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15




 小さな『マルコ』による厳選の結果、彼曰くの『秘密基地』には少量の水が入った樽と俺が買ってやった本、それからあの鉢がとりあえず運び込まれることになった。
 イゾウに借りた倉庫の鍵を使って入った倉庫の端の、一番物の無い一角にそれを並べる。
 窓のある倉庫だったので、窓の外から注ぐ光が室内を照らしていた。
 これなら子供が一人でここへ来る時も、ランプなんて危ないものは持たせないで済みそうだ。

「んーっと、これ、そこにおくよい」

「ここか?」

「ん!」

 指示されるがままに鉢を日当りのいい棚に置いてやると、こくりと子供が頷く。
 船が揺れても倒れて落ちたりしないように棚へ固定してやってから、俺もその鉢を見つめた。
 きれいにならされた土が入ったそれには、何の種すらも植えられていない。
 この『マルコ』は結局これをどうするつもりなのだろうか。
 しゃがみ込んで眺める俺の横へ近寄って、『マルコ』も同じように鉢を眺める。

「これでだいじょぶよい」

「……そういえば、これは何に使うんだ?」

「? つちはつちよい」

 俺の疑問に、不思議そうにした子供が寄越したのは答えにもならない答えだった。
 まったくもって参考にならないそれに、けれどもとりあえずそうかと頷いてやって、鉢と棚の端の間に『マルコ』の本も置いてやる。
 嬉しそうな顔をしてそれを眺めた子供が、小さな樽を同じように置こうとしてから、ふと何かに気付いたように俺へ視線を向けた。

「そうだ、ナマエ」

「ん?」

「ナマエは、おっきいマルコのおとーとになったよい? それともおよめさんよい?」

「………………」

 あまりにも唐突すぎる問いかけに、一瞬反応することができなかった。
 ゆっくりと視線を子供へ向けてみるが、子供は随分と真剣な顔をしている。
 どう考えても冗談を言う顔ではない。
 むしろぎゅうっと水樽を抱えたまま、その瞳をきらきらと輝かせてすらいた。

「おっきいマルコはマルよい? マル、おっきくなるよい! だから、ナマエはマルのおよめさんよい?」

「…………なんで、俺が『およめさん』になる選択肢があるんだ」

 とりあえず尋ねながら、『マルコ』を見下す。
 頭からぴょこんと小さな芽を伸ばしたままの子供が、ぱちりと瞬きをしてから首を傾げた。

「だってナマエ、りさのだんなさまにはならないっていってたよい」

 紡がれたその名前は、随分と懐かしいものだった。
 そういえば、少しませていたあの子は元気にしているだろうか。
 きっともう、俺へプロポーズしていたことなんて忘れているに違いない。

「だからマルがおよめさんにして、マルのかぞくにするよい!」

 何とも素晴らしいことのように言葉を紡いで、子供がえへんと胸を張る。
 紡がれた言葉に、俺はこの小さな子供と同じ姿をしていた『子供』からもプロポーズされていたことを思い出した。
 俺にとっても昔の話であるそれは、もう大人になってしまったマルコからするともはや随分と過去の話だ。
 あの頃が俺のモテ期だった気もする。子供限定であったというのが悲しいが。
 水樽が重いのか少し震えているその腕から水樽を奪い取ってやって、本と鉢の隣に置きながら俺は肩を竦めた。

「『およめさん』になった覚えはないな」

 いくらマルコでも、こんなに小さい頃にプロポーズしていたことなんて覚えていないだろう。
 それに、あれだけ何の頓着もせずくっついてくるマルコが、男をそういう対象としていないことくらいは分かる。
 俺の言葉に、えー、とどうしてか子供が不満げな顔をする。
 そちらを見やって、今だって家族だぞ、と俺は呟きつつ自分の服の襟ぐりを引っ張った。
 肩口に見えただろう刺青に、子供がぱちりと瞬きをする。
 伸びてきたその手が、服の隙間から入り込んで、俺の肩に触れた。

「……ナマエ、いれずみしたよい?」

「ああ。俺が、白ひげ海賊団だっていう証だ」

 小さな手でたどるように触られて、少しくすぐったいのを我慢する。
 色が落ち着くまでは少しばかり痛んだが、今はもうそんなこともない。
 あんまりにもひりひりと痛むものだから、マルコはよくあんな大きな刺青を入れられたものだと感心してしまったのもしばらく前の話だ。
 やや置いて俺の体から手を離した『マルコ』は、それから自分の体を見下ろして、むっと眉間に皺を寄せた。

「じゃあ、マルもいれるよい!」

「……いや、お前にはまだ早いだろう」

 小さな体で何を言うのかと思ったら、そんな発言をされて思わずそう呟いていた。
 やあよい、いれるのよい、と何故かそう主張されて、落ち着かせるために頭を撫でる。

「大きいマルコは入れていただろう。だから、もう少し待つといい」

「だって、マルはあにきなのに! マルよりさきにいれずみしたらだめなのよい!」

 寄越された言葉に、どうやら俺が先に刺青を入れていたのが不満だったらしい、と把握した。
 まだなにがしかを主張しようとしてくる子供の体を持ち上げてから座り込み、自分の膝の上に子供を乗せてみる。
 掃除が行き届いているとはいえここは倉庫だから服が汚れただろうが、そんなものは着替えればいいだけの話だ。

「そう心配しなくても、俺がもう一度会った時には『大きい方のマルコ』は刺青をしていたんだから、お前の方が先に入れていることになるんじゃないか?」

 今の大人であるマルコはもちろん、手配書に載っていたマルコも、すでに胸に大きな刺青をしていた。
 白ひげの誇りをその胸に刻んでいたマルコの姿を思い浮かべたのか、眉を寄せながらも大人しくなった『マルコ』が、それからやや置いておずおずと俺を見上げる。

「…………ナマエ、それ、いたかったよい?」

 恐る恐ると寄越された問いかけに、素直に頷くことは憚られた。
 だから、少しだけな、と嘘を吐いて、子供を見下ろしながら話を逸らすことにする。

「家族は家族だが、なんでお前はいつも俺を『弟』にしたがるんだ?」

 小さな頃にも何度か言われたし、この船に乗る時もマルコに言われた言葉だ。
 どちらかと言えば俺の方が兄ではないかと思うのだが、どうしてマルコや『マルコ』はそうも俺を『弟』にしたいのだろうか。
 『マルコ』の記憶があるなら分かるかと思って尋ねた俺に、きょとんとした顔をした子供が、それからぐっと小さな手で拳を握る。

「だって、たいちょーがいってたよい。さきにいるのがあにきで、あとからかぞくになったらおとーとよい」

 確かにその理論では俺が弟と言うことになるかもしれないが、年齢的にいろいろと無理がないだろうか。
 そんな風に思った俺の前で、どうしてか『マルコ』が握った拳を胸元へ引き上げた。
 何かに意気込むような格好になってから、高らかに小さな口から宣言が漏れる。

「あにきは、おとーとをまもるのよい。マルがナマエをまもったげるよい! だからナマエはおとーとよい!」

「…………なるほど」

 どうやら、マルコは小さな頃から、庇護欲が強かったらしい。
 そんな風に思っていてくれたなんて全く知らなかった。
 何だか嬉しいような気がしてそっと頭を撫でると、ふん、と鼻息も荒く意気込んだ子供が、ぎゅっと俺の服を掴んだ。




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