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「なるほどなァ……確かに、お前ェはマルコだなァ」
「そうよい! マルよい!」
白ひげ海賊団の船長室で、とてつもなく大柄な船長の言葉に、俺が抱き上げたままの子供が大きく頷いた。
この部屋へ来るまでの間に何度も目の前で行われたのと同じ、俺の知らない『マルコの昔の話』はどうやら終わりらしい。
前の時と同じように白ひげの老化に驚いた顔をした子供のマルコに、今回は白ひげも少し戸惑っている様子だった。
ということは、マルコが小さくなった時に原因を知っていた白ひげですらも、今回のようなものを見るのは初めてだということだ。
マルコにそっくりな子供の方と言えば、自分の頭からそんなものが生えていると言われても大して気にならないらしい。
髪の毛のようなものなのか、引っ張れば痛いと騒ぐので、抜くこともできない。よほどこの芽は深く寄生しているようだ。子供の体に影響はないのだろうか。
自分の周囲がおかしいと感じているのか、子供は俺にぎゅうっと抱き付いている。その小さな体を両手で抱えたままで、俺も白ひげを見上げた。
腕に伝わる重さも、その温かさも、つい先日『小さく』なっていたマルコと何も変わらない。
子供は、俺と別れた後の『マルコ』とよく似ていた。
グランドラインを知っているし、モビーディック号を知っている。海賊も、海軍も、海王類も知っている。
今より若い白ひげを知っていて、小さな体を精一杯動かして主張するその声や表情にも、小さな頃との違いは感じられない。
俺のことを覚えていて、『家族』のことも白ひげのことも覚えているというのなら、あり得ないはずだが本当に、この子供は『マルコ』なのだろうか。
いくらグランドラインが常識外れだとは言っても、そんなことあり得るのだろうか。
白ひげが、得体のしれない子供へ警戒する様子もなく自分の膝へ頬杖をついてから、伸ばしてきた手がつんと俺が抱き上げている子供をつついた。
そして、それからその視線が俺達より後方へと向けられる。
「マルコ、お前ェは心当たりねェのか?」
紡がれたその言葉にちらりと後ろを見やれば、扉を背にしたマルコが一人で、俺達の方を見張るようにしながら立っていた。
前とは違い、明らかに『マルコ』ではないと分かる子供を警戒しているのだろう。部屋の外にも、何人かのクルーが待機している。
「いや、おれは……」
「マル、しらないよい」
問いかけた白ひげにマルコが答えようとして、俺に抱きついている子供がそれに声を被せた。
不思議そうなその目が白ひげを見上げていて、突然答えた子供にぱちりと瞬きをした白ひげが、それからグララララと愉快そうに笑った。
「そうか、お前もマルコだからなァ」
「マルはマルよいっ」
白ひげの言葉に、子供がぷくりと頬を膨らませる。
自己主張の激しい不審な子供を抱きかかえたままでいると、だがなァ、と声を漏らした白ひげが少しばかり身を屈めた。
「ここはお前にとっちゃあ未来みたいなもんだ、マルコ」
「……みらい、よい?」
「あァ、ここはお前が知っているのと同じ、『家族』が乗ったモビーディックだ。だが、お前がその見た目でいたのァ、もう随分と昔の話だ」
紡がれた言葉に、子供がぱちぱちと目を瞬かせる。
その目を誘導するように白ひげがもう一度扉間際のマルコを見やると、子供がくるりと後ろを振り向いた。
「あいつもマルコだ。お前ェがそのまんま育てばああなるだろうよ。なァ、マルコ」
「…………よい」
白ひげの呼びかけに、マルコがしぶしぶと言った風に返事をする。
それを受けて首を傾げた子供が、どうしてか俺を見た。
「……でも、ナマエはそのまんまよい?」
とても不思議そうな声を出されて、ああなるほど、と把握する。
ありえないことだが、この子供が本当に本気で『マルコ』だというのなら、その手が俺の服を掴んで離さないのは、すべての時間が進んでしまっているモビーディック号の中で、俺が一番変化の無い存在だからだ。
一応あれから一年は経っているはずだが、子供の時分ならともかく、成人した俺に大した変化は無いだろうから仕方ない。
「……俺が『グランドライン』に来たのが、最近だからだ」
どうしてだろうと不思議そうな顔をしている子供へ小さな声で答えると、ぱちりとその目が瞬きをした。
まっすぐにじっと俺を見上げてくるその顔は、やっぱり、小さな頃のマルコと一つも変わらない。
そういえば、この子供が自分を『マルコ』だと言い張るのなら、俺の後ろのマルコとこの子供と、どっちをなんと呼んだらいいのだろう。
そんな重大な問題にたどり着いてしまった俺をよそに、心当たりはねェよい、と俺の後ろからマルコが答えた。
「しいて言うんなら昨日、今日の夕方につく島へ偵察に行ったくらいだよい。そん時だって、別に何かを食ったりした覚えもねェよい」
「そうか……その島で情報収集してみるしかねェなァ」
白ひげの呟く言葉を聞きつつ、俺はもう一度後ろを見やった。
白ひげを見上げていたマルコが、俺の視線に気付いてその目を向けてくる。
俺と俺が抱き上げている子供を見やって、その目が何か言いたげな翳りを見せた。
それを見て目を瞬かせてから、マルコが言葉を放つのを待つ。
けれども、何の発言もせずに、マルコの目は俺から逸らされた。
「……オヤジ、ちっと用があるから行くよい」
そしてそんな風に言葉を置いて、マルコはそのまま白ひげの部屋を出て行ってしまった。
俺と子供と白ひげの三人だけになってしまった室内で、どうしたのだろうかと首を傾げる。
マルコの用事とは、一体なんだろうか。
考えても分からない事柄に少しばかり頭を悩めて、けれども答えの見つからないそれを放棄してから改めて白ひげの方へと視線を戻すと、それを見た白ひげが肩を竦める。
「ナマエ、その『マルコ』もお前に懐いてるみてェだ、悪ィがお前が面倒を見てやれ」
「…………分かった」
そうして寄越された言葉に、俺は一つ頷いて応えた。
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