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「ナマエ、危ないから気をつけろよー」
「ん」
今日の仕事は、魚釣りに決まった。
何人かの新人クルーと一緒に船尾へ移動して、同じように太い竿から糸を垂らす。
時々海王類がかかるからと言うことで、俺達の後方には五番隊の隊長が立って見張っていた。
かなりムキムキでおしゃれなシルクハットと口髭のそいつは、確かビスタだ。
そういえば、マルコの海楼石の手錠を切ったのもビスタだった。
海楼石っていうのは珍しいものだったと思うんだが、あれは一体どこに行ったんだろう。
「ナマエ、よそ見してると海に引きずりこまれるぞ」
見ていたのが分かったのか、呆れたように言いながらビスタが肩を竦めた。
何を見ているんだと聞かれて、ビスタ隊長を見てたと簡潔に答えながら視線を外す。
くいくいと手を引かれて見やると、俺が垂らした針に魚がかかったようだった。
引き上げようとしてみて、その引きの強さに軽くたたらを踏む。何だこの魚、重過ぎないか。
俺が引き上げられないでいるのに気付いて、自分の竿を隣に預けたクルーが、俺と一緒に俺の竿を掴んでくれた。
「いいか、せーので引くぞ! ……せーの!」
「ん!」
「そこはせーのって言えよお前!」
細かく人の言動に突っ込みながら、それでも力強い手がぐいぐい竿を引いて、ざばりと水しぶきがあがる。
俺の竿の先についているのは、大きな魚だった。マルコくらいあるんじゃないだろうか。
そして、その体の半分から後ろに食いついているのもまた、大きな生き物だった。
魚の身に食い込む鋭い牙に、顔の前方へ向けてついたぎょろりとした目、太い首とそこから繋がる胴体に、びっしり生えたうろこ。
どう見ても海王類だ。
「うわ出たァアアア!」
慌てたように他のクルー達が声を上げる。
それと同時に俺の服の襟首辺りが何かに掴まれて、ぐいと引っ張られた。
目を丸くしている間に海王類と他のクルーから距離を離されて、俺はちらりと後ろを見やる。
「マルコ?」
「危ねェだろい。離れてろ、ナマエ」
俺の体を海王類から遠ざけながら、言い放ったマルコが俺をちらりと見下ろした。
いつの間に後ろにいたんだろうか。
ぱちりと瞬きをしてそれを見上げた俺の視界の端を、濃い蒼の影が通り過ぎる。
それに気付いて視線を向ければ、たん、と軽快に欄干を飛んだビスタが海王類に切りかかったところだった。
瞬く間に、大きな海王類がさくさくと切り刻まれていく。
魔法みたいな、現実味の無い光景だった。
けれども、ぶしゃりと噴出した海王類の血とそのにおいが、これが現実だってことを俺へ伝える。
ビスタは強い。
いや、白ひげ海賊団は大体がみんな強い。
だからもちろん、ティーチも強い。
「……」
まずは、強くならなくちゃいけないかもしれない。弱いだけじゃ、きっと何も出来ない。
そんなことを考えていたら、ぱちん、と軽く音を立てて俺の視界がふさがれた。
マルコの手だ。
「見たくねェんなら、見なけりゃいい。ほら、こっちの雑用手伝えよい」
言いつつくるりと体の向きを変えられて、それから手を離されて視界を解放され、俺は目を瞬かせた。
見やった先のマルコは、もうこちらを見ていない。
先に歩き出したマルコに、慌てて軽く手を伸ばす。けれども届かず、マルコと俺の間には距離が出来ていた。
俺の今日の仕事は魚釣りだ。これだけの大所帯で、食糧確保という任務はかなり重大なものの筈だ。
さっきの海王類を食料に宛てるとしても、勝手に離れていいものだろうか。
「マルコ、俺まだ、」
「いいさナマエ、マルコについてきな」
仕事があると思うんだ、とその背中へ言おうと思ったら、後ろから声を投げられた。
ちらりと見やれば、軽く払った剣を鞘に収めたビスタが、にまりと笑いながら立っている。
あれだけ大きかった海王類はもうしとめられてしまったらしく、さっき俺と同じ竿を握ってくれていたクルーやその他のクルー達が、わいわいと海王類の頭を囲んでいた。
「ナマエのおかげで今日は肉にありつけそうだしな」
「そ?」
「ああ。次に釣りをするときは、もう少し鍛えてからだな。マルコも心配してんだろう、珍しいこった」
そんな風に言われて、俺は軽く首を傾げる。ちらりと見やると、マルコが甲板から船内に入る入り口近くで立ち止まっていた。待ってくれているようだ。
マルコの心配なんて、珍しいことだろうか。
マルコは優しいから、どちらかといえば心配性な気がする。よく俺が仕事で困ってると手助けをしてくれるのだって、まだ慣れてない俺が心配だからだろう。
なのに、珍しい?
「よく分からない……」
「ん? 鍛え方か? マルコに聞きゃいいさ」
俺の疑問を流したビスタはそう言って、少しずれていたシルクハットを直してまた笑った。
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