- ナノ -
TOP小説メモレス

終幕の始まり (1/2)
※短編『終幕はバッドエンド』でサカズキ大将寄り
※名無しオリキャラがちょろっと注意




 ナマエと言う名前の男が、海軍へと入隊してきたのはもう随分と前のことだ。
 訓練に勤しみ実力を身に付けた彼がサカズキの直属にある部隊へと異動となった時、挨拶を交わしたのがサカズキにとっての彼との初対面だった。
 海軍の最高戦力として、特に他の海軍大将よりも敵の殲滅に手を抜かないサカズキを畏怖の目で見る海兵は多かったが、正面から畏怖でも憧れでも無い目でサカズキを見つめたのは、後にも先にもナマエだけだったのではないかと、サカズキは思う。

『貴方にお会いしたくて入隊しました』

 『なぜ海軍となったのか』と尋ねたサカズキへそう言い放ち、びしりと敬礼をしたナマエに、妙なくすぐったさを感じたのも記憶に残っていた。
 ただ、憧れて近付かれ、サカズキの示す『正義』についていけぬと手を翻されることも多かったからこそ、サカズキはナマエを他の部下達と同等に、むしろそれより少し手酷く扱った。
 それでもナマエは大体いつでもそれに耐え抜き、逃げ出さず、まるで拾われた犬のようにサカズキを慕うのだ。

「よろしければ、受け取って頂けますか」

 だからこそ、仕事の休憩の合間の昼下がり、人の執務室で放った言葉と共に包みを取り出して差し出したナマエの後ろに、ぱたぱたと振られる尾が見えたような気がしてしまったのだろう。
 僅かに目を眇め、己の視界から幻影を振り払ったサカズキの視線が、差し出された包みへ向けられる。

「なんじゃァ、それは」

「今日が、サカズキ大将のお誕生日だと伺ったので」

 おめでとうございます、とそう述べて包みを執務机の上へ置いたナマエに、もうそんな日だったのか、とサカズキは少しばかり考えた。
 『悪』でしかない海の屑達を屠ることを生きがいとしているサカズキにとって、自分の年齢などとるに足らないことだ。
 成人してからは逐一年齢を数えるのも馬鹿らしく、気にしたことも無かったが、確かに今日は『サカズキの生まれた日』であるようだった。
 どこかでそれを耳にしたナマエは、わざわざサカズキへ誕生日の贈り物を用意してきたらしい。
 どうぞ、と掌で改めて包みを示したナマエに、わずかに眉を寄せたサカズキの手が包みへと伸びた。
 長方形に包まれたそれから包装紙を剥いで、中から現れた木造りの箱を開く。
 そうして出てきたのは、サカズキの手に丁度いいだろう大きさの万年筆だった。
 作り込まれたそれを見つめてから、サカズキの目が正面に佇む送り主へと向けられる。
 ナマエは、きりっとサカズキの正面に佇んだまま、窺うようにその目でサカズキの方を見ていた。
 ナマエは、あまり表情の変わらない男だ。
 だがここ最近、その目で少しばかりの感情が分かるということに、サカズキは気が付いていた。
 そう零したサカズキに同僚は『わっかんねェけどねェ〜?』と首を傾げていたが、分かるものは分かるのだ。
 そして今のナマエは、明らかにその胸に期待を抱いていた。
 少しだけ考えて、サカズキはその手でひょいと万年筆を摘み上げる。
 きちんとサカズキの手の大きさに合わせて選ばれたのだろうそれは、やはりサカズキの手にはちょうどいい大きさだ。
 軽く握り、それから少しばかりその装丁を眺めて、ふん、とサカズキが軽く鼻を鳴らす。

「……まァ、悪かァない」

 わざわざ選んで買ってきたのだろう物を突き返すほど、サカズキもこの部下に悪感情を抱いているわけでは無かった。
 ナマエはよく働く男だ。
 サカズキの与えた試練はどれだけ血反吐を吐き地べたに這いつくばってでも完遂する。
 『あんまり苛めないでやんなよ』と言ったのはサカズキの同僚だが、サカズキには虐めているつもりは無かった。
 ナマエがどこまでなら耐えられるか、どこまでならついてこれるのか、それを確かめるのは上官であるサカズキの役目だからだ。
 そして毎回きちんとサカズキの期待の通りの働きを寄越すナマエは、恐らくこのまま順当に肩書を更新していくに違いない。
 そんな考えと共に受け取った万年筆を机の引き出しへしまったサカズキの正面で、ナマエがほっと息を吐いた。

「ありがとうございます」

 そうして、礼を言われる側であるはずのナマエから漏れるべきとは思えない言葉と共に向けられた弛んだ口元に、サカズキはわずかにその目を見開いた。
 ざわりと何かがサカズキを落ち着かなくさせて、しかし、目を逸らすことも出来ない。
 サカズキの表情の変化に、すぐにその弛みを消して普段通りの無表情になったナマエが、戸惑ったようにその目をわずかに瞬かせる。

「サカズキ大将?」

 どうかしましたかと、訊ねてくる言葉も顔も普段と変わらなかった。
 不思議そうな相手へ『何でもない』と返しながら、サカズキはわずかに抱いた奇妙な感覚をほんの少しだけ反芻する。
 やはり落ち着かない気持ちになって、マグマに変わりかけたその手で慌てて拳を握った。







 あの時のあれは、やはりナマエの笑顔だったのか。
 それを確かめたいと思ってみても、やはりサカズキの視界に入るナマエはその殆どが無表情だった。
 目を見ればどういう感情を抱いているのかは何となく分かるが、嬉しそうにしている時もその顔つきは同じだ。
 周りの殆どがナマエのそれに慣れているようで、大して気にした様子も無い。

「まーまー、笑ってくれとは言わねえからさ」

 いくつかの大砲を並べた作業場所で、笑顔と共に写真を撮影する用途に使われる電伝虫を手にした海兵に、嫌だ、とナマエは首を横に振っていた。
 どうしてなのか分からないが、ナマエは写真を撮られるのが嫌いであるらしい。
 海兵としての資料写真を更新したいと言う相手とナマエのそのやりとりは、既に一時間ほど続いているようだ。
 一時間前に見かけたのと同じやり取りを繰り返している相手に、サカズキの口からはため息が漏れた。
 離れた場所へ置かれた印刷用の電伝虫の傍に、何枚か写真が落ちている。
 どうやらそれはナマエの写真を隠し撮りしようとしたあの海兵の奮闘によるものであるらしいが、映り込んでいるナマエは全てその顔を隠していた。
 どうしてそれほど映りたくないのか分からないが、素晴らしい反射神経だ。
 大砲の整備は滞りなく行われているようで、仕事の手を休めないのならと放っておいたが、いい加減邪魔なやり取りだろう。

「……ナマエ」

 仕方なく近寄ったサカズキが重苦しく口を開くと、どうしてかナマエにまとわりついていた他所の男の方がびくりと体を跳ねさせた。

「どうかなさいましたか、サカズキ大将」

 相手を不思議そうに見やり、それからすぐに振り向いてサカズキへ敬礼した相手へと近寄って、サカズキの手がナマエの肩に触れる。
 それからぐい、と引っ張って体を反転させると、戸惑ったようにしながらナマエはされるがままにサカズキと同じ方を向いた。
 敬礼をしたままのその手を降ろさせながら、サカズキが口を動かす。

「わしが一緒に映っちゃるけェ、大人しくしとれ」

「え……」

 一人で映りたくないだとか、そんな馬鹿な話ではないのだろうが、命令口調でサカズキが告げると、ナマエがわずかにその目を瞬かせた。
 困惑したようなその眼差しを受け流し、掴んだ頭を正面へ向けさせたサカズキが、青ざめるのか震えるのか自分の頬をつねるのか一つにすればいい行為を一度に行っている海兵へ、じろりとその視線を向ける。

「はようせェ」

「は、はい!」

 腕を組んで言葉を放ったサカズキへ、慌てて海兵が声を上げて電伝虫を構えた。
 ぱしゃ、と可愛くない鳴き声を零した電伝虫が印刷したナマエの顔はやはり普段と変わらず、遠すぎてその目に浮かぶ感情も見えなかったが、どことなくいつもと違うようにサカズキには思えた。







戻る | 小説ページTOPへ