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 聞き取りはしてみたが、アレルギーなどに関する回答はマルコが小さな頃のものと同じだった。
 もぐもぐと口を動かすその様子は、俺が知っている『マルコ』とあまり変わらない。
 大人の姿のマルコがいるという前提がなかったら、まるでマルコが小さくなったあの日の続きを過ごしているかのような気分だ。
 夜はオムライスを作ってくれと言われたのまで一緒だった。

「ごちそー、ました!」

 皿の上のものをきれいに片づけて、最後に大きいグラス一杯の水を飲んだ後でいろいろと足りない挨拶をした子供の横で、俺も同じように挨拶を零す。
 それから先ほどクルーから渡された小さいタオルを子供の方へと向けると、それに気付いた子供が不思議そうな顔をした。
 どうしたのかと見上げてくる目を見下ろしながら、伸ばした手で持ったタオルで、汚れているその口周りを拭う。

「ん、ぷ」

「よし、きれいになった」

 丁寧に拭いてからタオルを離した俺に、ごしごしと自分の腕でも口元を拭った子供が、にかりと笑う。

「ナマエ、マルおそといくよいっ」

 そうして言葉を放ちながらぴょんと椅子を飛び降りた子供に、わかった、と頷いて俺も立ち上がった。
 二人分の食器を片付けてから、食堂の出入り口で早く早くとぴょんぴょん飛び跳ねている子供へと近づく。
 すぐに伸びてきた手ががしりと俺の服の裾を捕まえて、ぐいぐいとそのまま引っ張りつつ歩き出した。
 服が伸びるからやめて欲しいが、言ったところでやめるわけもないと何となくわかっているので、俺は俺の服を掴んでいる子供の小さな手を上から包むように握りしめる。
 それから軽く指でその手をくすぐるように撫でれば、裾を解放した子供の手が今度は俺の手を掴む。
 俺の顔を見上げた子供は何だか楽しそうで、その顔を見下ろして脳裏にマルコの顔を思い浮かべた俺は、結局食事を終えても遭遇しなかった同室の彼は一体どこにいるのだろうかと少しだけ考えた。
 俺とこの子供が船内を歩いている間に、朝食は終わらせてしまったんだろうか。
 もうじき島へ着くのだから、甲板にいるだろうか。それとも、一人で島まで飛んで行ってしまったのか。
 そこまで考えてみるものの、偵察を終えて帰ってきたばかりのマルコがそんな単独行動をとるとは到底思えない。
 俺が一人考え込んでいることに気付いた様子もなく、俺の手を掴まえたままの子供が口を動かす。

「ナマエ、つぎのしま、いつつくかきいたよい?」

「今日の夕方につくらしいぞ」

「ゆーがたよい? マル、おりたいよい!」

「時間帯にもよるだろうなァ、あまり遅いようなら翌日にした方がいいだろうから」

 腕を引っ張られながら声をかけられてそれに答えつつ甲板を目指していた俺が、ふと足を止めたのは、視界の端に人影がよぎったからだった。
 まっすぐ行けば甲板へたどり着く通路から右へ折れた通路の奥の倉庫へ入っていったその人影は、どう見てもサッチだった。
 ちらりと見えたあのリーゼントを見間違えるはずもない。
 けれどもあそこは第三倉庫で、ビスタのいる隊が管理している場所であるはずだ。
 食糧庫や酒蔵でもないというのに、一体どうしたのだろうか。

「ナマエ?」

 足を止めた俺へ、子供が不思議そうに声をかける。
 悪いが付き合ってくれ、と言葉を落として、俺は子供の手を引きながら倉庫へと近づいた。
 サッチがきちんと閉じなかったからか、倉庫のドアは開いていて、そこからそっと中をのぞき込む。
 こそこそとしている俺に合わせて、子供も同じようにこっそりと倉庫をのぞき込んだ。
 そこにいたのは、やっぱりサッチだった。
 そして、その目の前にいる相手は、誰がどう見てもマルコだ。
 サッチが持っているのはさっき俺と子供が食べたのと同じ炒飯で、どうやらサッチはマルコへ食事を持ってきたらしい、ということがわかる。
 つまり、マルコは少なくともしばらくの間はここにいたということだ。
 どこを探しても見つからないと思ったら、こんなところに隠れていたらしい。

「なァ、大丈夫かよ、マルコ」

「……大丈夫じゃ、ねェよい」

 尋ねられてそんな風に返事を呟きつつ、スプーンを手にしたマルコがばくりと炒飯を口へ運ぶ。
 その食べ方は、さっき食堂で見た子供のものにとてもよく似ていた。
 けれども、あの炒飯は随分美味しかったはずなのに、マルコはとても不機嫌そうな顔をしている。
 それも、ただ怒っているというわけでもなさそうだ。
 もぐもぐと口を動かすマルコを眺めてそんなことを考えていたら、くい、と手が軽く下へひかれた。
 それに気づいて視線を落とすと、俺を見上げた子供が、俺を見上げて眉を寄せている。

「ナマエ、おそといかないよい?」

 寄越された子供の声に、がたり、と倉庫の中で物音がする。
 それから数秒を置いてほんの少し開いていた扉が全開になり、驚いて見やった先では俺と子供を見て目を丸くしているサッチの顔があった。
 その肩越しに、俺の顔を見つけて目を見開いたマルコが見える。
 なぜかその顔に申し訳なさそうな翳りが宿って、それを目にして瞬いた俺の視界に、サッチがわざとらしく体を割り込ませてくる。

「ナマエ? 何やってんだよ」

「ああ、いや」

 問われて、ただお前を見かけたから、と返事をしようと口を動かしかけたところを、倉庫の中でがたんとまたも大きく音が鳴る。
 驚いてそちらを見やれば、どうやら無理やり残りの炒飯をかきこんだマルコが、頬を膨らませながらトレイを床へ置いて、ずかずかと出入り口の方へ近づいてきたところだった。
 そうしてサッチと俺と子供の横をすり抜けて、そのまま通路へと飛び出して走っていく。
 声をかける間もなく見送る形になってしまった俺は、マルコの姿が見えなくなるまで見送ってから、視線をサッチへと戻した。
 俺の視線を受け止めたサッチが、軽く肩を竦める。

「何かあったのか?」

「……あー……そうみてェだけど、マルコが話さないんならおれは言えねェよ」

 マルコへかけられなかった問いを口にした俺へそう答えて、マルコの置いていったトレイを拾い上げたサッチもまた、俺と子供を置いて倉庫から出て行ってしまった。
 どうやらマルコを追いかけたらしいその背中を見送って、首を傾げる。
 一体、どうしたというのだろうか。

「ナマエ、おっきいマルコ、おこってるよい……?」

 不安そうな声がそばから寄越されて、視線を向けると、眉を下げた子供が、マルコが姿を消した方を見やっていた。
 そんなことはないと思うが、と言葉を零してから、とりあえず子供の体を抱き上げる。
 さっきのマルコは、怒っているというより不機嫌と言った方が正しい顔をしていた。
 態度がおかしいのはもっと前の時間からだ。
 けれども、それがどうしてかは分からない。
 聞いてみたかったが、先ほどの様子からすると、追いかけても逃げられてしまう気がする。
 だが、同室なのだから、夜になれば部屋へは戻ってくるだろう。
 前に俺が大部屋で深酒をしてそのままそこで寝た日の翌日、自分もモビーディック号にいるときは必ず戻るから何が何でも部屋へ戻って休めと言ってきたのはマルコの方だ。その約束を違えるとは思えない。
 だから、その時にでも聞いてみれば、少しは原因が分かるかもしれない。

「甲板へ行くか」

「……よい」

 不安そうな子供へそう言いながら歩き出せば、子供の小さな頭がこくりと頷く。
 来た道を戻って、甲板への出入り口の方向へ向かいながらきょろりと周囲を確認してみるものの、当然だがもうマルコやサッチの姿はなかった。




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