10
「…………すまねェない、ナマエ」
「……いや、大丈夫だ」
すっかりしびれた足をどうにかほぐそうとしながら、手を伸ばした俺は図鑑を捕まえた。
折ってあったページを開いて申し訳なさそうなマルコへ見せれば、その目がぱちりと不思議そうに瞬く。
「そこの、『リリカモドキ』。多分、それだ」
じんじんとしびれる足に触りながら言葉を紡げば、マルコの視線が俺の示したところへと集中する。
数分かけてそこに書かれていた文章を読み込んでから、図鑑を閉じたマルコの目は、まだベッドで眠っている子供へ向けられた。
「…………植物かよい」
「そうらしいな」
俺が呟いたのと似たような言葉を紡いだマルコへ、思わず笑う。
俺の顔を見て目を瞬かせたマルコが、なんで笑ってんだよい、と少しばかり不思議そうな声を出した。
「俺と似たようなことを言うから」
だからそれへ正直に答えつつ、俺もちらりと子供を見やる。
俺達の会話で目が覚めたのか、小さく唸った子供が、もぞりと身じろいでからゆっくりと目を開けた。
「…………んー……ナマエ……?」
「おはよう」
「ん、おはよーよい……」
俺の言葉へ返事をしつつ、子供がむくりと起き上がる。
ようやく足のしびれも取れてきたので、二人のマルコを促してから、俺達は顔を洗って着替えを終わらせた。
そのまま食堂へ向かって、三人で揃って朝食をとることにする。
テーブルについた俺達をちらちらと見ていくクルーがいるのは、当然、小さい『マルコ』がいるからだ。
「……それで、オヤジには言うのかよい」
朝食のトレイをテーブルへ置いてから、マルコが言葉を落とす。
何の話だと向かいからその顔を見やると、マルコの目がちらりと自分の隣を見やった。
どうしてかマルコの隣に座った子供は、すでに食事開始の挨拶を終わらせていて、先ほど注いだグラス一杯分の水を飲み干したところだった。
「言うつもりだが、まだちょっと早い時間だな」
まだ朝日が昇って少ししか経っていない。
白ひげはよく何人かのクルーと酒盛りをしているので、起きてくるのは大体昼過ぎだ。
急を要する話でもないのだから、相手が目を覚ましてからで構わないだろう。
俺がそう言いたいのを理解したらしいマルコが、そうだねい、と頷きつつトーストをつまむ。
よく焼けたトーストをさくりと噛んだマルコの隣で、子供も同じようにトーストをかじった。
二人とも意識したわけでもないだろうに、食べるタイミングがほぼ同時になっているせいで、さくさくと小気味よくトーストを噛むその音が、二人分重なって聞こえる。
「………………」
「…………ん? どうしたんだよい、ナマエ」
俺が何か言いたげな顔をしているのに気付いたマルコが、ちらりとこちらを見やった。
言いたいことはいろいろとあるが、わざわざ口にするまでのことでもないだろうと判断して、とりあえず今言いたかったことを飲み込む。
俺の様子に不思議そうな顔をしたマルコの隣で、パンを噛むのをやめた子供が、ナマエ、と俺を呼んだ。
「きょうもしまおりるよい?」
「ん? 降りたいか」
「よい!」
尋ねれば、素直に大きく返事が寄越される。
それじゃあ降りるか、と言葉を落として、俺も食事を始めるためにトーストをつまんだ。
「ああ、でも、午後からは雑用があるから船に戻ることになるが、いいか?」
「だいじょぶよい! おっきいマルコもいっしょよい」
にっこり笑ってそう言って、子供の小さな手が隣に座っているマルコの服を掴む。
マルコ、と名前を紡いだ相手に、服を掴まれてしまったマルコが目を瞬かせた。
戸惑った様子のマルコを見やって、子供がにっこりと笑う。
「マル、おっきいマルコもいっしょがいいよい! ナマエ、だいじょぶよい?」
「俺は構わないが……」
答えつつ、困惑している様子のマルコを見やる。
俺の視線を受け止めて、こちらをちらりと見やったマルコは、それから少し押し黙った後、こくりと小さく頷いた。
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