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「………………よい?」

 目を覚まして、自分の側に眠っている子供を見たマルコの反応は、寝ぼけているせいで少し間抜けなものだった。

「おはよう、マルコ」

「おはよう……ナマエ?」

 挨拶を返しながら不思議そうにこちらを見られたので、肩を竦めてそれへ返事をする。
 小さなマルコはまだ眠っていて、目を覚ます様子はない。

「…………誰だよい、これ」

 起き上がってから、呟きつつ不審そうな顔をするマルコへ、マルコにそっくりだけどな、と俺は口を動かした。
 ぱちりと瞬きをして、マルコがしげしげと子供を見下ろす。

「おれ?」

「起きてすぐに見た時は、またマルコが小さくなったのかと思ったんだが」

 本人がいるのにそんなわけがないな、と続けた俺の言葉に、マルコが首を傾げる。

「…………おれ?」

 俺の言葉をかみ砕くように呟いてから、マルコの手がそっと子供に伸ばされた。
 そういえば、俺自身には見覚えのある顔だが、マルコにしてみれば知らない顔かもしれない。
 子供のころの自分の顔を覚えている人間なんて、そうはいないだろう。
 恐る恐るとその手が触れたのを受けて、んぅ、と小さく声を漏らした子供が身じろぐ。
 びくりと体を震わせて手を離したマルコが、少し身を引いた。
 その横で、もぞもぞと体を動かしてから、子供がむくりと起き上がる。
 眠そうに目をこすってあたりを見回した子供は、自分を凝視しているマルコを見やって不思議そうな顔をしてから、ゆっくりと動かしたその視線を俺へと向けた。
 驚いたように目を丸くしてから、やや置いてその顔が笑みを浮かべる。

「ナマエ、おはようよいっ」

 紡がれた挨拶とともに、ベッドから降りてきた子供に膝へよじ登られて、おはよう、と返事をしながら俺はとりあえず子供の体を支えてやることにした。
 小さな手でぎゅうっと抱き付いてきているのは構わないのだが、丸い頭がぐいぐいとみぞおちに押し付けられている。
 鈍く痛むのでそれを退けようと子供の頭に手を触れようとして、ふわふわした金髪の端からちらりと覗いたものに動きを止めた俺は、ん? と小さく声を漏らした。
 とりあえず子供の頭に手を触れて、くしゃりと髪を乱すようにしながら『それ』を確認する。

「……は?」

「ナマエ? どうしたんだよい」

 改めて首を傾げた俺へそんな風に声をかけて、マルコがひょいとベッドを降りた。
 近付いてきた相手を見やってから、俺はまだ俺の体にしがみついている子供の頭を指で指し示す。

「…………なんだよい?」

 俺の指先を追ってそこを見たマルコが、随分と怪訝そうな顔をする。
 それもそうだろう、金髪の隙間からちらりと覗いているそれは、誰がどう見ても何かの『芽』だった。
 しかも、どこかでちぎれたそれが髪に紛れているのだとか、そういうことではない。指でたどった先には子供の頭皮があった。
 つまり、これはこの子供の頭から生えているのだ。
 随分と可愛らしい双葉だが、人体から小さな芽が生えているなんて、見たことも聞いたこともない。
 そしてマルコの反応を見る限り、これはグランドラインでありがちなものでもなさそうだ。
 困惑している俺達二人をそっちのけにして、疲れたらしい子供が体の力を緩めて、ぱっと顔を上げた。

「よい?」

 視線がかち合って、どうしたんだと不思議そうに首を傾げられたのでそっと尋ねる。

「…………マルコか?」

「マルよい!」

 俺の問いかけに答えた小さな彼は、にこにこと笑っている。
 けれども、俺が知っている『子供』のマルコには、頭にそんなものは生えていなかったはずだった。
 小さく唸りながらその頭を見下ろして、そっと伸ばした手でつんと金髪の間からちょこんと頭を出している芽をつついてみる。
 つん、とつつかれて軽く揺れた双葉は、それでもしっかりとそこに残っている。
 俺が何に触れているのかもわかっていないのか、『マルコ』と名乗った子供は俺を見上げてきょとんと目を丸くしていた。
 その手が俺の服を握りしめて、ナマエ、と小さな口が俺の名前を呼ぶ。

「ナマエ、いつモビーにきたよい?」

「え?」

「いらっしゃいませよい、ナマエ! ここはモビーで、グランドラインよい!」

 にっこり笑ってそんな風に言って、小さな手が俺を安心させるように軽く叩いた。

「ナマエのめんどーはマルがみるよい、まかせるよい!」

 小さな体で胸を張って言葉を放たれて、ぱちりと瞬きをしながらそれを見下ろす。
 俺の戸惑いなんて気にもせず、笑った子供はどうしてかとても嬉しそうな顔をしていた。
 何だか妙だ。
 大人になったマルコがそこにいるのだから、この子供は『マルコ』ではあり得ない。
 だというのに、まるで本当に『小さな頃のマルコ』のようなことを言っている。
 少しばかり考えてから、俺は『マルコ』と名乗った子供を見下ろして口を動かした。

「……俺がお前に買った靴、何色だったか覚えてるか?」

 俺の質問の答えは、この部屋の端に置かれた衣装ケースの中に詰められている。
 小さなマルコは青いものが好きで、それ以外は欲しがらなかった。
 俺からしても、俺と子供を見下ろしているマルコからにしても随分と昔の話だ。
 当然、他の誰かに特別言うようなことでもないのだから、俺とマルコ以外にその答えを知っている人間などいるはずがない。
 けれども俺の問いかけに、首を傾げた子供が答えた。

「? うみいろよい」

 寄越された正答は、彼が『マルコ』でなくては出てこないようなものだった。
 この子供は、どう考えても『マルコ』であるはずがないのに。
 戸惑いながら、ちらりと佇んでいる方のマルコを見やる。
 そして、そこでどうしてか厳しい顔をしているマルコを見つけて、どうしたんだ、とそちらへ向けて尋ねた。
 俺の問いに、じっと子供を見下ろしていたマルコの視線が、俺を見る。

「…………なんでも、ねェよい」

 マルコはただそうぽつりと呟いて、それ以上は何も言わなかった。




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