- ナノ -
TOP小説メモレス

終幕はバッドエンド
※微妙に名無しオリキャラ注意




 サカズキ大将がお呼びだぞ、と俺へ伝えてきた時、我が同僚殿はとても哀れなものを見る目をしていた。

「何をしたんだ、お前」

「なーんにもしてねェよ。じゃ、行ってくる」

「ああ。生きて帰ってこいよ」

 そんな風に言葉を交わして、するりと横から抜け出して大将赤犬の執務室へ向かうことにする。
 俺としては、背中に突き刺さるその視線には遺憾の意を示したいところだ。
 恐らくは執務室でお待ちだろう大将がどういう用事なのかはしらないが、ここ一週間ほど顔を合わせることすら出来なかった相手の顔を見ることが出来て、ついでに言えば話しかけて貰えるのだと思うと、それはもう嬉しくて楽しみでたまらない。
 つい一昨日まで遠征に出ていらっしゃって、また随分な量の海賊を捉えて来たらしいとは聞いているから、まずは労わなくては。それからお元気でしたかと話しかけてみて、きっといつものように『当然じゃァ』と言ってくれるに違いないから、そうしたら。
 もうじき合わせるその顔を妄想して、一人胸を高鳴らせている俺はきっと不審者に違いないが、あまり表情筋が発達していないせいか誰にも変なものを見る顔をされないまま、足取りも軽く一つの部屋へとたどり着く。
 扉を叩き、見られていないと分かっていながら敬礼をして名乗ると、入れ、という返事が寄越された。
 そっと触れた扉が少し温かくて、おかしいな、なんて思いながら開いた先の室内に広がる熱気に、あれ、と瞬きをする。
 サカズキ大将の机が無い。
 もう少し詳しく言えば、机があった場所に暗く炎を纏っている炭しかない。
 その前に佇む巨躯の、その体に着込んでいる海軍のコートの端がわずかにどろりと零れて落ちて、絨毯をじゅうじゅうと音を立てて焦したのが聞こえた。
 彼が立っている方向からの熱が部屋の空気を温めて、吸い込むことすら簡単には出来ないその場所に満ちた気配に、俺は首を傾げた。
 何故だか、サカズキ大将がお怒りだ。

「…………あの、大将?」

 どうかなさったのですか、と問いかけると、こちらへその正義を向けていたサカズキ大将が、そのままゆるりと振り返った。
 その手に持っていたらしい何かが黒い炭になったままぼろりと零れ落ち、それをちらりと見やった後で手を下ろした大将の足が、ゆっくりとこちらへと歩み寄ってくる。
 じゅう、じゅうとその一歩の足音に重なって聞こえてくるのは、まだマグマ化を解除しきれていないらしいその足が、新たに絨毯を焦がしているからだ。
 これはもう、この部屋の絨毯は丸ごと張替えに違いない。
 また元帥に怒られるんじゃないだろうかと目の前の相手を心配した俺を放っておいて、手を伸ばせば簡単に俺を掴まえられる位置までいらっしゃったサカズキ大将が、その状態で俺を見おろし、口を動かした。

「…………ナマエ、おどれ、海賊だったんか」

 低く唸るその声音に、ぶわり、と背中が汗をかく。
 否定しようと口を開きかけたけど、目の前の鋭い眼光がそのごまかしを許しはしなかった。
 だって、そうだ。
 『この世界』に来た当初、俺は確かに海賊だった。
 死んだはずなのに気付けば海を流されていて、俺を拾ってくれたのはもうじき『四皇』と呼ばれるようになるだろう赤髪の海賊だ。
 その顔を知っていたのは『この世界』が俺が昔読んでいた漫画がアニメ化した時、出番も無いのにオープニングでほとんど毎度拝んでいたのと同じ顔だったからだ。
 豪快な船長に誘われて海賊になり、彼らと共に気ままにグランドラインを渡っていたあの日々は、今でもかけがえのない時間だったと思う。
 その場から俺が離れたのは、目の前のこの人の所為だ。

「答えんか、ナマエ」

 低く唸り、俺を見下ろすその顔を見上げて、胸が痛くなるのを感じる。
 俺が知っている漫画のキャラクターで、同性で年上で、何より海賊嫌いのこの海軍大将に『恋に落ちた』のは、俺がこの人の戦う現場にたまたま居合わせたあの日のことだ。
 容赦なく敵を討ち、船を焼き、徹底した正義をその場に表現するその姿はとてつもなく恰好良くて恐ろしく、それだけだったら『すごいな』の一言で終了したかもしれない。
 しかしあの日の砂場で、恰好良く敵を殲滅したこの人は、何故か砂に足をとられて転んだのである。
 とても可愛かった。
 繰り返すが、とても可愛かった。
 自分にそう言う性癖があるとは思わなかったが、どうやら俺はギャップというものに弱かったらしい。
 近くにいたらもっとああいうところが見られるのかもしれないと思った俺は、その足で海軍本部の入隊者募集を確認して、命の恩人に頭を下げて船を降りた。
 理由を聞かれて正直に話したらベックは呆れていたが、シャンクスは『恋はハリケーンだっつうからな』と笑っただけだった。理解ある船長で本当に良かったと思う。
 あの日から、何とも不純な動機で頑張ってきた俺は、今はもう立派な海兵としてこの場に立っている。
 賞金もかかっていなかった俺が海賊だったことを知る人間なんて、この海軍本部には誰一人いないはずだ。

「その……どうして、それを」

 だからそう呟いた俺を見下ろして、サカズキ大将が目を細めた。
 その片腕が暗い赤に染まり、先ほどより強い熱がすぐ間近から発せられる。
 恐るべきそれに目を逸らしたくなるのをこらえて視線を向け続けると、俺の顔を見つめたサカズキ大将は更に続けた。

「……赤髪が言うとったわ、『ナマエは元気か』とのォ」

 前言撤回だ。
 何してくれてるんだ馬鹿船長め。

「赤髪と交戦したんですか」

 ひとまず尋ねた先で頷いて、それで、と呟いたのはサカズキ大将の方だった。

「今の言葉からするに、事実だと見てよさそうじゃのォ、ナマエ」

 ぎろり、とこちらを見下ろす視線はとても鋭くて、そして凍てついていた。
 こんなに体中から熱を発していると言うのに、その上で冷たい目が出来るなんて、器用なところもあるものだ。
 どうしよう。
 ぐるりとそんなことを考えながら、目の前の相手をじっと見上げる。
 このままじゃ確実に、俺はこの人に殺されるだろう。
 海賊を憎むこの海軍大将は、悪と断じた相手を絶対許さない。

「……今の俺は、海賊じゃなくて海兵です」

 だからそう主張してみたって、受け入れてはくれないだろう。
 事実、俺の言葉を聞いても、俺を見下ろすその目つきには変化がなかった。
 どこか傷付いているようにも見えるのは、自分が少しは気に入られていたと思いたい俺の身勝手な思い込みのせいだろうか。

「貴方の傍にいたかったから、海軍に入りました」

 弱い俺がそれでも自分の隊を希望したのが面白かったのか、それとも弱い人間を部下にすることを良しとしなかったのか、サカズキ大将は随分俺を鍛えてくれた。
 出来る限りそれに答えようと頑張ったし、特に逃げ足はとても早くなった。学生時代に陸上をやっていて良かったとこれほど思ったことも無い。
 ひょっとするといびられていたのかもしれないが、構われることが嬉しくて楽しくて仕方なかったから気にしたことも無かった。何度か他の隊の人間に異動できないか掛け合ってみるかと聞かれたけど、そんなの余計なお世話だっていうものだ。
 俺は目の前のこの人が好きだ。
 最後なんだし、そのくらいは口から出してみようかと思いつつも、それが出来ずに口を閉じる。
 『好きです』と言って嫌な顔をされたらさすがに立ち直れないし、『海賊』にそういう意味で好かれるだなんて、サカズキ大将にしてみれば唾でも吐きたくなるような気分の悪さに違いないだろう。
 その代わり、小さく拳を握ったままで、まっすぐに目の前の海軍大将を見上げた。
 きっと今生ではもうこんなに間近で見ることも無いんだろうと分かっていたから、じっくりとその顔を観察して目に焼き付ける。
 そして、言いたいことはそれで終わりか、と尋ねてくるその顔に微笑みを向けてから、恭しく一礼をした。

「今までお世話になりました、サカズキ大将」

 びしびしと伝わってくる熱気の前で言葉を吐いてから、俺はそのまま足に力を込めて、その場から後ろへと飛びのいた。
 開いたままだった扉から通路へ飛び出して顔を上げた先で、つい先ほどまで俺が立っていたあたりにマグマを落としたサカズキ大将が、俺の動きを追ってその目をこちらへ向けている。
 苛立たしげに、憎しみに満ちた顔をした彼へ向けて笑いかけ、俺はそのまま背中から廊下の窓に飛び込んだ。
 がしゃんと音を立てて割れた窓ガラスに紛れて中庭へと落下し、うまく体を回転させて足で着地して、それからすぐさま走り出す。中庭の訓練場にいた何人かが驚いた顔でこちらを見たけど気にせずに、俺が目指すのは本部の外だ。

「待たんかァ、ナマエ!!」

 後ろから大好きな誰かさんに呼び止められたけど、まだ死ぬ気の無い俺が足を止めることは当然なく、俺達の追いかけっこは始まってしまったのだった。



end


戻る | 小説ページTOPへ