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「…………あった…………」
やがて落ち着いたらしいマルコが俺のベッドに懐き始めてから数時間後、眠い目をこすりつつ図鑑をめくっていた俺は、ようやく目的のものを見つけてほっと息を吐いた。
随分と後ろのページにあったその写真には、間違いなく子供の頭に生えているのと同じ形状の双葉がおさめられている。
ほっと息を吐きつつ、右足に乗っているマルコの頭を軽く撫でる。
人の足を枕にしてくれたマルコは、いつの間にか眠ってしまっていた。
頭をどかそうにも、気持ちよさそうに眠っているのを起こす気にもなれなかったためにそのままだ。
右足の感覚がないので、後でものすごくしびれてつらいに違いない。
マルコが起きた後の自分の状態を憂いてみるが、それでどうにかなるわけもないので早々に諦めて、俺は改めて図鑑を確認した。
英語で記された文字を、どうにか読み込む。
「……リリカ、モドキ?」
子供の頭に生えているそれは、『リリカモドキ』と言うらしい。
多年草で、数年に一回の周期で種を付ける。
種は外敵に襲われないよう周囲の『リリカモドキ』の若芽に擬態しながら発芽を迎えるが、時に近隣にいた動物に擬態することがある。
その場合はその動物の幼年期の姿をとり、同様の行動をとり、自分の身を守る。
擬態を見破る方法は、体のどこかから芽吹いている小さな芽を確認することのみ。
つらつらと並んだそんな文字を確認してから、視線を傍らですうすうと眠る子供へ向けた。
「…………お前、植物なのか」
動物に擬態できるということは、人間にも同様だろう。
どうやらこの子供は、植物に寄生されているのではなくて、植物そのものだったらしい。
そういえば、随分と水を欲しがる子供だった。
けれども、俺と同じように食事も取っていたし、笑って走って楽しそうな顔をする子供の姿は、確かに『小さな頃のマルコ』のままだったように思える。
グランドラインというのは、やはり随分と不思議な海であるようだ。
質量は一体どうなっているんだろうか。
図鑑を見る限り、『リリカモドキ』は普通の草花とそう大きさの変わらない植物のはずだ。
だというのに、その種がこんなに大きい姿に擬態できるものなのだろうか。
雨の代わりに雷が降るような海なのだから、そういうこともあるのか。
眠い頭でそんなおかしなことを考えつつ、買ってきた図鑑のページの端を折る。
後でマルコにも読ませるとしよう。
結局マルコの記憶がない原因は分からないが、図鑑に書かれていた限りだと、『リリカモドキ』である子供は無害な植物のようだ。
それなら、俺やマルコや他のクルー達が、この『マルコ』を警戒する必要はないのかもしれない。
擬態は発芽するまでということなのだから、それなら発芽するまで待ってやればいい。
「…………よかった」
何かおかしなものが頭から生えているのでなくてよかったと、ほっと溜息を零す。
ついでに言えば、この不思議な子供の正体もわかって助かった。
そんなことを考えながら、ぱたんと閉じた図鑑を椅子へ放って、それからごろりとベッドへ横になる。
まだ朝までは時間があるから、少しくらいなら眠ることができるだろう。
ベッドが二つあるのに三人で一つのベッドに眠るなんて狭苦しいが、寝ている二人を起こして追い立てるなんてしたくはないし、マルコに枕にされている足をマルコから奪い取ることも俺にはできない。
投げ出した足も、部屋を照らすランプの明かりもそのままに、そっと目を閉じて息を吐く。
そのまま眠ってしまった俺を朝方に起こしたのは、先に起きていた申し訳なさそうな顔のマルコだった。
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