カクくんと誕生日 (1/2)
※『惚れてんだよ気付け馬鹿 』設定
※暴力表現あり
※NOT異世界トリップ主はCP9
「んん?」
耳へと届いた騒がしい物音に、ジャブラは片眉を動かした。
歩んでいたつま先を物音の方へと向けて、建物と建物の間を渡る通路をそのまま進む。
物音は屋外からしているようで、開け放たれた窓からそのまま離れたそちらを見やると、土煙を立てている訓練場が見えた。
一般人では視認するのも難しい速度で駆け回りぶつかる二つの影に、それが誰なのか気付いたジャブラの首が少しばかり右へと傾ぐ。
「あいつら、またやってんのか?」
ジャブラから見ればまだ拙さの残る嵐脚をぶつけ合い、そのつま先で土を掻いては殴り殴られ受け身を取り合っているのは、ジャブラよりも後にサイファーポールとなった二人だ。
ナマエとカク、年も近い二人がたわむれているのはいつものことだった。
昨日もやってたろうに懲りねェなァと、そんな風に呟きながらひょいと窓から身を乗り出したジャブラの視線が、そのまま真下を見下ろした。
「止めねェのは珍しいなァ、カリファ」
そう声を落とした先には、嗅ぎ取った気配の通り、ジャブラの同僚がいた。
訓練場の方を見守るようにしながらも、駈け出したりする様子もなくただそこに佇んでいる。
「今日は喧嘩ではないし、問題無いわ」
「それじゃあ組手か? はたから見りゃあ似たようなもんだ狼牙」
視線を上げることなく返された台詞に、そう言い返したジャブラの足がひょいと窓枠を乗り越えた。
そのまま真下へと落下すると、それを察知したらしいカリファが左へと身を引く。
明け渡された着地点へ両足で降り立ち、片手を腰へと当てながら、ジャブラの視線は改めて訓練場を見やった。
離れていてよく聞こえないが、ナマエとカクは何かを怒鳴り合いながら『組手』を続けている。
ほとんど同時にナマエの拳とカクの蹴りがお互いの体へとめり込み、二人はそろって互いの後方へとその体を滑らせた。
踏ん張ったその足が土煙を立ち上らせて、それから前傾姿勢になった両方が、また相手へと飛び掛かる。
元気なもんだなと、相手しか見えていない二人を見やってジャブラは肩を竦めた。
「この前はフクロウがナマエを構ってたからだったか?」
「そうね。その前は貴方がカクを任務に連れて行ったから」
「ありゃあ長官殿の指示だ狼牙」
横から言葉を刺されて言い返すと、カリファがちらりとジャブラを見やる。
ナマエとカクのうちの片方を選んだのは貴方でしょう、と続いた言葉に、どっちか片方だって話だったんだよとジャブラは返した。
ジャブラから見て、ナマエとカクはそれはもう仲の悪い『仲良し』だった。
顔を合わせれば、すぐに喧嘩を始める。
しかし合わせないようにさせてみると、とたんに両方の調子が悪くなる。
片方が誰かと一緒にいるともう片方がちょっかいを掛けてくるのはどちらも同じで、意識し合っているのがよく分かった。
殺し合うほどでも無し、喧嘩するほど仲が良いなんてどこかで誰かが言った諺もある。
自分にまで被害や不利益が無ければジャブラとしてはどうでも良いし、どちらかと言えば『喧嘩』を厭うカリファすらも放っているのだから、今日のあれは確かにカリファの言う通り、喧嘩ですらもないのだろう。
「それで、今日の原因は?」
それでも何となくの興味を惹かれて尋ねたジャブラに、そうね、とカリファが言う。
「今日が〇月◇日だからかしら」
「は?」
さらりと寄こされた回答に、ジャブラはカリファを見やって怪訝そうな顔をした。
そこで、ひときわ大きな物音が鳴り響く。
重たい何かが大地を叩いたように地面が揺れて、その事実に弾かれたように視線を戻したジャブラは、土煙の中に現れた第三者を発見した。
ナマエとカク、身構える年若いサイファーポールの間に降り立った黒い影が、ぶわりとその身を膨らませる。
ざわりとジャブラの背が粟立ったのは、そこにいるのが誰なのかを、一目見たその瞬間に気付いたからだ。
鍛え上げられた体を獣のそれに変え、伸びた尾をゆらりと揺らし、踏みしめただけの地面にびしりとひびを入れたその男は、どこの誰がどう見ても、サイファーポール最強の男だった。
「あら、ルッチが来るのは珍しいわね」
ジャブラの心を代弁するように、傍らのカリファが言葉を紡ぐ。
何を言われたのか、じりじりと身構えていたナマエとカクが、二人で同時に乱入者へと飛び掛かった。
決して弱くはない二人のサイファーポールからの拳と蹴りを、最強の男がさらりと受け流す。
一度、二度と同時の攻撃を受け流されたところで、ナマエとカクのやり方が変わった。
懐へ飛び込みその視界を塞ごうとするナマエの後ろから、追従するカクがルッチの死角を探している。
しかし不意を突いた足払いなどロブ・ルッチに敵うわけもなく、避けた後で踏みおろされた攻撃をカクが喰らわずに済んだのは、横からナマエに蹴られたからだった。
すぐさま受け身を取ったカクが起き上がり、次なる攻撃を仕掛けようと隙を伺う。
時たま役割を交代しながら、二人で揃って乱入者へ立ち向かうその姿に、うず、とジャブラの身が揺れた。
「ジャブラ」
傍らから咎めるような声が寄こされたが、ざわつく体は収まらない。
そもそも、目の前でロブ・ルッチが組手とは言え模擬戦闘を繰り広げていて、それにジャブラが参加しない理由は無かった。
あの化け猫を蹴倒してやるのは、ジャブラの役目であるべきなのだ。
ぎしりと軋んだ肉体に、身に宿る悪魔が雄たけびをあげたのを感じる。
爪が伸び体表を毛皮が覆い、視点の上がったジャブラの足は、躊躇うことなくその場を蹴飛ばしていた。
「ぎゃはははは!」
月歩を使って空中を飛びながら、愉快さに漏れた笑い声が届いたのか、ナマエとカクの注意がジャブラの方を向く。
その隙を逃さぬはずもなく、片足で両方を蹴り飛ばしたルッチが、飛び込んだジャブラの拳を受け止めた。
「楽しそうなことしてるじゃねェかァ! おれも混ぜてくれよ!」
「待てもできねェのか、野良犬は」
「んだとコラ!」
無表情に視線を寄こしてくる相手へ声を上げたジャブラの手が、目の前の生意気な男を引き裂くために振るわれる。
放った攻撃は素早く鉄塊をまとった腕によって弾かれて、ジャブラはそのまま更なる追撃を行った。
「ずっりィぞジャブラ!」
「今はわしらの番じゃったろう!」
「大人気ねェぞ!」
「そうじゃそうじゃ!」
復帰して来たらしい後輩二人からそんな抗議をされたが、雑音はそのうち聞こえなくなった。
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