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いじめっこの不文律
※『いじめっこの法則』『いじめっこの自然律』と同設定
※若いレイリーさん・少年シャンクス&バギー注意
※元保父さんなトリップ主人公はロジャー海賊団クルー



 ナマエは仕方のないやつだなァ、とシャンクスは思った。
 シャンクスやバギーよりも後にオーロ・ジャクソン号に乗った元漂流者の彼は、確かにまだ少年と青年の挟間でしかないシャンクスやバギーよりも年上だが、誰がどう見てもシャンクス達よりも『弱い』人間だ。
 もちろん海の上で力こそ全てだなんて馬鹿なことは言わないが、戦闘の領分はどちらかと言えばシャンクスや他の仲間達のものだ。ナマエもいくらか戦えはするが、彼はどちらかと言えばシャンクス達に庇われる側の人物だった。
 体格はわずかに負けているとはいえ、シャンクスの方が鍛えているしシャンクスの方が頑丈だし、シャンクスの方が傷や病気の治りも早いのだ。
 だと言うのに、油断して敵から一太刀浴びるところだったシャンクスを庇ったのだから、もう本当に仕方のない男だ。

「おれのこと、なんにも出来ない小せェガキかなんかだと思ってるだろ」

 背中に大きく傷を受けた相手を壁際へと引き摺り、ひとまず止血をしてやりながら、シャンクスはそう言葉を零した。

「そんなこと、ない、けど……」

「うそつけ」

 歯の隙間から言葉を絞り出してきた相手にそう言いつつ、シャンクスの手が強めに布を押し付ける。
 いたい、と背中の傷に呻きながらも、ナマエは手荒いシャンクスの処置に文句も言わない。
 傷を負いながらもシャンクスをその場から追いやろうとしていたその手で今は拳を握っていて、痛みに必死に耐えているのが分かった。
 血しぶきが激しく傷口はとても酷いものだったが、それほど深くない傷であったことは幸いだった。身動きがつらそうだが、本人の意識もはっきりしている。
 海戦の真っただ中、本来だったらこんなところで治療している暇もないのだろうが、甲板にはもはや敵影は無く、安全圏であるということはシャンクスにだって分かり切ったことだった。
 ナマエもそうなのだろう、ほんの少し前までシャンクスへ逃げろと呟いていたその口は今しっかりと食いしばられている。
 船医が早く来ればいいのにと思いながら、シャンクスは視界の端をよぎった影を追うようにちらりとその視線を上げた。
 また一人、敵船のクルーが海へと蹴落とされて行くところだった。
 オーロ・ジャクソン号まで侵入してきた連中はすでに全員吹き飛ばされていて、侵入口になっていたロープには一人の男が立っている。
 シャンクス達のいる甲板を背中に庇うようにして、向かう敵をかたっぱしから切りつけ海へ蹴落としているかの海賊の名前は、シャンクスもよく知っている。
 しかしながら、あの人があんなにも怖いのは久しぶりだ、とシャンクスは思った。
 こちらへ背中を向けているのだからその顔すら分からないが、間違いなく怒っている。
 もしもシャンクスがあんな雰囲気で怒られたらごめんなさいと素直に謝るに違いないが、ゴール・D・ロジャーの船に喧嘩を売ってきた海賊達にはその選択すら出来ないだろう。
 相手からの砲弾すら斬撃で切り落とす頼もしい背中を見やり、それからシャンクスは自分が押さえている傷の持ち主へ視線を戻した。
 先ほどバギーが船医を呼びに行ったので、船医も他の処置が終わったらすぐに来る筈だ。このまま押さえていた方がいいだろう。
 本当はシャンクスも副船長の方へと参戦したいのだが、自分を庇って傷付いたナマエを放置するのはどうかと思う。背中では、自分で止血するのは難しい。
 布を外すなと言われたからきちんと血が止まっているのかを確認する方法もとれないままで、温かな背中へ向けて言葉を落とす。

「あとでちゃんとレイリーさんを落ち着かせてくれよな」

「怪我人に、すごいこと言うな……」

 あんなに怒ってる人を相手にしろっていうのかと、甲板に伏したままの相手が言う。
 その目がちらりとシャンクスが見ていた方を見やり、痛みを堪えたままの唇から吐息が漏れた。
 間違いなく困った顔をしている相手に笑って、シャンクスは肩を竦める。

「さすがに怪我人は踏まないだろ、レイリーさんも」

「そうだといいんだけど……」

 あの人どえすだし、と呻く相手に、どういう目で見てるんだよ、とシャンクスの口が笑いの滲む声を漏らした。
 ナマエが時々使う方言の『どえす』とやらがどういう意味かはよく知らないが、文脈からして『意地悪』だとかそういった意味だろうというのがシャンクスとバギーの見解だ。
 確かにかのシルバーズ・レイリーは、意地悪だ。
 ナマエに対してという注釈が頭に付くことが多いが、しかしそうやって意地悪く構いながらも、ナマエと一緒にいる時はとても楽しそうだと言うことを、シャンクスも他のクルー達も知っている。
 無駄をあまり良しとしない海賊で、今日だって喧嘩を売ってきた海賊と相対した時には『適当にあしらって追い払う』と言っていたのだ。
 それが今、ああも容赦なく敵を圧倒し、そろそろ敵船に乗り込もうとしているのは、ひとえに、シャンクスを庇った誰かさんが怪我をしたからである。
 本来ならこの傷は、シャンクスが負うものだったのに。

「……あー……」

 両手でしっかりと傷を押さえながら小さく声を漏らしたシャンクスが、少しだけ真剣な顔で、その目がナマエを見下ろす。
 寄越された視線に気付いたらしいナマエがころがったままでシャンクスを見上げたのを見て、シャンクスは言葉を紡いだ。

「庇ってくれてありがとうな、ナマエ」

 でももうやるなよ、と言葉を重ねたシャンクスのすぐそばで、子供を助けるのは大人の役目だろう、とシャンクスより後で船に乗った『弟分』が生意気なことを言う。
 あまりにも当然のように人のことを子供扱いする男に、シャンクスは何かを言い返そうとして、しかし飲み込み、ただ深くため息を零しただけだった。







 ナマエは世話の焼ける奴だ。
 胸の中でひとりごちて、バギーはトレイを両手で持ち直した。
 上に乗っている丸い皿には、先ほど出来上がったばかりの食事が乗っている。
 運んで歩くバギーのその顔がなんとなくにやけているのは、最終的にただ一人が圧倒していた海戦が終わり、白旗を上げた連中の元から運び出したお宝で懐が潤っているからだ。
 『今後』のための軍資金は着実に溜まっていて、なんとも嬉しい話である。
 いくらかはロジャー海賊団の方にも被害があり、バギーがトレイを手に向かっている先は船医が医務室にしてしまった船室だった。
 そこには、この食事を待っているだろうナマエと言う名の男がいるのだ。

「……にしても、派手にヤバかったなァ……副船長」

 歩きながらしみじみと呟いて、バギーはほんの数時間前の光景を思い浮かべた。
 弾の無駄だから適当にあしらうと決めたはずのシルバーズ・レイリーが、悪鬼の形相で敵に向かっていった。
 追い払うはずだった敵を降伏させて宝も食料もそれなりに頂いて、バギーとしては懐が潤ってありがたい話だが、正直言って恐ろしかった。
 もしも自分があの顔で怒られていたら、必死になって謝り倒したことだろう。喧嘩を売ったがためにその方法をとれなかった相手側には同情すら覚えるほどだ。
 しかしながら、あれは相手が悪かったのだと、バギーも分かっている。
 シャンクスを庇ったとは言え、ナマエに大きな怪我をさせたのは、間違いなく敵船の人間だった。

「ああいうの、ドクセンヨクって言うんだよな?」

 副船長がナマエと言う名の男をとても気に入っていることは、バギーの目から見ても明らかなことだった。
 意地悪をするし、すぐに踏むし、何なら時々痛がらせているが、ナマエをそうやって構っているときのレイリーはとても楽しそうだ。
 しかし、自分以外がナマエを構うのはどうも面白くないらしいということも、ロジャー海賊団の中では周知の事実である。
 たまに船長が副船長のそれを狙ってナマエを構い倒して、間に挟まれたナマエが憐れなことになっている。大体悪いのは船長なのだが、船長だから仕方がない。
 今日も船長はにやにやと笑っていて、そして敵を片付けてからも副船長の機嫌は悪かった。
 早くナマエには治ってもらって、恐ろしかったかの海賊の機嫌を取ってもらわなくてはならない。

「お?」

 そんなことを考えながら医務室へと向かっていたバギーは、ふと自分の目的地の前に陣取る人間に気付いて目を丸くした。
 目の覚めるような赤毛の相手は、バギーもよく知る海賊の一人である。

「何やってんだ、シャンクス」

「しー」

 医務室の前に屈みこみ、扉の隙間から中を伺っているシャンクスに気付いて声を掛けると、バギーが近寄ってきていることに気付いていたらしいシャンクスが、ちらりとバギーの方を向いて子供にやるような静止を掛けた。
 訳が分からず首を傾げて、トレイを持ったままでバギーもそちらへと近付く。
 医務室の中には現在、怪我人として隔離されたナマエだけがいるはずだ。
 もう少し大きな傷を負ったクルーもいたのだが、そちらはもうすでに手当てを終えてあちこちを歩き回っている。ナマエはどうも体力が無く、回復の遅い男だった。

「んー?」

 一体何を見ているんだと、シャンクスの横から同じようにバギーの目が室内を覗き込む。
 そうしてその目に捕らえたのは、室内にいる二人の人間だった。







 ナマエは困った男だと、レイリーは知っている。
 かつてロジャーに拾われ命を救われた彼は、今やすっかりロジャー海賊団の一員だ。
 少なくともレイリーはそう認知しているし、他の仲間達も同じだろう。
 ナマエ自身だってレイリーや他のクルー達を『仲間』と呼んだことがあるのだから、同じ認識であるはずだ。

「いくらシャンクスが危なかったからって、あんなに怒ること無かったと思うんですよ」

 だというのにそんな発言をされ、レイリーはどうしてこの男は怪我をしているのだろうかと無駄な考えをした。
 その背中に大きな切り傷が無かったなら、ベッドに座る相手の体を一度床に引きずり落として踏みつけてやるところだった。
 しかし彼がその背に大きな傷を負っていなかったならそんな風に詰られる覚えもないだろうから、それこそ無駄な仮定だ。

「シャンクスだって、大きな怪我はありませんでしたし……」

 相手が可哀想だったと言いたげな顔をされて、ふん、とレイリーが鼻を鳴らす。

「代わりに怪我をした人間がいたようだが?」

「俺はでもほら、命に別状はないですし」

「命に別状が無かったとしても、怪我を負ったのは事実だろう」

 船医の言葉をオウムのように繰り返した相手へ、そう言葉を重ねたレイリーの目がナマエの襟から覗く白い包帯を見やる。
 その背中を袈裟懸けに裂いた一太刀は、それはもう派手に血を吹かせていた。
 手入れの悪い刃を力任せに使った結果だというのは、気に入らないことをした海賊を叩き伏せてすぐに気が付いた。
 縫い合わせたが傷口がぐずぐずに崩れてしまっていて、跡は残るだろうというのが船医からの通告だ。熱も出るだろうと言われている。

『なんだ、女の子じゃないんだから気にしませんよ』

 痛み止めを貰ってようやくほっと息を吐きながら、そんな風に言葉を紡いでいたナマエを思い出して、レイリーの眉間に皺が寄る。

「……レイリーさん?」

 その顔を見上げて、ナマエが困ったような、少しばかり戸惑ったような顔をした。
 顔が怖いです、と失礼な発言をする相手に、レイリーの目が眇められる。
 『不機嫌』を顔に描いたレイリーを前にして、ナマエはますます怪訝そうな顔をした。
 レイリーが何故怒ったのか、それすら理解していなそうなその顔をしげしげと眺め、それからやがて長くため息を零したレイリーの腰が、どすりとベッドの端へと落とされる。
 振動が響いたのか、痛み止めを飲んだくせに顔をしかめたナマエが非難がましい視線を寄越したので、レイリーのその手がナマエの襟を捕まえた。
 ぐっと引き寄せるようにしながら自分も体を寄せれば、レイリーとナマエの顔が近くなる。

「あ……あの?」

「……今一つ『海賊』と言うものが分かっていないようだな、ナマエ」

 顔を間近に寄せて囁いたレイリーに、ナマエの目がぱちりと瞬く。
 戸惑うその眼差しは、まるで物を知らない子供の様だった。
 ナマエは嘘が下手な男だ。
 すなわちこれは『知らないふり』ではなく、まるで『分かっていない』顔だと分かるからこそ、レイリーの内側の苛立ちが増す。
 ロジャーに拾われ、オーロ・ジャクソン号に乗り、レイリーに構われてもう数年が経つ。
 いい加減自覚してもいいものだが、と低く言葉を零して、レイリーはそのまま続けた。

「『海賊』が、自分のものに傷をつけられて不愉快にならないわけがあるか」

 ましてやその背中の傷は、恐らくは死ぬまでそこに刻まれているのである。
 小さな傷なら黙認してやってもよかったかもしれないが、肩から腰まで伝う大きな傷だ。包帯に覆われる前に見たそれを思い出すだけで不愉快だった。
 言葉を吐き出し、それからその襟を手放したレイリーがベッドから腰を上げる。
 そのままつかつかと船室の入口へと向かい、内側に開く扉を勢いよく引っ張ると、気配の通りそこに居たらしい赤毛の『海賊』がころりと室内へと転がった。
 どわ、と悲鳴を上げて後ろに引いたらしいもう一人は、手に持ったものを必死に死守している。どうやらナマエの夕食を持ち込んだらしい。

「ふ、ふふ、ふくせんちょ、あのいや、おれあの別にのぞいてたわけじゃ!」

「夕飯を持ってきたんだろう。さっさと食わせないと、そろそろ薬が効いて眠り始めるぞ」

 慌てふためいて言い訳を募ろうとした赤鼻のクルーへレイリーが言うと、こくこくと頷いたバギーがレイリーの傍を通って部屋へと飛び込んだ。
 転がっていたシャンクスの方は、ちらりとレイリーの方を見てから申し訳なさそうな顔をして、そのままバギーと共にベッドの方へと近寄っていく。

「どうしたんだ、二人とも……」

 突然の来訪者達に向けて紡がれたナマエの、いつも通りのその声を背中に聞きながら、レイリーはひとまず三人を残して医務室から外に出た。
 足先が食事を行う船室へと向けられたのは、夕食の時刻を過ぎたこの時間、レイリーの分の食事が用意されているだろうと分かっているからだ。
 自分もさっさと夕食を食べて、恐らく今晩熱を出すだろうナマエの様子をみていてやろうと、そんなことを考えながら、レイリーは足を動かす。



「レイリーさん、ナマエがなんか変なんだ!」

「派手に真っ赤になって、急に動かなくなった!」

「バギーの鼻くらい真っ赤だったし」

「なんだとくォら!」

 遅い夕食の途中で飛び込んできた小さな二人が喧嘩を始めたその横で、部屋にいた数人のクルー達から何やら生温かい視線を向けられてしまったのは、レイリーとしてはなんとも不本意な話である。



end


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