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君と刺青
※刺青話につき注意



「ナマエ、刺青入れるって本当かよい」

 問われて、俺は視線を傍らへ向けた。
 夕食も終わって自室へ帰り、夜中の見張り番までのあと一時間を本でも読んで過ごそうかと思ったところだ。
 ベッドへ腰掛けた俺の横にはいつの間にやら先ほどまで何か書類を整理していたはずのマルコがいて、伺うようにこちらを見ていた。

「耳が早いな。船医に聞いたのか?」

 マルコを見やってそう尋ねれば、やっぱり本当なのか、とマルコが少しばかり眉を寄せる。
 自分は胸に大きく刺青を入れているというのに、俺が刺青を入れるのには反対なのだろうか。
 少しばかり首を傾げた俺の横で、マルコが口を動かした。

「オヤジのマークを入れるのかい」

「まあ、そうなるな」

 麻酔は使うと言われたが、船医の脅しに寄れば、やはりそこそこ痛むらしい。
 だから、あまり大きいものを入れようとは思っていない。
 マルコはよく耐えたものだ。胸にマークを抱いた同室の相手を見やった俺を、マルコの視線が見つめ返す。

「…………刺青は、そこそこ痛ェよい」

「何だマルコ、お前も俺を脅かすのか」

 船医と同じ台詞を寄越されて、俺は小さく息を吐いた。

「ナマエには、痛い思いはさせたくねェよい」

 俺へ向かって言い放つマルコは、どうやら俺に刺青を入れさせたくないらしい。
 おそろいのマークを入れるのだから喜ぶかと思ったのに、それよりも俺のことを心配してくれているようだ。
 それは嬉しいが、なんと言って説得したものだろうか。
 少しばかり唸って、俺はマルコを眺めた。
 俺が白ひげのマークの刺青を入れたいのは、そうすることで少しはマルコが安心してくれないかと思ったからだ。
 俺が帰れないらしいと分かってからは少し落ち着いたようだが、やっぱり今でもマルコはよく俺を探している。
 船が島についた時が特に顕著で、他のクルー達が俺をマルコの歩き回っているほうへ誘導してくるほどだ。
 もしも船内放送が出来たら、俺は着岸中、常にマルコに呼び出しを受けているんじゃないだろうか。
 俺の体に白ひげのマークが入れば、俺がここへ残りたいと思っているという目に見える証になるだろう。
 口で言ってもあまり効果が無いようだから、もうこれしかないんじゃないかと思ったというのに。

「……そんなに大きいものを入れるつもりはないんだが」

「そうかよい。でも、小さくても痛ェもんは痛ェよい」

「掌より小さいくらいのをだぞ?」

 入れてもらうのは肩口辺りにしてもらう予定だ。この間受けた傷跡を誤魔化す意味でも丁度いい。
 自分の肩口を指差した俺の言葉に、マルコの眉間にはますます皺が寄った。
 その手が伸びてきて、自分の肩口辺りを指差していた俺の手を掴み、本を持っていた俺のもう片手も掴む。
 マルコの両手に両手を囚われる格好になった俺は、ベッドに座って手を握り合うという体勢のままで正面からマルコを見た。

「ナマエ……」

 人の名前を呼んで、マルコはやっぱり心配そうな顔をしている。

「そんなに心配しなくても、気絶したり泣いたりはしないと思うから大丈夫だ」

 刺青を彫るのが痛いとは言っても、さすがに鉄剣が刺さったあの時ほどの激痛ではないだろう。
 もしかしてマルコがこんなにも心配しているのは、あの時俺が部屋で気絶していたからか。そうだとしたら、少し自分が情けない。
 俺の言葉を聞いて、やっぱりそう思っていたのか、わかんねェだろい、とマルコが唸った。
 俺の手を握るその両手に力が入っていくのを感じながら、大丈夫だ、と俺は繰り返す。
 もしも片手が自由だったなら心配性なマルコの頭を撫でているところだが、残念ながら俺の両手はマルコの手によって捕らえられたままだった。

「マルコは胸に刺青を入れたとき、泣いたり気絶したりしたのか?」

「するわけねェだろい」

「じゃあ、俺だって大丈夫だ」

 畳み掛けるように繰り返すと、けど、と呟いたきりマルコは口を閉じてしまった。
 その手がしぶしぶと言った様子で俺の両手を解放して、しばらく押し黙ってから小さくため息が落とされる。

「…………じゃあ、痛む時はすぐおれに言えよい」

「慰めてくれるのか」

「当然だろい」

 俺の言葉に、マルコは大きく頷いた。
 任せろ、と言いたげなその様子に何となくほほえましい気分になって、少しばかり口元が緩む。
 俺の表情に気付いたのか、その視線をこちらへ向けたマルコが、む、と口を少しばかり尖らせた。

「……何笑ってんだよい」

「いや、何でもない」

 その表情が小さかったマルコのままに見えて、口の緩みが元に戻せない。
 いつまでもニヤニヤ笑っていてはおかしいだろうと少しマルコから目を逸らして、気を紛らわせるために思い付きを口にした。

「もし肩に入れて耐えられそうなら、もう少し大きいのを増やせるか考えてみるか。赤犬みたいに大きいのは絶対に無理だろうけどな」

 確か、サカズキは左半身にかけて大きく時代劇のような桜吹雪の刺青を彫っていたはずだ。
 マルコといいエースといい海軍の赤犬といい、俺が知っている刺青を入れている人物は大きい刺青が多い気がする。
 大きい刺青は見映えするだろうし、目立つからマルコに見せやすくはなるだろうが、さすがに半身にかけて刺青を入れてみようと思える度胸は無い。
 もし入れるなら二の腕にかけて入れてもらう程度にしたほうがいいんだろうか、なんて小さい刺青にも耐えられるかわからないのにそんなことを考えていたら、がしりと先ほど解放されたばかりの右手が掴まれた。
 それを感じて視線を向ければ、マルコの手がしっかりと俺の右手を掴んで、どうしてかその目が窺うようにこちらを見ている。
 どうしたのかと首を傾げると、恐る恐ると言ったふうにマルコが口を動かした。

「…………なんで、赤犬の刺青の大きさなんて知ってんだよい?」

「……………………あ」

 噂で聞いたんだ実物は見たこともない、と誤魔化すまで、一時間掛かった。




end

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