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 朝食を食べ終わった後、芽を隠すために子供へ帽子を被せてから三人で降りた島は、日暮れ前だった昨日に比べると随分人であふれていた。

「きょうはおみせいっぱいよい!」

 嬉しそうな声を出した子供を見やりつつ、昨日は夕方だったからな、と呟く。
 俺の言葉など気にした様子もなく屋台へ駆けて行った子供は、きらきらと輝く瞳を屋台で売っているものへ向けて、それからくるりと俺とマルコの方を振り向いた。

「ナマエ、これなによい!?」

「食べ物だな。名前は、あー……」

 寄越された問いに屋台に置かれた看板を見やって答えてから、俺も子供と同じように屋台へと近づく。
 子供の様子で分かっていたのか、二つくれ、と告げた俺へ店主は笑顔でその串にささった焼き物を寄越してくれた。
 ベリーと引き換えに受け取ったもののうちの片方を、目を輝かせたままの子供へ差し出す。

「ほら。落とさないようにな。さっき朝飯を食べたばかりだから、苦しいようなら俺と半分にしよう」

「だいじょぶよい! ありがとうよい!」

 嬉しそうな声を出した子供が、俺から串を受け取った後で『いたきます!』と高らかに間違った挨拶を零してから、それへかじりつく。
 さっき朝食を食べたばかりだというのに平気そうな様子を見てから、店主に飲み物を一つ頼んで、空いた手でベリーを支払ってから飲み物を受け取った。
 そうして俺と子供を眺めていたマルコを指先で手招いて、近寄ってきた相手へ串焼きを差し出す。

「……おれにもかよい」

「食べないのか?」

 呟いたマルコへ首を傾げれば、食うけどよい、と呟いたマルコが俺から串を受け取る。
 そのまま口を開けて刺されているものに噛みつこうとしたのを、ああ! と下から上がった声が引き止めた。
 驚いてマルコと二人そちらを見やれば、すでに串の半分を食べた子供が、眉間に皺を寄せてマルコをにらんでいる。

「だめよい! マルコ、たべるときはいたきますよい!」

 非難の声に視線をマルコへ向けると、俺の視界に子供に負けぬとも劣らぬ眉間のしわを刻んだマルコが入った。
 その口が小さくため息を零してから、イタダキマス、と何ともやる気のない挨拶をして、マルコが改めて串焼きに噛みつく。
 それを見上げて満足げに頷いてから、子供は串の残りを平らげることにしたようだった。

「……自分が間違ってるのは気にしねェのかよい」

 呆れたようにマルコが呟いているが、子供はそれが自分あてだと分からないのか、気にした様子もない。
 もぐもぐと食べる二人を見やって飲み物をちびちびと飲みながら、やっぱり、と俺は一人で頷いた。
 別々のタイミングで食べ始めているはずだというのに、対象に噛みついてそれを噛みしめるタイミングが、二人とも同じだ。
 どちらも相手に合わせようとしている様子もないのに。これがリリカモドキとやらの擬態能力の片鱗なのだろうか。
 そんなことを考えて眺めている間に、さきに食べ終えた子供が、くしを屋台横のくず入れへときちんと入れる。

「ナマエ、マルおみずのみたいよい」

 そうして寄越された言葉に、俺はちらりと自分が手に持っている飲み物を見やった。
 この屋台の容器は、少し大きめだ。
 新しく買ってももしかしたらすっかり飲んでしまうかもしれないが、さっきから飲み食いしてばかりなのだ。少し加減させた方がいいかもしれない。

「……俺の飲みかけだが、こっちでいいか?」

 そう思っての俺の問いかけに、だいじょぶよい、と子供が頷く。
 了承を受け取ってから、俺は伸ばされたその手に自分が持っていた飲み物の容器を掴ませた。
 すぐにその口が紙コップにくっつけられて、んく、んくと喉を鳴らしながら子供が中身を飲み込んでいく。
 やがて、ぷは、と小さく息を漏らしてから容器を下げた子供は、それからそれを俺の方へ向けて差し出した。

「はんぶんこよい!」

 まるで分け与える側のような言葉を寄越した子供から、ありがとうと容器を受け取る。
 中身は、確かにさっき飲ませようと渡した時より半分ほど減っていた。
 おいしかったよい、と屋台の店主へ声をかけている子供を見やっていたら、ナマエ、と傍らから声をかけられる。
 視線を向けると、少し遅れて食べ終えたらしいマルコが、何も刺さっていない串を片手にどこか不本意そうな顔をしていた。

「ん? どうかしたか、マルコ」

 問いかけながら、こちらを見ているマルコの視線が俺の手元の容器へ向けられていると気付いて、それをそのままマルコへと差し出す。

「マルコも飲むか? 少ししかないが」

 量は少ないが、のどの渇きを潤すには十分だろう。

「……いや、おれは、」

「あー!」

 俺の言葉に遠慮がちに零したマルコの声を遮ったのは、店主に話しかけていたはずの子供の歓声にも似た声だった。
 慌ててそちらを見やれば、いつの間に俺達のそばから離れていたのか、帽子をかぶった子供が、通りの反対側にある小さな店の軒先に立っていた。

「……何してんだよい、あいつ」

 呆れた声を零したマルコが、とりあえず串をくず入れに捨ててから子供の方へ向かう。
 受け取ってもらえなかった容器を片手に俺もそれを追いかけて、俺とマルコは二人揃って子供の方へと足を進めた。

「どうしたんだ?」

「つち! ナマエ、つちよい!」

 声をかけた俺へ、興奮した様子の子供がそう声を上げる。
 つち、という言葉に子供が指差した方向を追いかけた俺は、そこに積まれた麻袋とその横の茶色い塊に、おや、と目を瞬かせた。
 確かに、どう見ても土だ。
 少し考えてから店内を見回して、それがそこにある理由を把握して息を吐く。
 どうやら、この小さな店は園芸品店だったらしい。

「つちーっ」

「それは売り物なんだろうから、触ったら駄目だ」

 嬉しそうに麻袋の方へと進もうとする子供の体を軽く掴んで引き止めたところで、店の奥からかたんと小さく音がする。
 それとともに奥の暗がりから人影が現れて、いらっしゃいませ、と随分と朗らかに言葉を紡いだ。
 視線を向ければ、にっこりと笑った女性が一人で立っている。
 少し土で汚れたエプロンをつけている。多分この店の従業員か店主だろう。
 そう判断して軽く頭を下げた俺へと近寄って、子供の手ががしりと俺の服の裾を掴んだ。

「ナマエ、つちよい! つちほしいよい!」

 頬を赤くして期待に満ちたまなざしを向けながらの言葉に、俺は子供を見下ろして首を傾げた。

「……なんでそんなに土に執着してるんだ……?」

 植物としての本能なのだろうか。
 だとしたら諦めさせるのも可哀想だと判断して、俺はもう一度子供が突撃していた土の入っているらしい麻袋や土の山の方を見やる。
 書かれている値札はキロ単位での価格のようだが、そんなに大量の土を船に持ち帰ったって置き場に困るだけだ。
 少し考えてから、視線を店員へと向けた。

「すみませんが、量り売りはしていますか」

「え? 量り売りですか? はあ、まあ……」

 いくらなんでも不思議な発言すぎたのか、とてつもなく困った顔をした店員が、それでもこくりと一つ頷く。
 ちょっとおかしな客だと思われたかもしれないが、言質を取ったので、俺は視線を子供へ戻した。
 掴んでいた手を放して、代わりにとんとその背中を叩く。

「それじゃあ、自分で持てる大きさの好きな鉢を一つ選んでくれ。それに入る分だけ土を買おう」

「よい!」

 俺の言葉にとてつもなく嬉しそうな顔をして、元気よく返事をした子供が店内の一角へと突撃していった。
 プランターや鉢の並んだ可愛らしいそこへ向かった小さな背中を見送ってから、傍らのマルコへ視線を移す。

「マルコも買うか」

「いらねェよい」

 どうしろってんだよい、と呆れた顔をしたマルコへ、それもそうか、と頷いた。
 そうしてマルコから子供へ視線を戻せば、棚のそばにしゃがみ込んだ子供が、うーんと唸りながらたくさん並んだ鉢を眺めている。
 とてつもなく真剣だ。
 持てるものを、と言ったからかいくつか持ち比べてもいる子供の様子に、ふ、と小さく息を吐いたところで、あの、と隣から声が掛かった。
 見やれば、店員が俺とマルコの方へ近寄ってきて、その目で俺と同じようにちらりと子供を見やる。

「違っていたらごめんなさい。もしかして、あの子『リリカモドキ』じゃありませんか?」

 さらりと寄越された子供の正体に、俺はぱちりと瞬きをした。
 どうしてそう思うのかを尋ねると、だって、と呟いた彼女の視線が子供からマルコへ向けられる。

「あの子もそちらの方も同じ名前みたいだし、そっくりだし。それに、何年かに一回、似たような方が来ることがあるので」

 言い放たれて、ちらりとマルコを見やる。
 俺と同じようにこちらを見たマルコと目を合わせてから、改めてもう一度彼女へ視線を戻した。
 もしかすると、あの子供のような状態は、この島の人間ならあり得る事態なのだろうか。
 俺の疑問に答えるように、微笑んだ彼女が頷く。

「この島にはリリカモドキの群生地がありますから。別に、害も無いですしね」

 さらりと紡がれた言葉に、そうなんですか、と思わず声を漏らした。
 ええ、とそれへ頷いて、店員が少しばかり困った顔をする。

「しいて言うなら、記憶を借りてくってことくらいですから」

 そうしてそんなふうに言われて、俺はぱちりと瞬きをした。
 俺の反応を気にした様子もなく、女性は麻袋に近付いて、その隣にシートのようなものを広げた。
 量り売りの用意をしてくれているらしい彼女へ近づきながら、恐る恐る尋ねる。

「…………記憶を借りるんですか?」

「え? ああ、はい」

 俺の言葉に不思議そうな顔をした店員が、頷いてからその視線をマルコへ向けた。
 先ほどと同じ場所に佇んだままのマルコが、戸惑ったようにその視線を受け止めているのが見える。

「ああやって小さな頃の姿に擬態している間、あの子はその頃の貴方に『なり替わって』るんです。多分、貴方自身今は覚えていないと思いますが、知っていることも言うこともすることも、あの頃の貴方とほとんど一緒のはずですよ」

 言われた言葉に、俺は視線をマルコから子供の方へと向けた。
 まだ鉢を前にしてうんうんと唸っている子供は、確かにどう見ても小さな頃の『マルコ』だった。
 知っていることも、言うことも、そのほとんど何もかもだ。
 それがマルコの『記憶』に基づくものだというのなら、納得もできる。
 それに、昨晩、マルコ自身から『昔のことが思い出せない』のだと訴えられたばかりだ。
 子供からゆっくりマルコへ視線を向けると、マルコは俺と同じように子供の方を見やっていた。
 何とも言えない複雑そうなその顔を見やってから店員へ顔を向ければ、俺に気付いた店員が笑顔を浮かべる。

「発芽したら元の姿に戻りますし、そうしたら借りている記憶は持ち主に戻るらしいんですけどね」

「…………それはまた……不思議な植物ですね」

 思わずつぶやいた俺へ、店員が不思議そうに首を傾げた。

「グランドラインでは、そう珍しいものでもないでしょう?」

「…………ああ、なるほど」

「いや、珍しいに決まってんだろい」

 さらりと寄越された言葉に思わず納得してしまった俺に、納得してんじゃねェよい、とマルコが呆れたような声を出した。
 そうは言うが、この世界には確か、島が丸ごと食肉植物というとんでもない場所ですらあるはずなのだ。
 それを思えば、このくらいの不思議ならありえない話でもないような気がする。
 そんなことを考えていたら、ぱたぱたと足音を響かせて、小さな頃のマルコの記憶を持った子供が俺の方へと駆け戻ってきた。

「ナマエ、これにするよい!」

 にこにこと笑って差し出された小さな鉢を見下ろしてから、わかった、と頷く。
 この子供が『マルコ』としての記憶を持って、この姿で俺を見上げて声を掛けてくるというのなら、この子供は正真正銘、『マルコ』だということになるのだろうか。
 今さら過ぎるが、ずっと別物だと思っていた子供を前にしてそんなことを考えて、小さく息を吐く。
 すぐ横に大人になったマルコがいるというのに、一緒に『子供のころのマルコ』が存在しているというのは、何だか随分と妙な感覚だ。

「…………『マルコ』」

「? なによい?」

 呼びかけてみると、不思議そうに子供が首を傾げた。
 それを見下ろして、なんでもないと言葉を紡いでから、伸ばした手で子供から鉢を受け取る。
 それをそのまま店員へ差し出すと、店員が両手で俺からその小さな鉢を受け取った。

「すみませんが、これに土を量り売りで」

「はい、かしこまりました。リリカモドキがよく育つ土にしておきます。軽石なんかはおまけにしますね」

 にっこり笑って言い放った店員が、その笑顔を子供へ向ける。

「マルコくん、頑張ってきれいなお花を咲かせてね」

「? よい!」

 言われた意味が理解できているかは疑問だったが、とりあえず子供の返事はとても良いものだった。




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