたあの手錠を見つけて、箱ごと手に取る。俺が汚した鍵穴がそのままになっているから、これで間違いない。
それを両手に持ったまま、俺はすぐに白ひげへ会いに行った。
今日も今日とて酒を飲んでいる白ひげ海賊団の船長は、これが欲しいが貰っていいかと尋ねた俺をしげしげと眺めて、それから軽く首を傾げた。
「海楼石なんざどうするつもりだ?」
「銃弾にする」
ビスタにも聞かれた問いに答えると、白ひげはぐびりと樽みたいな大きなジョッキを傾けた。
ごくごくとそんなに酒を飲んでいたら、そのうち体を悪くするんじゃないだろうか。それともワンピースの世界には肝硬変とか無いんだろうか。フォアグラがあるならありそうだけどどうだろう。
「弾にか。なるほど、それならその程度の量でもできそうだなァ」
俺の言葉に軽く頷いて、白ひげの手がジョッキを床へ置く。
それから少しばかり身をかがめた白ひげに見下ろされて、俺はその顔をまっすぐに見上げた。
「で、どこの能力者を狩るつもりだ?」
どこか面白そうに尋ねられて、すぐに答える。
「まだいない」
これはヤミヤミの実を手に入れた場合のティーチへの対策だ。
まだティーチは悪魔の実を食べたりしていないから、今のところは使い道なんてないだろう。
俺の言葉に、白ひげの眉が軽く動く。
「目的も無くそんな武器を作ろうってのか」
「目的はある」
少し呆れたような声を出されたのでそう言い返すと、なら言ってみろ、と白ひげに言われた。
何でそんなことを聞きたがるんだろう。
箱を抱えたまま、白ひげを見上げながら首を傾げる。
俺が武器を作るのは、強くなりたいからだ。
強くなりたいのは、マルコがいつかものすごく悲しい思いをすると知っているから。
マルコのために出来ることを精一杯やろう、と決めて、俺はこの船に乗り込んだ。
マルコが俺を要らなくなったって、あの時の気持ちが消えてなくなるわけじゃない。
マルコには忘れろと言われたから、忘れたことにするけど、それでもやっぱりなくならない。
「……オヤジやサッチが死んだら、マルコが泣く」
「グララララ! おれがそこらの能力者に負けるってか!」
だからそう言った俺の上で、白ひげが大笑いした。
『そこらの』能力者に殺されるわけじゃないけど、今それを言っても仕方が無いから、俺は首を横に振った。
「負けさせない。だから、コレが欲しい」
言葉と共に箱を白ひげの視界に晒して、俺はじっと白ひげの許可を待った。
俺のことを見下ろしていた白ひげが、やがて軽く息を吐き、改めてジョッキを持ち上げる。
「ふん。仕方ねェな。持っていけ」
「ありがとう、オヤジ」
そうして寄越された言葉にほっとして、俺は少しだけ体に入っていた力を緩めた。
そんなに緊張しているつもりはなかったけど、体は強張ってしまっていたようだ。
船長に許可を貰ったから、もうこの手錠は俺のものだ。
箱の中の、マルコがつけていた手錠を見下ろす。
材料は手に入れたから、後は加工するだけだ。
俺に出来るとは思えないから、次に立ち寄った島辺りで職人がいないか確認してみよう。金はどのくらいかかるのか分からないけど、見積もりくらいはしておきたい。
「あァ、加工するんならイゾウに声を掛けてみな」
そんなことを考えていたら白ひげにそう言葉を落とされて、俺は箱から白ひげのほうへと視線を戻した。
俺が船長室に入ってきたときみたいにぐびぐびとジョッキの中身を飲んだ白ひげが、俺を見下ろしてにまりと笑う。
「あいつァよく特注で弾を作らせてるからな。ツテもあんだろう」
「わかった」
言われた言葉に頷いて、俺は箱を抱え直した。
それじゃあ、さっそくイゾウを探すとしよう。行動は早いに越したことは無い。
行ってくる、と言葉を置いて歩き出そうとした俺へ、白ひげが言葉を投げてきた。
「誰に撃つんであっても、外すんじゃねェぞ」
言われた言葉に振り向けば、片手に酒を持ったままの白ひげが、まっすぐに俺を見下ろしていた。
それを見上げて、こくりと頷く。
「ん」
了承の意味で声を漏らして、俺はそのまま白ひげのいる部屋を出て行った。
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