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イッショウさんと誕生日 2020
※『いずれ』『そのうち』『おりをみて』の二人
※異世界トリップ系主人公は無知識



「へえ、お誕生日」

「はい」

 放られた言葉に俺が答えると、イッショウさんがその片手で顎を撫でた。
 今日は〇月◇日。
 すなわち、俺の誕生日だ。
 つい数日前から気付いていた日付で、何となく気持ちよく今日という一日を過ごそうと思っていたら、『機嫌が良いようだ。何かありやしたか』とイッショウさんから声がかかった。
 だから答えた俺の前で、イッショウさんが少しばかり眉間にしわを寄せる。
 イッショウという名前の彼は、海軍大将だ。
 俺が『この世界』へやってきたあの日、俺を助けてくれたとても強い人だった。
 そんな人にそういう顔をされると、少し怖い。

「あの……」

 思わず声を漏らして足を後ろに引くと、それが見えたわけでもないのに反応したイッショウさんが、ぱっとその手を顎から離した。
 その口ににこりと笑みが浮かんで、大きな体が少しばかり屈む。
 大きな傷跡が縦断している二つの瞳はどちらも視力を失っているのに、イッショウさんはそうやって、俺と視線を合わせようとすることが多かった。
 実は見えているんじゃないかと思ったこともあるが、どうやらそうでもないらしい。
 見聞色の覇気、という超能力が使えると聞いたのは、結構前のことだった。

「お誕生日おめでとうごぜェやす。けどもナマエさん、そう言う大事なことは、もっと早めに教えていただけねェと」

 困ると言いたげに言葉を寄こされて、ええと、と声を漏らす。

「俺の誕生日って、別にそこまで大事なことでもないと思うんですけど……」

 俺にとっては大事なものだが、世の中にとってはそうでもないことなんていくらでもある。
 そのうちの一つであるそれを示して呟く俺に、あっしにとっては大事なことだ、とイッショウさんは答えた。

「せめてこの前の島で教えておいてもらわねェと、贈り物の一つも用意できやしないでしょう」

 やれやれと言いたげに放られて、少し困ってしまう。
 俺達がいるのは、海軍の軍艦の上だ。
 イッショウさんは海軍大将で、俺はその世話係。
 海兵でもない俺がこうしてそんな仕事をあてがわれているのは、しばらく前、イッショウさんがいない間に俺が腕を骨折したからだ。
 俺は少々不運な方で、イッショウさんはそれを心配したようだった。
 仕事は頑張っていると思うし、島へ降りたイッショウさんを追いかけたり待ち合わせの場所へ連れていくのが今は一番大事な仕事だ。周りにいる海兵の人達にも、よろしくなと言われている。

「どちらにしても、この前の島じゃ買い物だってできなかったですよ」

 あの島は補給に立ち寄っただけで、休憩時間なんて殆ど無かった。
 イッショウさんが散歩に行くと言った時だって、港を少し歩いただけだ。
 ふらりと横道にそれて行こうとするこの人を捕まえて船へ戻ったのを思い出した俺の前で、ふ、とイッショウさんが笑う。

「ナマエさんは案外手厳しいお人だ。ちょいとばかし見逃してくださっても良いでしょうに」

「駄目です。航海は時間厳守だって、将校さんが言ってましたよ」

 それでも海軍大将がそうするというと時間をずらさなくてはならないのだと、海軍の縦社会を嘆いていた海兵の一人を少しばかり思い出す。世の中、どこでも大変らしい。

「それに、俺、いろんな物貰ってますから。おめでとうって言ってもらえるだけで、すごく嬉しいですよ」

 俺はそう言って、目の前の相手を見つめた。
 あの日助けて貰ってから、イッショウさんにはお世話になりっぱなしだ。
 プレゼントが欲しいと強請るような年齢でもないし、そんな気遣いをしなくてもいいですよと、言葉を続ける。
 俺のそれに仕方なさそうにしてため息を零してから、イッショウさんが屈めていた背中を伸ばした。
 そのままゆるりと歩き出した相手に、俺も続く。

「イッショウさん、どちらに?」

「へえ、ちょいと甲板まで」

「分かりました」

 ゆらりと軍艦の中を歩く相手へ答えて、俺は彼について行った。
 外はもう薄暗い。星や月も出ているだろう。
 冬島が近くて寒くなるらしいが、夜風に少し当たるくらいなら問題ないはずだ。
 そんなことを考えて足を動かした俺が、問題しかなかったという事実に触れたのは、それからすぐ後のことだ。

「さすがにお月さんは差し上げられやせんが、流れ星の一つくらいならさしあげられやしょう」

 願いごとでもしてみてはどうかと言いながら、任意で星をいくつか落とした海軍大将は、基本的に規格外の恐ろしい人だった。



end


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