- ナノ -
TOP小説メモレス






 本屋の中は、さすがに本屋らしく本であふれていた。
 少し湿った紙独特のにおいがするそこで、絵本のある方へと走って行った子供を視界の端に収めつつ、とりあえずいくつかの本棚を見て回る。
 図鑑がある棚までは見つけたが、植物の図鑑は随分とたくさんあるようだった。
 どれがいいだろうか。
 人体に生える芽なんて珍しいことこの上ないから、やはり珍種が多く載っている図鑑がいいだろうか。

「何かお探しですか?」

 悩みつつ背表紙を眺めていると、俺に気付いた店員がそっと近寄ってきた。
 俺より少し背の低い彼を見やってから、棚に並んだ大量の図鑑を指差す。

「植物の図鑑が欲しいんですが……できれば、珍しい品種や写真がたくさん載っているもので」

「珍しい品種、ですか……?」

 俺の言葉に、店員が不思議そうな顔をする。
 はい、とそれへ頷くと、ええと、と声を漏らした彼の手がいくつかの図鑑を確認して、その中でも一番分厚いものを捕まえた。

「……それでしたら、こちらがよろしいかと思います」

「ありがとうございます」

 寄越された言葉に軽く頷いてから、引き抜かれた図鑑を受け取る。
 裏を確認して値段を見た俺は、思ったより安価だったそれを小脇に抱えつつ、絵本のあたりにいる子供へと近寄った。
 それに気付いてぱっと顔を上げた子供が、俺の顔を見上げる。

「ナマエ、おかいものおわりよい?」

 問いかけにああと頷いてから、店内から見える外を軽く見やった。
 店に入った時はまだ夕方だったが、本格的に太陽が沈み始めたらしい外は暗くなりかけている。船に戻ったらもう夜だろう。

「もう暗くなるし、今日は本を買って帰ろう。何か欲しいものがあったか?」

「かってくれるよい?」

 俺の言葉に、どうしてか子供が顔を輝かせる。
 どれがいいんだと尋ねると、子供は自分が手に持っていた本をずいと差し出して俺へ見せた。

「これよい!」

 言われて見せられたそれには、海の生き物のイラストが描かれているものだった。
 海が好きらしい子供は、一見して本当に小さな頃の『マルコ』のようで、ほんの少し笑ってしまった。
 わかったと頷いてからそれを受け取って、会計を済ませようと店員が待っている方へ近づく。

「お買い上げありがとうございます」

 にこにこと笑った彼に言われた金額を払ってから、すぐに買った本を受け取って会計から離れる。
 日本だったら包装を待つところだが、こちらの世界では買ったものを袋に入れてくれるのはある程度の量を買った時くらいだ。
 つくづく、俺が知っている世界とは文化が違う。

「ナマエ、マルもつよい!」

 戻ってきた俺へ向けて両手を伸ばしてきた子供へ、ほら、と子供が選んだ絵本を渡す。
 それを受け取って嬉しそうな顔をした子供が、俺より先に本屋から飛び出した。
 俺も同じように店を後にして、先ほど歩いた道を逆に進む。
 自分の分の絵本を抱えて歩く子供は、随分と上機嫌だった。




:
戻る