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 剥き終えた芋を厨房へ届けた後は他の係りと一緒に洗濯をして、絞り終わった洗濯物を籠から取り出した『マルコ』から受け取って干す、という作業を何度も行った後、ようやく俺に自由な時間が訪れたのはもう夕方だった。

「お疲れさん」

「つかれたよい」

 いつの間にか近くに来て座りながら眺めていたイゾウがそんな風に声を掛けて、ふいー、と息を吐いている子供の頭を撫でている。
 子供がそばにいるせいか、いつも持っている煙管からは煙が出ていなくて、その様子に感心しながらからの籠を片付けた。
 サッチがあちこちで言い回っているせいか、イゾウも既に近くにいる『マルコ』が『リリカモドキ』と呼ばれる植物であることを知っているらしい。
 害は無いんだろうと言って笑った他のクルー達もだが、随分とあっさり受け入れたものだ。
 態度だって、知る前と何一つ変わった様子もない。

「『マルコ』、次は何するんだい? 暇なら、おれと遊ぼうか」

「マルはナマエとあそぶのよい!」

「あれま、振られちまった」

 優しく笑ったイゾウが呟いて、何をして遊ぶんだと子供に聞いている。
 うーんとそれを受けて少し悩んだそぶりを見せてから、マルコの視線がこちらを向いた。
 最後の籠を片付け終えて、よし終了だ、と軽く手を叩いた俺がそれを見返せば、やや置いてから逸らされた視線がイゾウをもう一度見上げる。

「ナマエとひみつきちつくるよいっ」

「へェ。どこに?」

「それはないしょよい。ひみつきちよい」

 短い指を口元にあてて『しい!』と息を漏らした子供の言葉に、俺も首を傾げる。
 秘密基地なんて作れる場所、このモビーディック号では倉庫か空き部屋くらいしかないだろう。
 けれども空き部屋は殆ど物置のようになっているし、倉庫はそれぞれの隊が管理して鍵をかけているはずだ。一番隊の管理の倉庫は火薬があるから、できれば子供の『マルコ』を入らせたくはない。
 どこか使ってもいい場所があったか、と船内を思い浮かべている俺の前で、なるほどねえ、と納得の声を漏らしたイゾウが、それから自分の服をごそりと漁った。
 そうしてそこから取り出した鍵を、『マルコ』の小さな手へ握らせる。
 ちらりと見えたそれは、どうやらイゾウのいる隊が管理している倉庫の鍵のようだ。
 なんでそんなものを持ち歩いているのだろうか。
 怪訝そうな俺をよそに、わざとらしく声を潜めたイゾウが子供にひそひそと囁いている。

「それじゃあ、こいつを預けとくよ。秘密の場所の鍵だ」

「ひみつのばしょ、よい……?」

「そうさ、鍵がなけりゃあ入れないんだ。その代わり、内緒の秘密基地が出来たらおれも一度招待しておくれよ」

 勝手に鍵を押し付けておいてそんなことを強請るとは、何という自分勝手だろうか。
 けれども子供はそんなことには気付かず、どこか嬉しそうな顔をして鍵を握りしめてから、わかったよい! なんて元気のいい返事をしている。
 そのまま俺の方へ近寄ってきた子供が両手を上げたのを受けて、俺は子供の体を抱き上げた。
 洗濯物を触っていたからか、子供からは少しばかり洗剤の匂いがする。

「ナマエ、ひみつきちつくるよい!」

「そうか。分かった、それじゃあ何を持っていくんだ?」

「んっと、えーっと……」

 言われた俺が尋ねると、『マルコ』は小さな手で何が必要かを指折り数え始めた。
 一生懸命悩んでいるところ悪いが、水は食堂で飲むべきではないだろうか。倉庫で零したら慌てるのは自分だというのに。

「本当に、『マルコ』と何にも変わんないねェ」

 俺が抱き上げた子供を見やって笑ったイゾウが、そんな風に言いながらようやく立ち上がる。
 そうして近寄ってきてから、でも、と言葉が紡がれた。

「あんまりそっちの『マルコ』にばっかり構ってると、あっちのが拗ねちまうぜ、ナマエ」

 そっちの、というのがこの子供のことならば、『あっちの』というのは大人の方のマルコのことに違いない。
 大人になって拗ねるも何もないだろうと肩を竦めてから、けれどもそういえばマルコの様子がおかしいことを思い出して、目の前のイゾウの顔を見やる。
 俺の視線に気付いて、どうしたんだいと呟かれたから、俺は口を動かした。

「飛びついたりしてこなかったのは、拗ねているに入るのか?」

「…………ん?」

 言ってみてから、いややっぱりそういう結論はおかしいか、と思い直す。
 普通は飛びついてこないものなのだ。
 もともと、大きなマルコが俺を探して飛びついてくるのは『俺がそこにいること』を急いで確認したいからであって、そのうち落ち着いてくれるだろうと思って放っていたのは俺なのだから、落ち着いてくれたことにほっとするべきであるはずだ。
 俺の言葉を吟味したらしいイゾウが、それから首を傾げる。

「……飛びついてこなかったって? あいつが?」

 少し驚いた顔をしているのは、それだけ俺に飛びついてくるマルコの姿が日常に溶け込んでしまっていたからだろう。
 不思議そうな顔をしたイゾウに軽く頷いてから、俺は小さく息を吐く。

「……まあでも、あの癖がなくなっただけかもしれないな」

 とりあえず呟いた俺に、そんな簡単な話じゃないだろうよ、とイゾウはどこか呆れた声を出していたが、俺もイゾウもマルコではないのだからそう判断する要素はどこにもなかったのだった。




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