カクくんと誕生日 (2/2)
空は相変わらず真っ青だ。
指の一つも動かしたくないほどの疲労に襲われながら、ナマエはぼんやり真上を見上げていた。
体のあちこちがとても痛い。
相手側の手加減と、素早く扱えるようになった鉄塊のおかげで骨まで折れたりはしていないようだが、絶対にあちこちに青あざが出来ているに違いない。
そもそも、今日は随分とカクに絡まれる日だった。
『よし分かった、それならこれで決めるぞ』
売り言葉に買い言葉で、最後はそんな一言共に放たれた拳がきっかけで行われた訓練場での『組手』は、最終的にはサイファーポール最強の男ともう一人に乱入されて幕を閉じた。
『『特別』に稽古をつけてやる。ありがたく思え』
いつもなら混ざりに来ないロブ・ルッチがやってきたのは、当人の言葉を信じるなら今日が『特別』だからだろう。
その特別に巻き込まれたカクも、ナマエのすぐそばでうつ伏せに転がっている。
最後まで粘っていたジャブラもついには沈められたが、すごい音を立てて地面にめり込んだ彼を回収していったのもルッチだった。さすがにやり過ぎたと思ったのかもしれない。
どうせなら自分達も医務室なりに連れて行ってほしいところだが、おねだりする相手はもうここにはいない。
「ほんと、もう、何なんだよ今日のお前……」
ぜい、と息を零しつつ、ナマエは傍らに転がるカクを詰る。
そのままどうにか顔を傾けると、ナマエの視線に気付いたらしいカクがちらりとナマエの方を見て、それからふいとそっぽを向いた。
長い鼻先が向こうを向いてしまい、そちらを見やったナマエの視線が、やがてそのまま空へと戻る。
はあ、と思い切りため息が漏れてしまうのは、もはや仕方のないことだった。
ナマエとカクの仲が悪いのは、いつものことだ。
相手のやることなすこと気に入らないのだから、これはもう仕方がない。
それでも同じサイファーポール、どうしても顔を合わせてしまうのが通例で、そのたびに喧嘩をしてしまうのだが、今日は特にひどかった。
朝起きてから今の今まで、何度も何度も顔を合わせては言葉を交わし、最後は『組手』と言う名の殴り合いである。
何か言いたそうな顔をしては暴言を吐いてくる相手に、ナマエも苛立ちっぱなしだ。
今日は〇月◇日。ナマエの誕生日だ。
誕生日をおだやかに過ごしたいなんて平和ぼけたことは言わないが、こんな日くらいイライラさせなくたっていいだろと、空を見上げたナマエの口から舌打ちが漏れる。
このまま転がっていても、どうせまた言い合いをしてしまうだけだろう。
殴り合うだけの体力すらも残っていないが、どうにかそのままゆっくりと起き上がる。
そうやって見やった訓練場は、それはもう酷いありさまだった。
けれどもナマエ達が使った時は大体似たようなもので、そのうち他の誰かが綺麗にするだろう。
人の形に凹んだくぼみを見やり、ジャブラは大丈夫だったろうかと先ほど彼が引き摺られて行った方を何となく見やったところで、ナマエ、と誰かがナマエの名前を呼んだ。
あれだけ盛大に暴れまわった訓練場で、声の届く範囲にいる人間など一人しかいない。
辿るようにナマエが視線を向けると、未だにそっぽを向いてうつぶせに伏したままのカクがいる。
「なんだよ」
「…………たん……」
「た?」
歯切れ悪く小さな声が聞こえてきて、そのことに眉を寄せたナマエの体が、少しばかりカクの方へと傾ぐ。
音を拾おうと耳を傾けてやったナマエのすぐそばで、ややおいてカクが息を吸い込んだ。
「鍛錬が足らんのう! もうへばりよったか!」
「んな!」
こちらを馬鹿にするような言葉と共にがばりと起き上がった相手に、ナマエは顔を顰めた。
片手を大地に押し付けて身を支えながら、何だとこの野郎、とカクの方を睨みつける。
「起き上がれても無かったお前にだけは言われたくねェな!」
「なんじゃなんじゃ、わしはもう立てるわい!」
「おれだって!」
売り言葉に買い言葉、お互いに言い合いながら二人ですぐさま立ち上がり、ぐらりと傾いだ体をどうにか両足で踏ん張って踏み留める。
正直座り込んでしまいたいくらいに体がつらい。
膝も笑っている気がするが、ナマエを立たせたままでいるのは、男としての矜持だった。
カクも似たようなものだろう、拳を握ってやせ我慢をしているのは見れば分かる。
お互いに相手を睨みつけ、さらなる言葉を相手へ向けて放り投げようとしたところで、ぱん、と乾いた音がその場に響いた。
「はい、そろそろおしまいにして」
両手を叩いてナマエとカクの注意を引いたカリファが、いつの間にやら二人のすぐ近くに立っていた。
そのまま近寄ってきた彼女の手が、ナマエとカクの腕を片方ずつ捕まえる。
「うわ!」
「どうしたんじゃ、カリファ?」
ぐいとそのまま引っ張られ、戸惑いながらもそちらへ足を動かしたナマエとカクを気にせず、カリファはその場から歩き出した。
手を引かれるなんて子供のようだが、腕を振り払うだけの力もない。
「いいからいらっしゃい」
そんな風に言いながら、カリファは二人の腕を手放さない。
されるがままになりながら、ナマエはカリファに追従する。
すぐそばを歩くカクもどうやら同じようで、お互いにちらりと相手を見やり、そしてすぐにふんと逆側に顔を逸らした。
二人の様子を気にした様子もなく、ほんの少しだけ先を歩くカリファはどうやら機嫌が良いようだ。
「お茶の用意が出来ているから、一緒におやつにしましょう」
「おやつ?」
「ええ、今日はケーキを用意してあるわ」
あまり聞かない単語にナマエが首を傾げると、それに答えたカリファがちらりとナマエの方を見やった。
にこりと微笑んだ相手が、ナマエへ向けて言葉を放る。
「誕生日おめでとう、ナマエ」
優しい声音に、ぱち、とナマエは瞬きをした。
ふふ、と笑い声を零して、すぐにナマエの方から視線を外してしまったカリファが、ナマエ達を伴って足を進める。
子供にするように手を引かれながら、更に数歩を進んだところで、ナマエはちらりと隣を歩くカクを見やった。
何が気に入らないのか、苦虫をかみつぶしたような顔をしていたカクが、ナマエの視線に気付いて一瞥する。
「……なんじゃ」
「…………別に」
放られた不機嫌な声に、答えたナマエはまたふいと顔を逸らした。
どうせならお前もそのくらい言えばいいのに、なんて。
そんな文句が胸のうちには湧いてでたが、決してナマエの口からは出て行かなかったのだった。
end
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