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 モビーディック号が島へたどり着いたのは、その日の夕方ごろだった。

「ナマエ、おりるよい!」

「……暗くなる前に帰るんだからな?」

「わかってるよい!」

 俺の言葉へこっくりとうなずいた子供は、その頭に帽子をかぶっている。
 いくらなんでも頭から生えている芽を人目に晒していくわけにもいかないだろう、という判断だ。
 ニット帽で特徴的な髪形が隠れてしまった子供が、とても楽しそうに笑いながら俺へと両手を伸ばしてきた。
 抱き上げの要請を受けて小さな体を抱き上げてから、モビーディック号から降りるべく甲板を目指す。
 すでに何人かが島へ降りていて、ほかにも島を降りようと用意しているクルーがたくさんいる。
 それらに混じろうと足を動かしていたら、ん? と声を漏らしたクルーの一人が俺達の方を見やった。

「ナマエじゃないか。マルコと一緒に降りたんじゃないのか?」

 俺へそんな言葉を寄越したのは、ビスタだった。
 紳士と呼ぶには随分と胸板を晒した格好の彼が近寄ってくるのを立ち止まって待ちながら、軽く首を傾げる。
 俺と同じように首を傾げた子供が、俺に抱き上げられたままで同じように首を傾げた。

「マルよい?」

「ああ、いや……『大きい方』だ」

 子供の言葉に笑ったビスタは、どうやら俺が倉庫で見かけたっきり見つけきれていない『大きい方』のマルコの行方を知っているようだった。
 島へ降りたのか、と納得して言葉を紡いだ俺へ頷いてから、ビスタが不思議そうな顔をする。

「一緒じゃないとは、珍しいな」

「そうか?」

 言うほど一緒にいるわけじゃないはずなのだが、俺の言葉にビスタは『ああ』と頷いて、更に観察するように俺を見下ろした。

「あいつがお前から離れているのも」

 喧嘩でもしたのか、と尋ねられて、いいやと首を横に振る。
 マルコの様子がおかしいのは確かだが、俺には原因すら分からないのだ。喧嘩のしようもない。
 俺の腕の中で俺とビスタのやりとりを見ていた子供が、ゆるりと首を傾けてから、とんとん、と俺の体を軽く叩いた。

「ナマエ、おりるよい!」

「ああ、わかった。じゃあな、ビスタ」

 早く、と急かされたので、ビスタへ別れを告げてから島へ降りようとしているクルー達に近付く。
 何人かを乗せて島へ向けて漕いだ小舟に乗って、俺達は無事島へとたどり着いた。
 海賊船を港の近くへ寄せているというのに、港の人間には驚いたりしている様子もない。グランドラインでは海賊など珍しくないからだろうか。
 降りる、と主張した子供の小さな体を下へ下ろしてから手を差し出すと、小さな手ががしりと俺の手を掴まえていた。
 さて、と声を漏らしてから、港から続く町中への道を見やる。
 もうじき夜になるからか、ある程度の活気はあるようだが、今の時間は子供が入っても平気な店もあまりないだろう。そろそろ酒場が開く時間だ。

「どこへ行きたい?」

 とりあえず尋ねてみると、まっすぐいくよい! と子供から言葉が寄越された。
 それとともに港から町中へ続く道を小さな指で示されて、わかったと頷いて足を動かす。そっちの道より向こう側の漁港近くの方が屋台や出店も多そうだが、まあ今日は時間もないことだし、子供を誘導しなくてもいいだろう。
 知らない島を歩くことが楽しいのか、俺の手を掴んだままできょろきょろと周囲を見回している子供は、随分と楽しそうだ。

「ナマエ、ナマエ、あれなによい?」

「ん? 多分……看板だな」

 そしてあれこれと指差されて尋ねられるのだが、俺に答えられるのは随分と少ない情報だけだった。
 あの世界でのことならある程度は答えられるが、ここは漫画『ワンピース』の世界なので少し難しい。むしろ俺には分からないことの方が多いだろう。
 けれどもそれを知らない子供は、俺の答えに納得した顔をして、ふむふむと更にきょろきょろと周囲を観察している。
 途中で強請られるがままに飲み物を買ってやって、甘い飲み物より水を喜ぶ子供に首を傾げながら足を動かしていた俺は、ふとそこにあった店に気が付いて、そのまま足を止めた。
 俺の手を掴んでいるせいで同じように足を止めるようになった子供が、すぐに振り向いて俺を見上げる。

「ナマエ? どうしたよい?」

「……本屋だ。入っていいか?」

 じっと眺めてから、その店が本屋であることを確認してそう尋ねる。
 見ず知らずの人間に話しかけて情報収集を行う、というのは俺にはちょっと難しいが、本屋なら図鑑の一つや二つはあるだろう。
 もしかしたら、子供の頭に生えている芽の名前くらいは分かるかもしれない。
 俺の言葉に首を傾げてから、子供はすぐにこくりと頷いた。




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