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「…………すまねェない、ナマエ」

「……いや、大丈夫だ」

 すっかりしびれた足をどうにかほぐそうとしながら、手を伸ばした俺は図鑑を捕まえた。
 折ってあったページを開いて申し訳なさそうなマルコへ見せれば、その目がぱちりと不思議そうに瞬く。

「そこの、『リリカモドキ』。多分、それだ」

 じんじんとしびれる足に触りながら言葉を紡げば、マルコの視線が俺の示したところへと集中する。
 数分かけてそこに書かれていた文章を読み込んでから、図鑑を閉じたマルコの目は、まだベッドで眠っている子供へ向けられた。

「…………植物かよい」

「そうらしいな」

 俺が呟いたのと似たような言葉を紡いだマルコへ、思わず笑う。
 俺の顔を見て目を瞬かせたマルコが、なんで笑ってんだよい、と少しばかり不思議そうな声を出した。

「俺と似たようなことを言うから」

 だからそれへ正直に答えつつ、俺もちらりと子供を見やる。
 俺達の会話で目が覚めたのか、小さく唸った子供が、もぞりと身じろいでからゆっくりと目を開けた。

「…………んー……ナマエ……?」

「おはよう」

「ん、おはよーよい……」

 俺の言葉へ返事をしつつ、子供がむくりと起き上がる。
 ようやく足のしびれも取れてきたので、二人のマルコを促してから、俺達は顔を洗って着替えを終わらせた。
 そのまま食堂へ向かって、三人で揃って朝食をとることにする。
 テーブルについた俺達をちらちらと見ていくクルーがいるのは、当然、小さい『マルコ』がいるからだ。

「……それで、オヤジには言うのかよい」

 朝食のトレイをテーブルへ置いてから、マルコが言葉を落とす。
 何の話だと向かいからその顔を見やると、マルコの目がちらりと自分の隣を見やった。
 どうしてかマルコの隣に座った子供は、すでに食事開始の挨拶を終わらせていて、先ほど注いだグラス一杯分の水を飲み干したところだった。

「言うつもりだが、まだちょっと早い時間だな」

 まだ朝日が昇って少ししか経っていない。
 白ひげはよく何人かのクルーと酒盛りをしているので、起きてくるのは大体昼過ぎだ。
 急を要する話でもないのだから、相手が目を覚ましてからで構わないだろう。
 俺がそう言いたいのを理解したらしいマルコが、そうだねい、と頷きつつトーストをつまむ。
 よく焼けたトーストをさくりと噛んだマルコの隣で、子供も同じようにトーストをかじった。
 二人とも意識したわけでもないだろうに、食べるタイミングがほぼ同時になっているせいで、さくさくと小気味よくトーストを噛むその音が、二人分重なって聞こえる。

「………………」

「…………ん? どうしたんだよい、ナマエ」

 俺が何か言いたげな顔をしているのに気付いたマルコが、ちらりとこちらを見やった。
 言いたいことはいろいろとあるが、わざわざ口にするまでのことでもないだろうと判断して、とりあえず今言いたかったことを飲み込む。
 俺の様子に不思議そうな顔をしたマルコの隣で、パンを噛むのをやめた子供が、ナマエ、と俺を呼んだ。

「きょうもしまおりるよい?」

「ん? 降りたいか」

「よい!」

 尋ねれば、素直に大きく返事が寄越される。
 それじゃあ降りるか、と言葉を落として、俺も食事を始めるためにトーストをつまんだ。

「ああ、でも、午後からは雑用があるから船に戻ることになるが、いいか?」

「だいじょぶよい! おっきいマルコもいっしょよい」

 にっこり笑ってそう言って、子供の小さな手が隣に座っているマルコの服を掴む。
 マルコ、と名前を紡いだ相手に、服を掴まれてしまったマルコが目を瞬かせた。
 戸惑った様子のマルコを見やって、子供がにっこりと笑う。

「マル、おっきいマルコもいっしょがいいよい! ナマエ、だいじょぶよい?」

「俺は構わないが……」

 答えつつ、困惑している様子のマルコを見やる。
 俺の視線を受け止めて、こちらをちらりと見やったマルコは、それから少し押し黙った後、こくりと小さく頷いた。




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