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今さらだが、俺のいるその世界は、漫画『ワンピース』の世界だった。
その中でもさらに常識外れの『グランドライン』が、今モビーディック号が泳いでいるこの海の名前だ。
大きくなったマルコに再会して、白ひげ海賊団として生きていくことを決めて、刺青も貰った。
順調に現代日本人には戻れなくなりつつある俺は、じわじわとだが、この非常識な世界に慣れつつある気がする。
今も目の前の光景に動揺することなく、とりあえず昨日の記憶をさらうという選択ができるくらいには冷静だ。
「…………駄目だ、わからない」
考えてみたが、昨日と一昨日とで、何かが明確に違うような出来事はなかった。
だからこそ、目の前の事態の原因が浮かばずに、小さく呟きながら前方のベッドを見やる。
向かいにある同室者のベッドに、小さな子供がすうすうと寝息を立てて横たわっているのだ。
丸みを帯びた頬に特徴的な髪形、何よりこちらへ向けられているその寝顔には見覚えがある。
どう見てもマルコだ。
小さな頃の、俺の下へ来たころの年齢のマルコだ。
だが、どうして小さな彼が今目の前にいるのだろうか。
前に似たような状況が起きた時は、確かサッチから貰った『珍しい酒』が原因だった。
それを口にしたマルコの体が一晩のうちに小さくなって、その心までも幼いころに戻って、懐かしい子供と一日を過ごしたのはなかなかに楽しかった。
同じような何かをマルコが口にしたのかとも思うが、そんなことマルコは言っていなかったし、昨日は晩酌だってしていない。
そして、あの時の状況とは決定的に違うところが、一つある。
くうくうと寝息を零す小さなマルコの後ろに横たわっている存在に、俺はじっと視線を注いだ。
珍しく俺の前で寝顔を晒しているのは、どう見ても大人のマルコだ。
つまり、今、俺の目の前のベッドにはマルコが二人いるということになる。
「…………そうか、マルコは分裂するのか」
常識では考えられないことばかりが起きるグランドラインでは、そういうこともあるのかもしれない。
そんなことを考えてしまった俺の頭は冷静なようだったが、どう考えても混乱していた。
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