いじめっこの法則
※若いレイリーさん注意
※子バギーと子シャンクスにも注意?
※時間軸が捏造すぎる
※元保父さんな主人公はロジャー海賊団クルー
大きな海原をかき分けて、オーロ・ジャクソン号が進んでいく。
潮風を受けて髪を軽く揺らしてから、ため息を吐いたレイリーがその手で乱れた髪をゆるく撫でつけた。
見やった海原は朝日を受け始めてちかちかと光り、夜明けの静かな空気をそこらじゅうに満たしている。
何とも爽やかな朝のようだったが、レイリーの足元にはごろごろと空の酒瓶が転がり、甲板のあちこちには無精ひげを生やした酔っ払いが酔いつぶれていて、そうとも言い切れなかった。
「全く……敵襲でもあったらどうするつもりなんだ」
うんざりとした様子で呟いて、レイリーの視線がちらりと見張り台を見上げる。
酒盛りに参加しなかったクルーが、レイリーの視線に軽く手を振ってから、周辺の警戒へと戻った。
その様子に、別に周辺におかしな船影はないらしい、と判断して、レイリーの足がゆったりと甲板を歩く。
一歩、二歩、三歩と進んだその足裏でぐに、と踏みつけた何かが、ぐえ、と小さく声を漏らした。
「レイリーさん、ちょっと……」
「おや、すまなかったなナマエ、気が付かなかった」
低く唸った相手に微笑んで、レイリーが上から相手を見下ろす。
他のクルー達と同様に甲板に寝転んでいた一人である男が、今もなお踏みつけているレイリーの足の下で身をよじりながら、じとりとレイリーの顔を見上げていた。
その両脇には赤い髪の少年と赤い鼻の少年が転がっていて、くうくうと寝息を零している。
「バギーじゃなくて俺を踏んでるくせに、よくそんなこと言えますね」
「子供を踏むなんてそんな酷いことを、このおれがするわけがないだろう」
非難するナマエへ向けて、レイリーが首を傾げる。
それからそっと足を退かすと、ため息を零した男がのそりと起き上がった。
自分の服を掴んでいるシャンクスの手を放させて立ち上がり、羽織っていた上着を脱いで少年たちの上へと広げる。
寒さを感じたのか、眉を寄せて身じろいだ少年二人が身を寄せ合ったのを確認してから、ナマエの手が腹についたレイリーの足跡を軽くはたいた。
「起こす為だからって、わざわざ腹を踏むこたァないでしょうが。昨日飲んだもんが全部出たらどうするんですか」
「ナマエが飲んだ物なんて、どうせ水と大して変わらないだろう。海にでも垂れ流しておけ」
海原を指差してレイリーが微笑めば、酷いことを言うなァ、と言葉を零したナマエが肩を竦める。
ナマエと言うのは、しばらく前にこの船の船長であるロジャーが拾った漂流者だった。
ロジャーの顔を知り、その右腕であるレイリーの顔を知っていたらしい彼は駆け出しの賞金稼ぎだったのかもしれないが、今ではすっかりロジャー海賊団の一員だ。
あまり強くはなく、よくシャンクスやバギーと稽古をしては慌てた声を上げている。面倒見が良いせいか、この船に二人の少年達はすっかり彼に懐いてしまったようだった。
そういう仕事をしていたからと彼は言うが、子供の扱いに長けた賞金稼ぎというものがレイリーには想像がつかない。
「次の島はもうじきですかね」
「そうだな。次は酒がうまい秋島のようだから、またロジャーがうるさそうだ」
宴好きなこの海賊団の中でも一等酒が好きな船長の名前を出して、レイリーが軽くため息を零す。
その目がちらりと見やった先で、離れた場所に転がる黒髭の男は、酒瓶を傍らに置いて盛大に眠り込んでいた。
最近では名のある賞金稼ぎにも狙われるようになったその首を、なんとも無防備に晒している。
眉を寄せたレイリーの視線を追いかけてそちらを見やり、同じようにその様子を確認したナマエは、船長は相変わらずですねェ、と笑って言葉を紡いだ。
一年も一緒にいないというのに、すっかり一味らしくなったナマエの言葉に、そうだな、とレイリーも頷く。
その視線がナマエの方へと戻されて、言葉がレイリーの口から紡がれた。
「次の島についたら、どうするかもう決めているのか?」
「え? ああ、バギーが新しい剣が欲しいって言うんで、ついていく予定ですよ」
おだてられてどうしようもないものを買わされても困りますからね、と言葉を紡いで、ナマエがちらりと自分の足元のすぐ近くを見下ろす。
シャンクスもいくって言ってましたし、と続けた彼の言葉に、レイリーはわずかにその目を眇めた。
突き刺さった眼光に、寝入ったままの少年たちから視線を戻したナマエが、ぱちりと軽く瞬きをした。
「……何、急に怖い顔してんですか、レイリーさん」
尋ねつつそっと近寄ってきた相手に、レイリーはじっとその視線を注いだ。
怪訝そうにしながらレイリーを見上げるナマエの顔は、酒に酔っぱらって寝ていたせいで少し酒臭いものの、いつもと大して変わらない。
死にそうなところをロジャーに救われて、いつの間にやらレイリーや他のクルー達と同様にあの迷惑な船長に惹きつけられたナマエが、元の出自はどうあれ信用のおける海賊となっていることを、レイリーは知っている。
ナマエは非力だが妙なことをよく知っているし、その上子供の扱いがうまい彼は、そのせいでかバギーとシャンクスに随分と懐かれていた。
声変わりも済んでいないような高い声が『ナマエ』とその名を呼ぶのをレイリーはよく耳にしているし、他のクルーもそうだろう。
ナマエがこの船に乗ってから、バギーとシャンクスがしょうもないことで言い争う回数は減ったように思えるし、それはそれでいいことだと、レイリーは思う。
しかし、そのことと、毎度毎度少年らに挟まれて船を降りていくナマエを見送るのを良しとするかと言うことは話が別だ。
「ナマエ」
「? はい」
レイリーの呼びかけに、不思議そうにしながらもナマエは素直に返事をした。
それを聞いてから、次の島ではおれに付き合え、とレイリーが言葉を紡ぐ。
「次は『空島』に行くとロジャーが騒いでいたからな、情報を集めなけりゃならん」
「えっ 船長アレ本気だったんですか」
わざとらしくうんざりとした声を出したレイリーに、ナマエが慌てたように甲板に転がる男へ視線を向けた。
寝入ったロジャーは当然返事をしないが、馬鹿馬鹿しいことでも有言実行してしまう船長であることは、一年足らずしかクルーとして過ごしていないナマエにも分かることだろうと、レイリーは軽く肩を竦める。
「空に指針を取られた船の話も聞いたことだし、どこかの島あてのエターナルポースも用意しておきたいところだ」
「いやでもそんな……木造船でアレはちょっと……」
「ん?」
さすがに、と漏れた言葉をぱっと両手で口をふさいで飲みこんだナマエに、レイリーが声を漏らした。
船がはじく波の音が、随分とよく聞こえる。
それ以外には潰れたクルー達のいびきしか聞こえない甲板の上で、レイリーがその顔に微笑みを浮かべ、そっと伸ばした手でナマエの右肩を掴まえた。
びくりとその体が震えたが、逃がさず引き寄せて、無理やり自分の方へとその顔を向けさせる。
「よし、吐け」
変な方向にばかり知識があるらしいナマエは、どうやら『空島』なる場所への行き方を知っていたらしい。
青ざめている様子から見て、どうにもその手段は危険極まりない方法であるようだが、レイリーにはロジャーがそれを知る前に知っておく必要がある。
もしもそれがとんでもない方法だったなら、ロジャーがそれを知る前に隠しておかなければ、ロジャーは進んでその手段を取ろうとするに違いないからだ。
レイリーの思惑を知ってか知らずか、ナマエがぶんぶんと首を横に振る。
何度となく見たその仕草に、ほう、と声を漏らしたレイリーのもう片方の手が、ナマエの左腕を掴まえた。
「おれに隠しごとをするのか? ナマエ」
囁いて首を傾げ、レイリーはじっとナマエを見つめて顔を近付ける。
近付けば近付いた分だけナマエが身を引こうとするが、レイリーの両手でとらえられた体が後ろへ逃げ切れるわけもなく、後は真後ろへ傾いていくだけだ。
「ナマエ? 黙ってちゃあ、分からないだろう?」
それを支えてやりながら覗きこんだ先で、両手で自分の緩い口を抑えたままぶわりと汗をかいたナマエを逃すことなど、微笑みを浮かべたレイリーがするわけがなかった。
唯一の誤算は、ノックアップストリームとやらの話を聞き出した時には目が覚めていたらしいロジャーに、笑顔で『それで行くぞ!』と声を上げられてしまったことだ。
しかし、次の島ではそのおかしな海流の情報集めのためにナマエを連れ回すことが出来たので、まあ許してやっても構わないだろう。
「ナマエといる時のレイリーさん、意地悪だけど楽しそうだな」
「よく踏んでるよな、派手に痛そうだぜ……ナマエが言ってたぞ、『レイリーさんはどえすだ』って」
「へー……どえすって何だ?」
「……さあ?」
そんなことをひそひそと少年達が交わしていたと、知らないのは本人達ばかりである。
end
戻る | 小説ページTOPへ