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君と酔漢



 極度の酔っ払いの行動というのは、酔っていない人間からすれば意味不明なものだ。

「ナマエ、ナマエ〜」

「どうしたマルコ、吐きそうか?」

「平気に決まってんだろい。おれを誰だと思ってんだよい」

 楽しそうにそんなことを言うマルコの顔はきっと上機嫌なのだろうが、俺からはまったく見えない。
 何故なら、マルコの体が俺の両足を跨ぐようにして俺の体の上に陣取っていて、その顔が俺の肩口にあるからだ。
 マルコの足がしっかりと俺の体を挟み、その両腕はがしりと俺の体に絡み付いていて、その右手で持っている酒瓶を呷っているらしい音が、時々する。
 今日は久しぶりに島につくということで、前夜祭と言う名の宴だった。
 いい酒が手に入る島だから少しでも多くその酒が買えるようにと、船に乗っている酒を減らすためというのが名目だ。
 弱くは無いが強くも無い俺はそれに付き合えず、あちこちで酒豪のクルー達に潰されていくほかのクルー達を介抱したり水を飲ませたりしていた。
 いくらなんでも飲みすぎじゃないだろうかなんて、そんなことを考えながら歩き回っていたその最中、突然背中にどすりと寄りかかってきたのがマルコだ。

『ナマエ、何してんだよい?』

 いつもの口調で聞くから、最初は酔っ払っているということにも全く気付かなかった。
 背中に寄りかかるようにしたマルコの腕が首元に回り、そうして強く抱きつく格好になってきて締め落とされかけて、そこでようやくマルコが酔っているということに気付いた俺は多分、間抜けの分類に入るだろう。
 そういえば、酔ったマルコには抱きつき癖のようなものがあったのだ。
 マルコを背負っては移動も出来なかったので、そこかしこで酒豪たちに潰されていくクルー達を見捨てて座り込み、どうにかマルコの腕を解かせようと頑張って、今に至る。
 せめて正面に回ってくれと言ってみたのが不味かったんだろうか。
 マルコの肩口に顎を乗せつつそんなことを考えながら、俺は自分が運んでいた水をグラスに入れて口へ運んだ。

「何だァナマエ、熱烈なことになってんな!」

 そこでそんな風に言葉が落とされて、視線を向ける。
 顔を赤くして酒の匂いを撒き散らしながらそこに立っていたのは、サッチだった。
 にやにや笑いながらその手が皿を差し出して、つまみらしい物が乗っているそれをありがたく受け取る。さっきからマルコが酒しか飲んでいないのだ。何か食べさせたほうがいいだろう。
 受け取った皿を傍らに置いた俺の隣に屈みこんで、まだにやにやと笑っているサッチがその手に持っていた酒に直接口をつけた。

「サッチもマルコも、よく飲むな」

「こんな解禁めったに無ェからな! あー、明日が怖ェ」

「……それならもう少し加減したらいいだろうに」

「いやだ!」

 ケラケラ笑うサッチの様子に、やれやれとため息を零す。
 少しは食事もとりながら飲んだほうがいい、とアドバイスしようと思った丁度その時、妙な違和感を肩口に感じた。
 何か硬いものが押し付けられている。
 上部と下部で対になったようなそれにはむはむと肩の辺りをはさまれて、くすぐったさに肩を竦めかけた俺は、それが何なのかに気付いてしまって戸惑った。
 甘噛みと言うのもおこがましいほどにやわやわと触れるそれは、どう考えても歯だ。
 何故、マルコが俺の肩を噛んでいるのだろうか。

「…………マルコ?」

「……何でもねェよい」

 呼びかければすぐに俺の肩はマルコの口から解放されたらしく、少しばかり不機嫌そうな声を出したマルコがその顎を改めて俺の肩口に乗せた。
 酔っ払い特有の、意味も無い行動だろうか。
 よく分からず首を傾げながら視線を向けると、何故かサッチが口元を押さえてふるふると肩を震わせている。

「……どうしたんだ、サッチ」

「いや! いや、何でも、ぷ、ねェから……ぷ、くくくっ!」

 もしや吐きそうなのかと思って窺ったが、どうも笑いを堪えようと頑張っているだけのようだ。

「……何か楽しいことでもあったか?」

 見たところ何の変哲もない宴なのだが、誰か一発芸でもしたのだろうか。
 どうせなら見てみたかった、なんて思いながらサッチへ尋ねると、髪を痛みを感じない程度に後ろへ引かれて、俺はまたもマルコへ注意を戻した。
 何故なら、どう考えても今俺の髪を引っ張ったのはマルコだからだ。

「マルコ? どうかしたか」

「…………何でもねェよい。ナマエも飲むかよい」

「いや、俺は今日は遠慮しておこうかと……」

「ぶはっ! ぎゃははははは!」

 何の面白みもない会話をしていたはずの俺とマルコの横で、ついにサッチが爆発した。
 甲板に転がった楽しそうなサッチを見やり、それから先ほどから意味不明なマルコの体を抱え直して、どこの世界でも酔っ払いと言うのは意味不明なのだなと俺がしみじみ感じてしまったのは、もはや仕方の無いことだろう。



end

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